『懐かしい年への手紙』第二部 第十一章「事件」
『懐かしい年への手紙』第二部 第十一章「事件」
霧のような雨が風にのって吹きつける六月の明るい朝、 ──Kちゃんとオユーサンが四国の森のなかの村から東京へ戻って二年後── 二人の間に、頭に異常を持った赤んぼうが生まれた。はじめは赤んぼうの生涯の責任を担わされるのを避けようと逃げまどっていたKちゃんであったが、そのうち変化がきざまれ大学病院へ手術を申し出る。頭部の畸型の手術が成功した後も ──赤んぼうは「植物人間」ではなかったが障害がのこった── まだ生涯かれと共生してゆく確実な意志が固まっているのではなかった。Kちゃんの母親から孫を引きとって森のなかの村で育てたいとの申し出があったが、Kちゃんはかれを引受け・共生して行く決意をする青年を主人公とする長編小説『個人的な体験』を執筆する。
その一方でギー兄さんが、根拠地から脱ける旨を申し出た繁さん ──男のような名前の新劇女優── に対しての強姦殺人の被疑者として逮捕される「事件」が起こった。「事件」直後、蔵屋敷の二階で、ギー兄さんは朱色の顔料で頭と顔を塗りつぶし肛門にキュウリを差し込んだ素裸のまま縊死をはかったが、セイさんとオセッチャンに阻止される。
第一回の公判が終わった直後、森の村の谷間に帰ったKちゃんは、セイさんに励まされながら性交したあとこういわれた。
──Kちゃん、ギー兄さんがどうしてああいうことをしてしまわれたのか。それが私にも納得のいくような小説ができたならばな、雑誌を一冊送ってくださいや。それを読んでみたいと思うから。
長編小説『万延元年のフットボール』の冒頭でも、主人公の友人が朱色の顔料で頭と顔を塗りつぶし素裸で肛門にキュウリを差し込み縊死している。のちにKちゃんはこの際のセイさんとの会話が影響していたにちがいないと回想している。
なんのために小説を書くのか? ギー兄さんがどうしてああいうことをしてしまわれたのか? 大江はこの『懐かしい年への手紙』を、ギー兄さんという架空の人物を手がかりに自分の生の中仕切りにしようとして書いたと述べている。万延元年の虫のような生活をしていた百姓たちの一揆と百年後の「安保闘争」も大きな主題となっているだろう。
オレはこの『懐かしい年への手紙』を読みすすめながら、現代の叛乱ともいえる安倍元首相銃撃事件の実行犯山上徹也について、あらためて小説を書かなければならない思いに突き動かされ続けていた。なんのために小説を書くのか? をオレなりに答えを求めながら……
──のちにオレは、現代の叛乱といえる安倍元首相銃撃事件をもとに『シーと21世紀の阿呆船』を執筆した──
エアコンで温められた部屋で日本酒を飲み、愛犬シーズーのシーの寝息を聴きながら、YouTubeで安倍派のキックバック問題の報道を観た。あらためて現代の叛乱としての安倍元首相銃撃事件を振り返りながら……