『懐かしい年への手紙』第二部 第九章「根拠地(一)」
『懐かしい年への手紙』第二部 第九章「根拠地(一)」を読了した。
中国から帰ってきたKちゃんと芦屋の実家から戻ったオユーサンは、ふたたび成城学園の借間で暮らしはじめた。一方、右翼の暴力団に打ち倒されて地面に横たわり血を流すギー兄さんを救助した繁さんという男のような名前の新劇女優が、東京の病院から森のなかまでつきそってギー兄さんの看病にあたっていた。ギー兄さんは今回の大怪我により、現実世界を受け身で生きてゆくかわりに新しい生き方に至ろうとして ──憤怒のエネルギーに支えられながら── この土地に根拠地を作るという新しい構想に取りかかった。
またKちゃんが中国から帰国後の十月、浅沼社会党委員長が右翼の少年に刺殺される事件が起きた。まだ25歳だったKちゃんは、この事件をもとにひとりの少年の、オナニストからテロリストへの転換という主題の第一部『セブンティーン』と、テロリストに転換した少年が、現実に社会党委員長を暗殺し、つづいて拘置所て縊死するまでを描いた第二部『政治少年死す』を発表した。その後、右翼団体から激しい脅迫を受けることになってしまうのだが……
──『セブンティーン』と『政治少年死す』は、発売が停止されていたが、2018年講談社から刊行された『大江健三郎全作品』には収録されている。オレ自身は、大江健三郎の全作品を読了することをライフワークとしているので、近い将来この2作品も読みすすめることになるだろう──
右翼団体からの脅迫を受けつづけていたKちゃんは、ギー兄さんから、東京での生活を切りあげて森のなかへ帰って来ないか、という提案の手紙を受け取る。その手紙には、自分としてKちゃんが生涯の小説の主題として、それより他に書かなければならない主題はないように思うというテーマが示されていた。
それはKちゃんのみならず、このオレ自身も、今後の執筆活動で唯一書かなければならないテーマだと感じられるものだった。 ──その具体的なテーマは、多くの大江の小説を読んでいる方には想像できるかもしれないが──
オレは太宰治から小説の尊さを学び、大江健三郎から小説のすすむべき方向を学んできた。大江の長編『洪水はわが魂に及び』で啓示されたテーマが、ふたたびこの『懐かしい年への手紙』で示されているのに出会い、オレはそれだけでもこの長編小説を読んだ甲斐があったと嬉しくなり、隣で爆睡している愛犬シーズーのシーの頭を撫でた。
──シー、そろそろお散歩行くよ! 朝陽がきれいだよ!