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『懐かしい年への手紙』第二部 第六章「性的入門の別の側面」



 『懐かしい年への手紙』第二部 第六章「性的入門の別の側面」を読了した。


 幼いオセッチャンを連れてふたたびギー兄さんの屋敷に戻り、いかにも自然な様子で立ち働いていたセイさん ──村では他に見ない洒落た服装をしていた── とKちゃんは性関係を続けていた。

 Kちゃんは、ギー兄さんの大学の同級生だった()()()さんと律ちゃんとを連れて松山へ、エリザベス・テイラー主演映画『陽のあたる場所』を観に行くことになった。Kちゃんは両側に()()()さんと律ちゃんに囲まれて座り、()()()さんの白く知的な指がズボンの上から触って来たらと勃起させていたが、そのうち映画の物語にひきこまれていった。映画が終わり喫茶店に立ち寄ると、Kちゃんをスケープ・ゴードにして()()()さんが攻撃的になった。


 ──きみのようにね、Kちゃん、暢気(のんき)坊主のようでいて、かつ野心家の少年は、将来エリザベス・テイラーの役のような富豪の娘と知り合うことを夢みているんじゃないの?


 Kちゃんたちが松山に映画を観に行っている間、ギー兄さんは別棟の風呂場内に鏡をとりつけていた。 ──この鏡がスクリーンとなって風呂場内を覗き見ることができた── はじめに()()()さんと律ちゃんが風呂に入ると、さっそくギー兄さんとKちゃんは風呂場の板壁をこわしてとりつけられているスクリーンを覗いていたが、やがてギー兄さんも風呂へ入り()()()さんと性交におよぶ。屋敷を囲む両側の森、谷あいの空、そしてありとあらゆるそこいらの樹木や石、草の根にさらされながら、マスターベーションをする欲望のとりこになったKちゃんは、風呂場の石積みに西陽に赤く光る精液を発射した…… しかしその姿を、セイさんの幼い娘のオセッチャンに見られてしまう。

 幼いオセッチャンの純潔な魂に()()をつけた。Kちゃんは夜ふけまで眠れぬまま展転反側(てんてんはんそく)するうちに、後悔に染めあげられた想像力は、とめどなく逸脱する方向へ。試験問題集で読んだ『今昔物語』の「東の方へ行く者、(かぶら)(とつ)ぎて子を生む(こと)」とからんだ夢までみながら引きこもった。


 そのまた翌日、風呂場の外壁に取りつけられたスクリーンのことを知った()()()さんと律ちゃんは憤り、急遽東京へ引揚げていった。さらに大学受験を止めて村の森林組合にひとつあいた席へ就職しようかと考えはじめたKちゃんに、ギー兄さんから自分がその職を引受けることを通告される。Kちゃんは、ギー兄さんがセイさんとオセッチャンから自分を切り離す策略だと疑い、裏切られた思いから屋敷へ足をはこぶことを止めてしまう。

 翌春東京大学に合格したKちゃんは、二年後フランス文学科へと進んで、そのなかば小説を書きはじめた。文芸雑誌に小説を書くようになったKちゃんへ、ギー兄さんから批評の手紙が届き、再びギー兄さんとの真の交渉が再開する。


 ギー兄さんが風呂場に覗き窓を作ったことは、とても意外に感じたが、いよいよKちゃんは東京大学へ入学し、作家の道へとすすんでいく。『懐かしい年への手紙』は、大江健三郎の自伝的な小説とされているが、あくまでも小説であるからフィクションであろう。

 大江は男女の性的な交わりを少なからず取りいれるが、けっして甘い香りの恋愛は描かない。男女の恋愛は二次的なものとして描かれ中心とはならない。なぜなのだろう? ──もちろん村上春樹のような恋愛の喪失感からの恢復みたいなことも描かない── 大江の視線が、個人的なものよりももっと先にある、村=国家=宇宙のような全的なものへ向かっているからだろう。

 オレは、あさま山荘事件をもとにした大江の短編連作集『河馬に噛まれる』を読み、現実に起こった事件や出来事に導かれて小説を書くことの必要性をあらためて感じた。一般的にはなんの言及もないが、大江の長編『洪水はわが魂に及び』も、あさま山荘事件から導かれて描かれた小説だと思っている。三島由紀夫は金閣寺の放火事件をもとに『金閣寺』を書いた。村上春樹はオウム真理教を背景にして『1Q84』を書いた。


 そしてオレも今年のはじめ、オレがもっとも衝撃を受けた安倍元首相銃撃事件をもとにして拙作『シーと21世紀の阿呆船』を描いてみたのだが……



 今晩もエアコンで温められた部屋で日本酒を飲み、愛犬シーズーのシーの寝息を聴きながら、大江健三郎の小説を読んでいる。すべてを宇宙的なひろがりで考えることを学んでいる。



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