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『懐かしい年への手紙』第二部へ



 大江健三郎の長編小説『懐かしい年への手紙』第二部 第一章「父祖たちが家郷と呼んだ谷間から 離れることはないものと/むなしくたてた子供の誓いを思っている」を読み終えた。

 森の谷間と「在」のなかでただひとり特別な子供、性を超越した、いわば両性具有の美しさの子供として知られていたギー兄さん。そして昔語りとして、谷間の人間であれ「在」の人間であれ、肉体が死ねば、魂は躰をぬけて空中に浮かび上がり、旋回して、それも螺旋状にしだいに高みに昇って、森の以前から自分のための木ときまっている樹木の根方に着陸して、ずっととどまることになると伝えられてきた。

 Kちゃんと呼ばれている主人公は、子供心のジレンマとして、南方で ──しかもレイテ島で── 自分が戦死しての、魂の帰り道という問題に悩む。船で送られトラックで移動して、集団で行軍したあげくジャングルで戦死してしまえば、ひとりのぼっちの魂となって、遠い道のりをこの四国の森の奥の谷間まで、どう戻りつくことができるのか?

 そうして、ついに戦争が終わる日が来た。米・英が上陸して川筋を攻めのぼりこの森のなかの谷間まで到ろうとしているのか? 

 谷間からも「在」からも戦地に赴いた夫や息子の安否を知りたいと多くの女たちが、女装したいかにも美しく勇ましい様子のギー兄さんに「千里眼」を頼みに集まる。恐ろしくなった僕は、森の高みの樹木の根方の魂たちの、総元締めだという「壊す人」に祈りの声をあげはじめた。 ──あの小林秀雄が最初の数ページで投げ出したという大江文学のもっとも核となる長編小説『同時代ゲーム』に、はじめて「壊す人」は登場しているが、この長編小説『懐かしい年への手紙』でも登場したことに、オレは頬がほころび嬉しくなって興奮した── そして僕は、ずっと繰りかえしていた祈りを思い出してみると、のちにギー兄さんと読むことになったイェーツの一節が、森の声のなかのさらにもうひとつの声として響いていたように感じられたのだった。

 父祖たちが家郷と呼んだ谷間から 離れることはないものと/むなしくたてた子供の誓いを思っている……


 もちろんオレは太平洋戦争を経験していないが、生前の母から戦時中のことを聞かされたことはあった。オレが小学生のとき、


 ──天皇陛下が戦争を認めたから日本はアメリカと戦争を始めたんだ!


 と非難すると、母はやや真剣な顔で(さと)すように反論した。


 ──それは違います。国民のために戦争をやめさせたのが天皇陛下です。天皇陛下をそのようにいってはいけません!


 両性具有の美しさの子供のギー兄さんに、「壊す人」の登場と、第二部へ入り『懐かしい年への手紙』は、予想を超えた展開へとつづき、ますます読みつづけるのが楽しみになってきた。



 朝陽に愛犬シーズーのシーの白とゴールドの体毛が稲穂のように輝き、東の空が底辺から(あか)く染まっている光景を眺めていると、オレは《宇宙の眼差し》を感じる。オレはシーとともに永遠に生きることを誓う。





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