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一つの約束



 大学1年の秋、劣等感からひどく落ち込んだオレは、救いを求めるように当時運行していた夜行の急行電車に乗って東京へと向かった。 ──長い夏休みが終わり福島県の地方都市から、はじめて親もとを離れ仙台市近郊の祖父の家で下宿をはじめていた── お金に余裕がなかったため、明治のお菓子「きのこの山」をひとつだけ買い、夜行のため照明が抑えられた車内で、河出書房新社の文芸読本「太宰治」を読みつづけながら、「きのこの山」をひとつひとつ大事に口にし、満たされない気持ちと同じように空腹に耐えた。

 まだ人がまばらな早朝の東京駅から、三鷹へ向かう電車に乗り換え ──おそらく中央線── 車窓から人々が動き出す前の朝陽に照らされた都心の風景を目に焼きつけた。途切れなくつづく巨大な都心の光景は、ますます自分の存在を最小化し、一縷(いちる)の望みとして太宰の晩年の住居があった三鷹市の禅林寺へ、太宰のお墓へとオレを促した。

 三鷹駅から徒歩で禅林寺へと向かい、寺の案内板によって、森林太郎の斜め向かいの多くの花が供えてある太宰治の墓の前に立った。オレはタバコを一本お供えして手を合わせた。ただそれだけで十分だった。

 それから太宰が愛人の山崎富栄と入水自殺をした玉川上水を見て ─水が涸れて雑草に覆われていた── 吉祥寺まで足をのばし井の頭公園を散策した。そうしてオレはいつの日か、月も星も誰も見ていない、あるいは吹雪の晩に、ひっそりとおこなわれた美しい行為 ──そのような事実にこそ高貴な宝玉が光っている場合が多い── それをこそ書きたいといった太宰のあとを継いで小説を書きたいと願い、最後のひとつの「きのこの山」を口に入れ帰途へ向かった。遠いむかしの一つの約束……



 今晩も愛犬シーズーのシーの寝息を聴きながら、シーのために生きつづけなければならないと祈るのだ。




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