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地獄の黙示録



 オレは大学では文学部ではなく法学部法律学科だったため、文学の専門的な授業を受けたことはない。今思うとやはり文学部で専門的な勉強をしていれば、もっと文学に対する視野が広がり考え方も違ったものになったいたであろうと残念に思う。例えばシェークスピア、プルースト、ドフトエフスキー、サルトル、フォークナー等々を学ぶことができたのならと……

 名だたる小説家をはじめとする文学者は、やはり東京大学の出身者が多く本当に驚いてしまった。すべて文学部というわけではないが……


 夏目漱石、吉井由吉、庄司薫、大江健三郎、宇能鴻一郎、加賀乙彦、澁澤龍彦、星新一、丸谷才一、三島由紀夫、吉行淳之介、安部公房、福永武彦、檀一雄、太宰治、中島敦、堀辰雄、梶井基次郎、川端康成、大佛次郎、芥川龍之介、菊池寛、山本有三、谷崎潤一郎、武者小路実篤、志賀直哉、森鴎外等々、他にもまだまだたくさんいる。



 さてU-NEXTで、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』のファイナル・カット版を観た。 ──ちょうどハマスとイスラエルの紛争が始まっているが──


「黙示録」とは、ご存知の通り一般的に、新約聖書の最後の一書「ヨハネの黙示録」のことであり、新約聖書の中で唯一予言書的性格を持っている。ローマ帝国の迫害下にある小アジアの諸教会のキリスト教徒に、激励と警告を与えるために書かれた文書でもあり、この世の終末と最後の審判、キリストの再臨と神の国「千年王国」の到来、信仰者の勝利など、預言的内容が象徴的表現で描かれている。


 コッポラ監督が、混沌としたベトナム戦争の映画の原題に「Apocalypse Now」 ──「Apocalypse」=日本語で「黙示録」── と名づけたのはどのような意図や意味があったのだろうか?


 ベトナム戦争を扱ったアメリカ映画のほとんどは、アメリカ側から見たベトナム戦争だ。例えばアカデミー作品賞を受賞した『ディア・ハンター』などは、アメリカ軍の青年がベトコンの捕虜となり、ロシアン・ルーレットによって狂ってしまうアメリカ側から見た戦争悲劇の物語だった。

 ベトナム戦争は、冷戦時代のアメリカ合衆国を盟主とする資本主義陣営と、ソビエト連邦を盟主とする社会主義陣営とのベトナムを舞台にした代理戦争であったわけだから、アメリカの若者が犠牲になったという観点は、強引で一方的なアメリカ側から見た話しと言える。

 しかしながら、このコッポラ監督の『地獄の黙示録』は、けっしてアメリカの側の視点から見たべトナム戦争の物語ではなく、むしろ強国としてのアメリカ合衆国の不正義や傲慢さを痛烈に批判しながら、壮大で美しく狂気に満ちた世界を描いる。


 映画の冒頭は、ベトナムのジャングルがナパーム爆弾の爆撃を受けて炎上するシーンに、ドアーズのあの『ジ・エンド』が流れる。


  これで終わりだ

  美しい友よ

  これで終わりだ

  ただ1人の友よ

  築きあげてきた理想は

  もろくも崩れ─

  立っていたものは

  すべて倒れた

  安らぎは失われ

  驚きは去って

  もう2度と君の瞳を

  見ることはないだろう

  心に描けるだろうか

  限りなく自由なものを

  あえぎながら

  見知らぬ人の助けを求め

  絶望の大地をさまよう

  果てしない苦悩の荒野に

  進むべき道を失い─

  すべての子供たちは─

  狂気に走る

  すべて子供たちは─

  狂気に走る

  夏の雨を待ちわびて



 そして有名なカルゴア中佐率いる部隊が、朝焼けの海上を9機の武装ヘリで編制し、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を大音量で鳴らしながら、海沿いのベトコンの拠点の村を次々と攻撃していく映像は、言葉を失うほどの衝撃的なシーンだった。


 元グリーンベレーの隊長のカーツ大佐というエリート将校が、米軍の意向を無視しカンボジアのジャングルに現地民族部隊を率いて王国を築きあげていた。主人公のウィラード大尉は、軍の上層部から彼の暗殺司令を受け、4人の部下と共に哨戒艇に乗り、ナン川を上ってカーツ王国を目指す。

 さまざまな場面に直面し、2人の部下が犠牲となった末、ようやくカーツ王国へ到着すると、小さな舟で身体を白く塗った原住民が川を覆い彼らを出迎える。

 やがてカーツ大佐とウィラード大尉は対峙する。

 そしてカーツはウィラードに、衝撃の真実を語り始める。


 特殊部隊にいた頃の話しだ

 まるでけ

 数十万年前に思える

 われわれは収容所で子供たちに注射をした

 小児麻痺の─

 予防接種を行って収容所を出た

 老人が1人泣いて後を追ってきた

 ベトコンが収容所にやって来て

 子供たちの腕を─

 切り落としたのだ

 腕が山のように積まれていた

 小さい腕が

 今でも覚えているが

 私は─

 声を上げて泣いた

 老いた女のように

 歯をむしり折りたい気持だった

 あの時のことを

 私は決して忘れたくない

 決して……


 最後は、ふたたび『ジ・エンド』が流れるなか、水牛が生贄(いけにえ)となって斧で切り倒されるシーンとともに、死を望んだカーツをウィラードが斧で斬り殺す。


 この映画は、現代の黙示録である一方で随所にすごい曲が流れ、カッコよ過ぎて思わず笑ってしまった。


 ドアーズの『ジ・エンド』

 ワーグナーの『ワルキューレの騎行』

 ローリングストーンズの『サティスファクション』


 この感覚って、はたして才能なくして持ち得るものだろうか? 例えば東京大学出身の小説家が、ワーグナーはわかるにせよ、ドアーズの『ジ・エンド』とローリングストーンズの『サティスファクション』を馴染めるとは思えない。



 ──現代の戦争では何が見えるだろうか? そもそも日本人に戦争が見えているのだろうか?


 ──戦争だからね! 戦争ではそういうことがあるんだ!


 罪もないガザ地区の多くの子供たちが死んでいく。

 戦後70年が経過し繁栄を謳歌する日本の若者にとって、戦争を実感することは難しいのだろうか?



 今晩もエアコンで温められた部屋で、愛犬シーズーのシーの寝息を聴きながら、イスラエルがガザ地区へ本格的に地上侵攻を開始した映像をオレは観ている……




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