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父よ、あなたはどこへ行くのか? 



 大江健三郎の短編・中編連作集『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』の、第三部 オーデンとブレイクの詩を(コア)とする二つの中編のうちのもう一つ『父よ、あなたはどこへ行くのか? a 裏 b 表』を読了した。よってこの短編・中編連作集を読了することができた。

 今回は、村上春樹の新作長編『街とその不確かな壁』と並行して読みすすめていたが、結局は、大江の『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』を優先して読んでいた。やはりこの短編・中編連作集でも、彼の作品の奥底を流れるひとつの希求 ──前回は《根源的なもの》と表現── を感じることができて嬉しかった。ではこの奥底を流れるひとつ希求とは、いったいどういう祈りなのか? それをここで具体的に記すことは(はばか)られるが、それはくもりのないまなこで森の声を聴くように耳を澄まさなければ聴こえないものだろう。大都会の喧騒のなかではけっして聴こえて来ないものだ。


 中編『父よ、あなたはどのへ行くのですか?』は、a裏とb表の二部で構成されている。同一人物の主人公、僕(a 裏では)と(ふと)った男(b 表では)がまだ子供の頃、狂ったように薄暗い土蔵の理髪師用の機械椅子に座って幽閉生活をはじめたすえ死んでしまった父の復元を試みている。 ──やはり父もとても肥満していた── 僕=肥った男は、無名の父の伝記をつくることによって父を復元し父への同一化を図るのだが……

 ちなみに、実際に大江の父親は彼が幼少期の時に亡くなっている。

 この中編では、ブレイクの詩を(コア)としている。ブレイクの当該の詩は、『無垢の歌』のなかの『迷子になった男の子(Little Boy Lost)』と題するものだ。


 Father! father! where are you going?

 O do not walk so fast./ Speak, father, speak

 to your little boy./ Or else I shall be lost.


 お父さん! お父さん! あなたはどこへ行くのですか? ああ、そんなに早く歩かないでください。話しかけてください、お父さん、さもないと僕は迷い子になってしまうでしょう



 それから大江は、この中編でも邦訳なしでブレイクの詩を引用している箇所がひとつあった。大学受験以来英語を勉強していないため自力での邦訳を諦め、なんとかググって邦訳を見つけ出した。『幼児のかなしみ』というタイトルの詩だった。 ──幼児にかなしみの感情があるのならば、それはもっとも避けなければならないことのひとつだが──



 Infant Sorrow


 My mother groan’d! my father wept./

 Into the dangerous world I leapt:/

 Helpless, naked, piping loud;/

 Like a fiend hid in a cloud.



 幼児のかなしみ


 母さんは うめいて 父さんは 泣いた

 この危険な世の中に ぼくが 飛び出してきたからね

 ぼくは 何にもできないし 素っ裸だし ひいひい泣いてるだけ

 まるで 雲に隠れた 子鬼のようさ



 総括として、この短編・中編連作集『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』は、いかにも大江健三郎らしい長い文章で覆われ、理解するのに苦労する箇所も多かった。 ──村上春樹の新作長編『街とその不確かな壁』がなんと読みやすく感じたことか──

 70年安保の前年の1969年に発表されたことを考えると、大江はある程度リテラシーや向上心のある若者や人々を対象として書いたはずだ。それは今なお普遍的な問いかけとして色褪せていないだろう。しかしながら、当然、戦後も知らず高度成長期も知らず、安保闘争や学生運動もまったく知らないスマホ依存の今の若者たちに、この普遍的な問いかけはどれだけ有効なのだろうか? 否、問いかけることも(はばか)られるのではないか? ──そもそも大江健三郎を知っている若者がどれだけいるのか?──


 現在、村上春樹の新作長編『街とその不確かな壁』をのんびり読みすすめているが、次回の大江作品は新潮文庫で簡単に手に入る1976年発表の長編『ピンチランナー調書』を、やはり並行して読みすすめるつもりだ。



 ガザ地区の病院が空爆された。死者は500人以上。唖然としてしまった。上記のブレイクの『幼児のかなしみ』の詩がそのまま現実のものとなった。

 愛犬シーズーのシーは枕元で熟睡している。シーのやすらかな寝息がもっとも尊いのだ。




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