『カラマーゾフの兄弟』その12
オレは『カラマーゾフの兄弟』を読了後、かねてから楽しみにしていたYouTubeで配信されている『カラマーゾフの兄弟』に関するさまざまな動画を観はじめた。冷酒のグラスを片手に、このドストエフスキー最高傑作の長編小説を、どんな風に捉えて動画にしているのか? とワクワクと期待を込めて……
すると19世紀の時代背景とともに、とても的確にこの長編小説を捉えていると感じられるものがあった。
ある企業の3万冊の蔵書がある社長と、古くから交流のある公認会計士の『カラマーゾフの兄弟』をめぐる対談形式の動画だった。はじめに公認会計士が、最近ようやく『カラマーゾフの兄弟』を読了したという話しからはじまった。
ドイツの哲学者で宗教学者のルドルフ・オットーの『聖なるもの』に影響された19世紀の作家たちは、 ──人間にとって聖なるものとは何か? と問いかけずにはいられなかった。そしてそのいちばん巨大な人がドストエフスキーであり、まさに『カラマーゾフの兄弟』は、 ──生命の根源、神から与えられた命の本源、そして神から作られた人間にとって聖なるものとは何か? を描いたものだと手振りを交えながら確信を込めて社長は語った。
──ドストエフスキーの死によって描かれなかった『カラマーゾフの兄弟』の第二部では、三男アレクセイが《神から作られた人間にとって聖なるもの》を求めて、テロリストへと変貌していったのではないか(あるいは貧困に苦しむロシア民衆を救うためテロリストとなったアレクセイ自身が、聖なるものへと生まれかわっていく=神の人アレクセイ)とオレは希望と期待を込めて想像するが……
また『カラマーゾフの兄弟』の中でもっとも有名な「大審問官」についても、オレは「大審問官」を何度か読みなおさなければいけないと感じていたけれど、この社長は、的確かつ簡単なひと言でいいあらわした。
──結局、キリストが蘇ってきたら、今の人はみな迷惑だということなんだ!
またこの社長は話しを発展させ、同じくドストエフスキーの長編小説『悪霊』についても次のように述べた。
──自分の肉体の命よりも大切なものを求めている人たちが描かれている。人間としての本当の悩みが描かれている。本当の悩みというのは、実は皆、結果が悪いことになる。結果がハッピーエンドというのは、実は程度の軽いものである。程度が重いものは、大体100人のうち99人が滅びる。聖なるものを求め、または理想を求めるが99人は滅び去ってしまう。その滅び去る悲劇性というものを、もっとも描き切っているのが『悪霊』なんだ。
『悪霊』はイメージとしては暗い。しかしこの暗いものが人間の本体なんだ。この暗いもの、悪いもの、腐敗したもの、卑しいもの、の中から10のうち一つ美しいもの、偉大なものが生まれるのが人間の生き方でもある。
さらに彼は、 ──文学とともに国が興り、文学を失うと共に国家が滅びる。それはあらゆる歴史家が昔から言っていることだが、それをいま日本人は忘れてしまっている。そして、 ──大文学(偉大な文学、たとえば『カラマーゾフの兄弟』など)を生み出すか、生み出さないかが、文明の根源だから、要する神と人間の対峙だと、と指摘した。
──男女の付き合いを描いているのが、今の日本の文学! 元カレ元カノという言葉もあるけれど、もうダメだね。
大文学、偉大な文学を忘却した日本人は、文明の根源を失ってしまったということなのか。
その後話しは、恋愛小説から波及して平安時代の『源氏物語』に移った。けっして『源氏物語』は恋愛小説ではないと社長は強調する。
──『源氏物語』は、当時の宮廷の中の生活から、日本の思想、あの頃の日本人のもののあわれとか、無常など、日本人の精神を捉えて描いている。もちろんヨーロッパも日本も宮廷と言ったら恋愛の巣窟だから(皆ヒマだったので)恋愛も入っているというだけに過ぎない。とくに古文で読むと感じるのだが、文章の抑揚の中に霊界と現界がラップして重なり生存していることが、言語の中にある。言語の中に入っている。日本語とはそういう言語。それをどんどん簡略化したのが今の日本語であると。
最後に社長は次のように語った。謙虚な気持ちで文学に接して来たと……
──相手に近づこうとしないとダメ! 文学も絵も書いた人の魂に自分の魂を近づけていこうとしなければダメ! 現代人は自分の魂から相手の魂を理解しようとする。だからわからなくなる。あれだけ大文学として歴史に残っているものを、自分みたいな人間が判断できるわけがない。俺なんかは判断できないと思って読んでいるから、たとえばドストエフスキーなど神に等しいものだと思って読んで来た。今の人は自分がわからないと、すぐになんだこれ大してつまらないと言う。昔から何千年も聖書なども、あれだけ偉大な人たちが素晴らしいと感動してきたものを、素晴らしいに決まっていると思っているから、自分から近づこうとして、それをなんとかわかろうとする、そうやって読んで来た。
これらはあくまで、この社長いち個人の考え方、価値観に過ぎないが、オレも、大文学、偉大な文学を忘れることなく、自分から近づきたいと思った。グラスの冷酒を一気に飲み干しながら……
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