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文学とは何か……



 村上春樹は『カラマーゾフの兄弟』をこう評している。


 ──世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことのない人だ。

(村上春樹訳『ペット・サウンズ』あとがきより)



 仕事が終わり、駅に向かって夜の仙台の街をひとり歩く。車のヘッドライトと街の明かりが途切れることはない。さまざまな人とすれ違う。ビル群の照明が紺碧色(こんぺきいろ)の空を曖昧に薄め、星たちの輝きを見つけることはむずかしい。ダミエ柄のショルダーバックからiPhoneを取り出し時間を確認する。iPhoneのホーム画面では、愛犬シーズーのシーがオレを見あげている。

 人間はあらゆるシステムを生み出しそれに従って生きている。基本的にそのシステムからはみ出して生きることはできないのだ。

 YouTubeで、日本に住む若いロシア人の女性がいっていた。


 ──ロシアでは16歳になると学校でドストエフスキーやトルストイを学ぶが、16歳の少年少女が理解できるはずがない。

 わたしは『カラマーゾフの兄弟』を最初の3ページしか読めなかった。文章は読みづらいしこのようなものを読んでなんの役に立つのだろう!


 仙台駅へとつながるペデストリアンデッキを歩きながら、ふとオレは、前記の村上春樹の言葉を思い出した。おそらくこの世の中の多くの人間は『カラマーゾフの兄弟』を読んでいないだろう。しかし人間のつくり出したシステムになんら影響することもなく、多くの人々は生きているのだ。


 でもオレは、オレが生まれたこと、シーが生まれたこと、そしていつまでもシーと一緒に生きるため、いつの日かふたたび『カラマーゾフの兄弟』を読もうと思った。




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