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『晩年様式集』その9 「五十年ぶりの「森のフシギ」の音楽」その1



 大江健三郎の最後の長編小説『晩年様式集イン・レイト・スタイル』の「五十年ぶりの「森のフシギ」の音楽」という章について記していく。


 長江(大江健三郎自身がモデル)の妻千樫がリウマチ性多発筋痛症を発症し入院したが、長江とアカリ(頭に障害をもって生まれ知的障害者の長江の長男)の四国の森の「テン窪大池」の家での共同生活は続いていた。森から三十キロ地点にある伊方原子力発電所の、土地の反・原発運動を進めている人たちが、実状の説明に来た。それ以来、アグイーのことを重ねて考えるアカリの、かれ独自の想像による惧れが増大したようだった。アカリの寝室の壁には、かれらしい多様な色鉛筆でグラデーションをほどこした二十五万分の一地図「松山」が張られていた。この近さの伊方で事故が起れば、どう対処しうるか?

 アカリが絶対にここを離れない理由。それは伊方の原発事故に際して、森の上空から降りて来るアグイーを保護してやるためであった。しかしアグイーの危険は、同じくここに住むアカリの危険ではないか? 長江がそういってみても、かれはすでに妹真木による同じ趣旨の説得を経験ずみであった。


 ──いいえ、私はここから出て行きません。アグイーが森の上から降りて来る時、アグイーを助けられるのは、私だけです! アグイーが降りて来るのが見えるのは、私ひとりなんです!



 ──短編『空の怪物アグイー』は、自分の手は汚さず赤んぼうを始末する方策を用意されて、そのとおりにした若い父親が、やがて自殺に近い死に方をする物語。かれの殺した赤んぼうが、カンガルーほどの大きさになり、木綿の肌着に包まれて、空に浮かんでいる。すでに社会的関係から脱落して無為に過す若い父親のところに、空の高みから降りて来ることがあった……

 その幻影の生きものがアグイーという名前で(そのコトバは、アカリが生涯で最初に発した音節だった)。長江は長編『個人的な体験』に至る前に、『空の怪物アグイー』もまた、実際に経験したこととして表現していた。──




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