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3月11日



 イスラエルによるガザ地区の空爆によって崩壊した街の映像を目にし、オレの脳裏に東日本大震災当時のことが蘇ってきた。 ──宇宙の摂理では、時間はなにがあっても止まることなくすすんでいく── 直接の被害はなかったものの仙台市であの未曾有の大地震を経験した。やはりそれは非現実的な現実だった。宇宙の膨大なエネルギーの前で、あらゆる生命は無力でしかなかった。人類の叡智さえも同じだった……


 今ふり返ると、あの2011年3月11日以降、目には見えなかったがいつの間にかポイントが切り替えられ、オレは以前とはちがう別の線路をずっと走っていたように思う。現実に今まで経験してこなかったことが、なぜか次々と起った。宇宙の摂理はちっともかわらないはずなのに……


 あの日、3月11日の震災直後、オレの住んでいる地域では停電と断水がつづいた。テレビを観ることができず、 ──ラジオは聴けたけれど電池がなかった。スマートフォンも使えなかったし、まだYouTubeの配信もなかった── 震災後の情報がほとんど得られなかった。現実にどのような被害が起きているのか何もわからず、電気が止まったまま暖房も使えないため、夜になると暗い部屋でひとり布団にくるまった。 ──まだ愛犬シーズーのシーと暮らしはじめる前だった──

 

 その頃、父は近所の老人介護施設「しんせん長春館」に入居していたので、翌日の午前中に急遽訪問した。 ──1週間ほど仕事も休みだったはず、施設はオープンして間もなく建物の被害も壁に亀裂が入った程度だった── そこの介護施設は若いスタッフが多かったので、ひとりで家にいるよりも震災後の不便な生活を共有したい思いもあった。

 なぜだか、不思議とみんな明るかった。未曾有の大地震を体験し昂揚していたのだろうか? ──直接、大きな被害を(こおむ)った者はいなかった──

 

 3月11日からまだ2日目ぐらいだった。晩ご飯の時間が終わりひと段落すると、なぜだか、若いスタッフみんなと「しんせん長春館」の8階建の建物の屋上にあがった。そして、すっかり暗闇に覆われた大津波が襲った東の海岸の方向をみんなで眺めた。 ──月が出ていたかは覚えていないが星は小さく煌めいていた── みんな、震災後のいろいろな対応に追われて忙しかったため、夜ではあったが東の海岸方向を眺め、あらためて心の整理をしたかったのだと思う。

 疲れているはずなのにみんな笑顔だった。非日常的な現実生活を楽しんでいるようでもあった。


 1人の若い男性スタッフは、住んでいたアパートが津波に呑まれてしまった、と苦笑した。

 別の若い女性スタッフは、お風呂に入れず髪の毛がくさい、と顔を(ゆが)めて笑った。

 またもう1人のリーダー的な男性スタッフは、遠くの暗闇に小さく連なる道路照明灯を指差していった。


 ──あの仙台東部道路まで津波が来たんだ。あれが防波堤になってくれて、ここまで津波が来なかった。津波に追いかけられ車であの下まで逃げて来た人たちは、車を捨てあの専用道路の斜面を駆け登ったらしいよ!


 ──仙台東部道路は、仙台市の海岸から数キロ入った内陸を走る自動車専用道路で地上より3、4メートルほどの高さがあった──


 ──みんな助かったの? とは誰も問わずに、一瞬、みんな黙ってしまった。やはり非現実的なつらい現実だった。それでもすぐに笑顔を取りもどし、しばらくいろいろな話しをつづけた。生き残れた実感をみんな噛みしめていたのかもしれない。


 次の日オレは、近所にある祖母の家が井戸水でお風呂を沸かしていたので、その髪の毛がくさいといった若い女性スタッフたちを、祖母の家の伯母さんに頼んでお風呂に入れるように手配した。

 施設から祖母の家に案内する途中、やっと髪の毛が洗えると若い女性スタッフたちは、女の子らしい笑顔でいっぱいだった。ひとりの女の子が夜空を見上げた。オレも星が小さく煌めく夜空を見上げた。宇宙の摂理を感じた。

 みんながお風呂からあがると、伯母さんが用意してくれた漬物やお菓子を食べながらお茶を飲み、遅くまで賑やかに歓談した。それもおそらく非日常的な現実だった。 ──もちろんオレはビールを飲みたかったが、震災後はビールもなかなか手に入らなかった──


 やはり3月11日は忘れられない。しかしながら、ハマスとイスラエルの戦争は、宇宙の摂理とは別のものだ。宇宙の摂理に反する生き物は、この地球上では人間しかいない。


 今晩も冷えてきたのでエアコンの暖房をつけた。愛犬シーズーのシーは枕元で熟睡している。現実の中のオレは、YouTubeでカザ地区の映像をiPhoneで観ている。当事者にとってそれはまさに非現実的な現実なのだが……




 

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