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『晩年様式集』その4 「カタストロフィー委員会」Papt4



 大江健三郎の最後の長編小説『晩年様式集イン・レイト・スタイル』の「カタストロフィー委員会」という章について、さらに続けて記していく。


 30年ほど前に長江(大江健三郎自身がモデル)が発表した短編連作集『雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち』にふくまれている『さかさまに立つ「雨の木(レイン・ツリー)』という短編がある。

 この短編で中心に置かれている高安カッチャンは、カタストロフィーにある人物で、それに対比して積極的な人物として描かれているのは、彼と同棲しているペネロープという女性だった。

 ハワイの大学に教えに行っていた長江と、東京大学で同級生だった高安カッチャンは再会した。しかしかれは、専門教育を受けたコースからは脱落して女性の世話になっていた。そしてその後、その愛人から窮状の果ての彼の死を伝える手紙が届いた。

 ペネロープは、男の窮状が、個人の性癖の歪みや無能力にもたらされたのではなく、社会、あるいは国、世界という規模で人間がひとしく落ち入っているものだとしていた。

 ユダヤ系のこの女性は、それをカバラの神話的な世界イメージの、「セフィロトの木」としてとらえ、 ──それは世界が健常な時、真っすぐ立っているが── いまや()()()()になった状態だという。彼女は長江をプロフェッサーと呼び、彼の「雨の木(レイン・ツリー)」の暗喩を、()()()()の「セフィロトの木」と同列に置いた。

 ペネロープは、日本をふくむ大国の核兵器による(原発も入るが)全面的な破局の後の、メラネシアの島で生き延びる先住民による未来世界という構想を、手紙にして長江に送ってもいた。彼女は先進国すべての破局の後、先住民の若者たちと生き残って、彼らに協力し、彼らの先祖の「千年王国」の予言、将来は海から届く荷物(カーゴ)によって豊かに暮らせる、という予言をいまこそ成就させようと語っていたのだ。


《(自分らは)新しい荷物(カーゴ)カルト運動を始めるつもりだ。それを原水爆荷物(カーゴ)カルト運動と呼びたい。

 ソヴィエトとアメリカ、ヨーロッパと日本が、核の大火に焼かれてしまえば、多くの物質が荷物(カーゴ)として、太平洋に漂い出るにちがいない。島の人びとは、それをただ拾えばいいのだ。最後に、マルカム・ラウリーの祈りの言葉をもういちどあなたに送る。それ以上のことは、さかさまになったセフィロトの木の側にいるプロフェッサーのためにしてあげられない。それを悲しいと思うが、ラウリーも高安もやはり絶望して死んだのだ。プロフェッサー、あなたの「雨の木(レイン・ツリー)」も、ひとり炎に焼かれたのです……》



 今夜は気温が上がり過ごしやすい。愛犬シーズーのシーも安らかに寝息をたてている。日本酒を飲みながら、大江健三郎の最後の長編小説『晩年様式集イン・レイト・スタイル』のつづきを読もう。


 ──シー、いつの日か世界の中心の樹にめぐり会いたいね!




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