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『同時代ゲーム』impression3



 「(いなな)き」という言葉を初めて知った。人間の嘶き。

 休みを利用して『同時代ゲーム』を読みすすめ、今朝ほど暗がりのうちのスタンドライトの灯りの中でようやく、「第三の手紙 「牛鬼」および「暗がりの神」」を読了した。

 となりで爆睡していたシーが目を覚まし、いつものようにピンク色の舌をちょっとだけ出してオレを凝視している。大袈裟にいうと、オレはいま、感動の渦のなかでこれを書いている。シーの頭を撫でると、甘えるようにシーはふたたびオレの胸に顔を埋めて寝はじめてしまったのだが……


 「第三の手紙 「牛鬼」および「暗がりの神」」も、歴史書のような面を継続しながら物語はすすんでいったが、思いがけずこの章の最後のページで、高揚した感動に包まれることになった。検索すると、通常「嘶き」とは、「馬が声高く鳴く」とあるが、この章の最後の場面で、主人公の僕と、村=国家=小宇宙出身の若い演出家 ──まだ20歳の彼は、村=国家=小宇宙の神話と歴史を演劇化しようとしている── とやはりまだ若い俳優2人に女優1人が揃って、バハッ、バハッ! とくり返し嘶き合唱したのだ。それは、この章で語られた「牛鬼」と呼ばれた元村役場の助役原重治が、明治の大逆事件 ──知らない方はググってみて── のショックから、懊悩の嘆声として、恐シヤ、恐シヤ! と谷間や「在」の道端の少人数の集まりにおいて口に出していたが、やがて狂気した彼は誰かれかまわず、バハッ、バハッ! という罵声を浴びせはじめてしまったのを演劇に取り入れたことによるのだが……

 そして、村=国家=小宇宙の各家の神棚の脇には、メイスケサン(暗がりの神)として亀井銘助(かめいめいすけ) ──三度の一揆の中心だった── の御霊(みたま)(まつ)られている。


 なぜオレが予想外に感動したのか、その理由をわかってもらうてめには、残念ながらこの長編小説を読んでみないことには、共有するのは難しいだろう。ただオレは、「牛鬼」こと原重治と、メイスケサン(暗がりの神)こと亀井銘助二人の悲哀に満ちた人生を、主人公の僕と演出家と俳優や女優が、バハッ、バハッ! と彼らを下卑するよりもむしろ(いつく)しむように合唱したことが嬉しかったのかもしれない。


 そしてオレは、同じく大江健三郎の書き下ろし長編小説『洪水はわが魂に及び』のあるシーンを思い出して、分厚い文庫本のページを開いたのだ。『カラマーゾフの兄弟』の英文が引用されているその箇所を……


 ──Young man be not forgetful of prayer

    青年よ、祈りを忘れてはならない




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