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『必読書150』その6



 この『必読書150』でリストアップされた本のすべてとはいかなくても半分、あるいは2割や3割程度でも読了した日本人はどのくらいいるのであろうか? 学問を職業としている学者であれば当然として、一般の人々に限るならば、ほんの一握りの人間だけではないか。とすれば日本人の大半はサルということになる。その大半を占めるサルが現実の日本社会を担っているわけだから、日本が世界から取り残され、建設的な発展が望めないのも当然であろう。

 既得権益にすがるしか能のない日本人が、未来ある産業構造改革を成し得ず、およそ30年間も経済成長が停滞してきたのは周知の事実だ。限られた知識や経験によって何ができるというのだ。『必読書150』にあるような既存の思想や価値観に囚われないさまざまなな思考こそが、新しい未来をつくるだろう。

 かくいう自分も『必読書150』のなかで読了したものは、日本文学のうちの7冊だけであった。先人のさまざまな叡智をまったく知らないことになる。これでいいはずはない。『必読書150』によって道しるべは示されているのだ。ゆっくりであっても進むしかないだろう。既得権益にすがるサルからの脱却を目指して……


 さらに言うなら、自分が既得権益にすがるサルであることを自覚していない日本人が大半であるという事実。この事実もとても重いだろう。20年前、サルから人間になるための指標『必読書150』が出版されたにも関わらず、大半のサルは見向きもしなかったのだ。


 最後に、ふと浮かんだ『カラマーゾフの兄弟』の冒頭のヨハネの福音書第12章第24節を記しておく。


 よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。

 ─ヨハネによる福音書。第12章第24節─

      (カラマーゾフの兄弟 原卓也訳)




 ──円地文子『食卓のない家』


 1972年冬、連合赤軍の学生が内部のリンチで十数名を殺した。赤軍派の家族が世間から攻撃され、会社を辞めたり自殺をしたりしたことは注目されなかったらしい。それを重視したのは円地文子だけだという。この小説では、息子が逮捕されながら、会社を辞めず謝罪もしない父親が主人公である。このような小説があるとは思いもよらなかった。大江健三郎の短編連作集『河馬に噛まれる』も連合赤軍のその後の若者の姿を描いたものだったが、ぜひ比較しながら読んでみたい。



 今夜も愛犬シーズーのシーの寝息とともに、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を辻井伸行の演奏で聴いている。自民党のサルどもは『必読書150』にある本をどのくらい読んでいるのであろうか? まあサルから脱却ができていないのだからほとんど読んでいないのだろう。


 ──シー、もう少ししたら朝の散歩に出かけようね!




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