ドストエフスキーの思惑
『カラマーゾフの兄弟』に精通している読者には有名な話しだが、小説は1866年のロシアが舞台になっている。実際に、この1866年4月4日、皇帝アレクサンドル2世の暗殺未遂事件が起き、その犯人の名前が、ドミトリイ・カラコーゾフであった。
──エッ! カラコーゾフ?
カラマーゾフそっくりの苗字。
しかもドミトリイとは、小説『カラマーゾフの兄弟』のカラマーゾフ家の長男ドミートリイとほぼ同じ名前。
小説では、この長男ドミートリイが、父親のフョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ殺しの犯人として逮捕されてしまうのだが……
また、その殺された父親の名前フョードルこそ、作者のフョードル・ドストエフスキーとまったく同じ名前である。
──これらはいったいなにを意味するのだろうか?
殺された父親に名前に、自分のフョードルという名前をつけたことに、ドストエフスキー自身、なにか懲罰めいた思いがあったのだろうか?
そしてこれも有名な話しとして……
ドストエフスキーは作者の言葉のなかで、この小説は、カラマーゾフ家の三男であり主人公のアレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフの伝記ではあるが、小説は二つあり、第一の小説は13年前の出来事 ──現在読まれている『カラマーゾフの兄弟』── であり、重要なのは現代のこの瞬間における第二の小説の、わが主人公アレクセイの行動だといっている。
残念ながら、ドストエフスキーは第一の小説を書き終えて亡くなってしまったので、もはや重要な第二の小説は読むことができない。
しかも、この世界最高峰の長編小説といわれている第一の小説を、彼は、これはほとんど小説でさえなく、わが主人公の青春前期の一時期にすぎないといっているのだから、どんな第二の小説を構想していたのであろうか?
それでも、『カラマーゾフの兄弟』の冒頭のヨハネによる福音書。第十二章二十四節から、なにかを感じ予測することはできるだろう。
ドストエフスキーの生涯における、二つの大きな出来事を念頭にいれながら……
1、地主貴族であった父親が、彼が18歳の時に、領地で百姓たちに惨殺されてしまったこと。
2、思想犯として逮捕され死刑判決を受けたが、銃殺刑執行直前に特赦が与えられシベリアに流刑されたこと。
──これも有名な話しだが、一部の学者は、主人公で三男のアレクセイがテロリストになると予測している──
よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。
──ヨハネによる福音書。第12章第24節──
(カラマーゾフの兄弟 原卓也訳)
去年オレは、元首相銃撃殺害事件を熟考し短編小説を書いた。 ──『シーと21世紀の阿呆船』── 念頭に、このヨハネの福音書と、アレクセイのことがあった。
今朝も愛犬シーズーのシーと朝の散歩に出かける。薄明のなかを底辺から色づく東の空を眺め、いつものようにピュシス(physis)を感じよう。ピュシス=宇宙における不変の秩序を……