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堕ちた者達  作者: 赤霞
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五話

 突如姿を現した七本鬼は、ソーヤと変わらない歳の外見をした女だった。だが、その内から発せられている『格』は膨大。荒々しい覇気は、過ぎた力を手にした子供のように無邪気に辺りにまき散らされている。

 黒と白が入り混じった髪は長く、瞳は吊り上がり、血に染まったような赤。犬歯が鋭く発達している。ソーヤに近づく度にコツコツと鳴る鉄下駄は鈴が付いており、その軽やかな歩みに合わせてチリンと綺麗な音を刻む。


「・・・・」

「質問に答えろ。開闢の一族よ。我を惹かれさせたのは、貴様か?」


 開闢の一族。意味の分からない呼び方をされ、困惑を浮かべるソーヤ。しかし、警戒は緩めていない。


「疾く答えよ。答えなければ、我はここで自らの首を斬り落とす」

「・・・」

「我は幻を見せるのが得意だ。貴様の最愛に化け、首を斬り落とそう」


 ソーヤを前に脅しを掛ける七本鬼。その意味を図り損ねた彼に、七本鬼は続けてこう言った。「トラウマを植え付けられたくなければ口を開け」と。

 七本鬼は本能的にソーヤに勝てないことを悟った。しかし、七本鬼に取ってそれは些事。


「惹かれさせた。その意味が分からない」

「我は物事に関心が無い。生も死もさして変わらん。その我の本能に訴え、心を乱すのは貴様かと聞いている」

「知らない」

「そうか。コレは酷く不愉快だ。止めろ。止めなければ、我は貴様の最も嫌う形で死ぬ」


 ソーヤは目の前の七本鬼の言葉に理解が出来なかった。人ではなく、人に近い考えを持つソーヤ。人から遠い野性的な考えを持った七本鬼の思考は彼が理解できる範疇の外にある。


「止まりなさい。鬼の姫よ」

「・・・貴様、人の神か。亜神如きが我に指図するな」


 二人の間に割って入ったのは、ウィル。白翁とバッカスの知人の関係性ではないが、二人は既知だった。遥か昔、まだコロニーが出来る前の戦乱の時代に顔を合わせている。


「鬼姫。貴方のソレは、生殖本能。人でいうところの恋です」

「だからどうした。不愉快だ」

「それは死んでも収まりません。恋とは、不死の病です」

「ほう。そんな病は聞いたことがないがな」

「人に聞いてみればいい」

「不治だと思うけど・・・」


 最後のソーヤの呟きは瀑布の音によって搔き消された。そしてウィルの話を聞き、真偽を確かめる為に七本鬼は、甲板から去って行った。そこには一仕事を終えた顔をしたウィルと、苦虫を嚙み潰したような表情のソーヤがいた。


 一悶着あったが、ソーヤ達は無事に妖精の里に辿り着いた。これまで気付かなかった自分が馬鹿だと白翁が笑うほど、何事もなく瀑布をすり抜けて船は里に停泊した。

 里の中はソーヤ達にとって奇妙な光景が広がっていた。まず、コロニーでは目にしなかった木と花が至る所に群生していた。ふわふわと小さな光が大量に飛び回り、それらを愛おしそうに撫でたり、抱きしめたりしている小さな、小さな存在。大きさは手のひらほど。天羽とは違い、薄く透ける楕円形の羽根が生えている。妖精だ。


「あら、外からのお客さん?」


 呆然とその光景を見ていたソーヤ達の下に、一人の妖精が飛んでくる。


「まあ。開闢の一族じゃないの、いらっしゃい。凄いわ。わくわくするの」

「あの、開闢の一族って、」


 そして、ソーヤを見て七本鬼と同じく『開闢の一族』と口にした妖精。それについて彼が聞き返そうとすると、勢いよく後方から飛んでくる妖精の影が一つ。


「迎えに来るのが遅ぇ!!」


 その妖精はソーヤ達の間をすり抜け、一番後ろにいた白翁の下へ減速せず突撃する。勢いそのまま、小指の爪ほどの大きさの手のひらが彼に振るわれると、白翁はズンという地響きと共に倒れ込む。そのあと、硝子細工を触るようにゆっくりと手を伸ばし、その妖精を手の平で包むと、


「嗚呼、会えた」


 そう言って静かに涙を流した。


「老けたな。すっかり爺だ」

「お前は変わらねぇなぁ。本当に」

「里にいきなり呼ばれたと思ったら、役職を渡されたんだよ。帰るに帰れないから待ってたのに、百年以上も顔を見せやがらねぇ。愛が足りねぇんだよ。愛が」

「そりゃあ、すまんかった」


 エリーに引けを取らない気の強さに、それに似あった容姿。着けた首輪は、白翁の指輪と同じもの。百年と数十年という短い期間を経て、二人は変わらぬ愛のまま再会を果たした。


「おい、少年少女共。このボンクラ亭主を連れて来てくれて礼を言うぜ。ウチの名前はヴィエリュト=ニュムパ。発音が難しいならリトでいいぞ」


 白翁の掌の上で胡坐を組み、堂々した態度で語る妖精(リト)。空白地帯の人に憑く精霊の管理を任されている彼女は、当然ながら白翁の同行も把握しており、ソーヤ達が妖精の里を目指していることも知っていた。


「本来なら入るには色々と試練とか、しきたりがあるんだが、今回はウチの特権で全部無視した。あとでぜってぇ怒られるな」


 ケラケラと笑うリトに、変わらない彼女を見て白翁も大声で笑う。


「大丈夫なんですか?」

「あん?愛した旦那に久しぶりに会えるんだ。上が怖くて遠慮なんかしねぇよ」


 ソーヤの問いに、漢らしい返事を返すリト。


「もてなしてぇとこだが、これからウチらは逢瀬の時間だ。大体の要件は知ってっから、このまま真っ直ぐ奥に行ったとこに、この世界の監視者がいる。そいつには話は通してあっからそいつから諸々聞きな」

「ヴィエリュト様、あの方は!」

「あ?だからって里長は無理だろ。流石にそれはウチでも無理だ。おう、少年少女共。これから会いに行く奴は訳ありだ。注意しな」


 そう言い残してリトは他の妖精と白翁を連れてこの場を去る。ソーヤ達は監視者の下へ向かう。

 監視者がいると思われる場所は人と変わらない大きさの家だった。造りは木造で、慣れない外観と匂いに三人が戸惑っていると、


「入ってもいいよ。うん。いい感じ」


 小さな声が中から聞こえる。

 その声に従って中に入ると、机の上にリトと変わらぬ大きさの妖精が静かに座っていた。


 その妖精の名はヴィデレ=セクン=ヴァンニュムパ。肩口で切り揃えられた黒髪に、透き通る程の白い肌。瞳は朱殷。瞳の奥には六芒星がゆっくりと回転している。氷のような冷たい声音に、今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気。

 ヴィデレは二代目(・・・)の監視者。先代の母から作られた混ざり物。生まれながらに妖精の見た目をしているが、中身は妖精ではなく、不死身の鬼。監視者。記録者としてこの世界に起きていることを把握する。その役割を果たすための瞳は第六魔眼。“万知の魔眼”であり、エリーとソーヤの持っている魔眼とは役割が異なる。


 その瞳に息を呑むソーヤとエリー。しかし、訳ありと聞いているだけに表情には出さず、名乗る。


「・・・そう長くはいられない。うん。見つかる感じ。手短にしよう」


 そう語ったヴィデレはソーヤ達の目的を察しているかのように話を始めた。



 シスは第五コロニーで生まれた。家庭は平凡。しかし、彼女自身は非凡であった。

 異変は彼女が生まれて数ヶ月のことだった。おしどり夫婦と呼ばれた彼女の父と母が毎日のように喧嘩を行った。喧嘩の内容はどちらがシスのお世話をするか。ただそれだけの理由。常軌を逸する独占欲と溺愛。両親は借金をしてまで彼女に対して湯水のように金を注いだ。

 彼女が一歳半になる頃には両親だけでなく、彼女のいた街全体が狂い始めていた。歩き始めた幼子に対して、大人が跪き、顔色を伺う。三歳になる頃には街は彼女に堕ちていた。友も。恋人も。家族も。全ての存在よりも彼女を優先し、彼女の寵愛を授かる為に動いていた。

 記憶が定着し、物心が芽生えた四歳の時、彼女はとある男に一つのお願いをした。


「あの高い屋根の上から飛んで欲しい」


 幼い彼女の探求心。善悪の区別も付いていない好奇心。男は迷うことなく嬉々として屋根から飛び降り、その血肉を華咲かせた。そして彼女は若干四歳にして間違った。自分以外の命は軽いと悟ってしまった。喜んだ男を見て自分の為に命を使う行為は尊ぶことだと知った。

 彼女は聡明だった。五歳になる頃には貢物の本を読み漁った。彼女は“普通”を知った。自分の日常が非日常だと知った。しかし、彼女はそれが間違いだとは思わなかった。彼女は普通を知ったことで自分が“特別”だと知った。

 六歳で彼女は初めて自分以外の“特別”を、物語で知った。『英雄』と呼ばれる自分とは異なる“特別”を。


 彼女は家族を知らない。友を知らない。愛を知らない。子供ながらに彼女を支配したのは、虚無感と孤独であった。そして彼女は恋をした。同じ“特別”に。自分の気持ちを。意思を。寂しさを。全てを共有できる唯一の相手こそが“英雄”だと信じた。少女が夢見る王子のような。歪んだ恋に堕ちた。

 複数の街を掌握したシスは、次に第五コロニー全体を魅了した。己が望むままに人を魅了する天上知らずのカリスマ。その魅了に耐えられる者は同じくナニかに堕ちた者だけ。


 彼女が十歳の時、全ての運命が交差する。

 ある日、シスは熱を出した。眼が内側から焼かれるような痛みに犯された。そして、それと同時に彼女の耳には、とある少年。英雄候補の話が耳に入った。

 盲布(もうふ)のモーガン。第四コロニーで野盗頭をしていた元軍人。数千のならず者を従え、軍すら手が出せなかった最悪の剣士が死んだ。モーガンを倒したのは彼女と同じ僅か十歳の少年。ナコワ=ソーヤだった。

 盲布が倒されたことで彼が持っていた魔眼が次の担い手を選んだ。それがシス。

 第二魔眼。己を慕う人の数に比例して自らを強化する“万雄の魔眼”。

 彼女は力を手にした。そして英雄を知った。そこからの彼女の動きは早かった。


 現頭領の下へ百五十万の配下を引き連れて中央城に登城した。そして、そこにあった全てを彼女は魅了した。傾国など生易しいものではない。たった一日。たった数十分で数百年の歴史を持つコロニーを齢十の少女が堕とし、手にした。

 そして次々と他のコロニーを掌握していった彼女は、ソーヤとエリーの第四コロニーに宣戦布告を行った。そこからは彼らもよく知る最悪の未来があった。



「シスはボクではなく、英雄に恋している」

「違う、かな。君は生れながらに英雄。そしてシスも生れながらに英雄を求めている。うん。そんな感じ」

「生れながら、に?」


 ナコワ=ソーヤは生れながらの英雄。英雄にしか成れない存在。例え本人が拒んだとしても彼は英雄への道を歩む。シスがそうであったように。彼もまた数奇な運命を定められた一人。

ナコワ=ソーヤはエリーの英雄になることを選んだ。しかし、彼は直ぐにウィルに取っての英雄になった。一度英雄であることを拒んだ彼を運命は許さない。また彼は多くを助け、

人々の求める英雄になる。

 シスは彼女だけの英雄を求めている。彼女の穴を埋める唯一の英雄を。しかし、ソーヤは。ナコワ=ソーヤは、


「誰か一人の英雄にはなれない。うん。絶対な感じ」


 シスとソーヤは生れながらに争うことが決まっていた。その運命に縛られて生まれてきた。


「ふっざけんじゃないわよっ!!ソーヤは自分の意思でここにいて、自分の意思で戦っているのよ!!運命なわけないじゃない!!」

「私はあくまで観測者であって、調停者でも選定者でもない。うん。関係ない感じ」

「リュエリー」

「アンタはもっと怒りなさいよ!理不尽だとは思わないのっ!?」

「代りに怒ってくれてありがとう。ボクは大丈夫。ボクはボクの意思で君を愛しているし、ボクの意思でウィルを助けた。ウィルも、ありがとう」


 話を聞いてまず怒りを見せたのは当然。エリーだった。ふざけるな。と。その意思を前面に叫ぶ。彼女を宥めるように抱きしめたソーヤの声は、後ろで控えていたウィルの感情の揺れ動きに気付き程にとても穏やかだった。揺るがない芯があった。


「私から干渉するのは観測者という運命にいる私の命が尽きることになる。うん、死んでしまう感じ」

「そう、だったのね。ごめんなさい」

「貴方達の在り方は私としてはとても好ましい。うん、申し訳ない感じ」

「いえ、お話が聞けただけで助かりました。ありがとうございます」



 ヴィデレ=セクン=ヴァンニュムパ。

 仮初の体と仮初の魂に、原初の吸血鬼(母親)の血が混じった存在。本来、彼女と同じ役目を持った存在は他世界に何億と存在する。その中で唯一自我が芽生えた。芽生えてしまった存在。

妖精の見た目を持ちながら、中身は妖精に成り切れない。世界の与えた観測者の任により、他者との干渉を断たれ、稀に訪ねてくる母を愛し、観測を続ける者。その役目は終わりなく、ただ悠久の時を眺めているしかない存在。ウィルとは違う、永遠に続く不変に精神を堕とす存在。彼女は自我が芽生えた時点で堕ちることが決まっていた存在。



「なるほどのう。それで、この後はどうする」


 話を聞き終わり、白翁と合流したソーヤ達は、彼にヴィデレから聴いた話を伝え、次なる作戦を立てていた。


「おじいちゃん、いいの?もう目的を達したけど」

「よいよい。ここまで来たら付き合おうぞ」

「せっかく会えたのに・・・」

「この爺が生きている間に次また会うのは無理だ。これが最期なんだよ」

「・・・・・」

「気にすんな。ウチもこの爺も気にしてねぇ。ここの輪廻は特殊だ。死人は精霊に還る。精霊で数千年も下積みすりゃぁ妖精になれんだろ。ウチはもう役職を与えられて輪廻の理からは外れてるからよ。そん時にまた会える。百年会えなくても愛してたんだ。数千年経っても変わんねぇよ」

「ふぉっふぉっふぉっ!!これだけ言われて儂が寂しいなんて言えるものかよ。そういうことだ。この老いぼれでよければ使ってくれよい」


 覚悟は済ませている。と。白翁の目はそう言っていた。


「次だが、ここからなら上に送ってやれるぞ。ついでに学園の推薦状も書いてやる」


 リトの提案。

上の世界は妖精の里に似ている世界だ。自然があり、ソラがあり、タイヨウがある。水も豊富で、ソーヤ達、下の人が住むにも問題ない。ただ、下と違って空気が淀んでいる。

上の世界の人は、ソーヤ達と見た目は変わらない。しかし、体の造りは違う。特殊な力を備えている。


「マジュツ・・・」

「上では生活の中にある技術だ。こっちの鉄船みたいなもんだ。その魔術を習う学園がある。手前らは当然使えないが、上でも魔術を使えない奴もいる。そういう奴らの為に魔術との戦い方も教えてくれる。こっちにはねぇ文化や技術も多い。こっちに勧誘できれば面倒事も多いが、かなりの戦力になるぜ。上も上で戦争から歴史が発展したかんな」

「未知の戦力を。か」


 リトの話を受け、ソーヤ達は二つの組に分かれた。上に行くソーヤとエリー。下で引き続き狩人の勧誘と資金を集めるウィルと白翁。最初は逆を想定していたが、上では亜神と呼ばれる人の要因から生まれた神はかなり特殊な扱いを受ける為、混乱を避けるために。経験のある白翁は、リトの「学園は年齢不問だが、爺は流石に無理があるだろ」という意見で、二人が下に残ることに。

 知的好奇心が旺盛なウィルは落ち込んだ。白翁の知り合いの学者を紹介する約束で居残りを決めた。


「ウィル。頼んだよ」

「はい。お任せください」

「おじいちゃん、お願いね」

「ふぉっふぉっふぉっ!あの小娘が出てきたらウィルに任せるがの」


 ソーヤとエリーはリトの部下に連れられて上に。そしてウィルと白翁は戦壌艦で下に戻る。別れ際。


「あんまり早く来るんじゃねぇぞ」

「あと三十年は生きるわい」

「お前は昔から馬鹿だな。ティンゼル」

「壮健でな、ヴィエリュト」

「染まり切るなよ」


 ふわりと飛んだリトはその小さな体を白翁の額に近づけ、口付けを一つ堕とす。

 白翁の髪の一部に黒髪が混じる。幾分か若々しい見た目に変わった彼は、彼女に小指を差し出した。



 遠い。遠い。昔の物語。


 名も無い神は奇天烈な世界を三つの道具によって作った。


 神は、天と地の境目を描く剣、“ドインネトラ”を二度振るった。


 ───地面が二つできた世界は上と下に分かれた。


 神は、下を温かくする為に熱星、“タイヨウ”を上に取りつけた。


 ───上は生物が住める環境ではなくなった。


神は、世界に法則をもたらす天秤、“リンネ”を傾けた。


───上で死した魂を下で蘇生した。


 生物の法則は乱れ、乱れた法則を取り戻す為に世界は自動的に生れながらに世界に対する役割の決まった生物を生み出した。それらは時に、“王”と呼ばれ、“使徒”と呼ばれ、“英雄”と呼ばれた。数多に存在する役割に縛られ続けたとある愚者の話。


「そうだ。タイヨウは上に!!ソラにある!!」


 全てのピースが揃った。土渡団を結成して数年。秘宝の謎に気付いた。


「今から行こう。直ぐに。皆でタイヨウを見るんだ。だから、諦めるな。シス(・・)


 目の前には滴り落ちる水の柱。木造の大船と対峙するのは七本の角が生えた鬼。その手は血で真っ赤に染まる。

 船の甲板で腹に穴を開けて横たわる少女(シス)。白い髪が己の血で赤に染まる。


 船は鬼の横を無理矢理通り、水の柱を登っていく。途中、意識を失っていたシスがゆっくりと目を覚ます。


「ねえ。ソーヤ(・・・)兄。私とエリー(・・・)姉。どっちが好き?」


 シスの手を握り、自らの頬に当てて涙を零す少年(ソーヤ)。彼女の問いかけに彼は無理矢理笑顔を浮かべながら、


「ボクはシスを選ぶよ」

「もう。嘘つき」


 彼の答えに彼女は小さく笑って血を吐く。


「もう少しだ。急いでくれ!!」

「分かっている!!」


 船は水の柱を登り続ける。そして船は眩い光に包まれて、上へと辿り着く。


「見ろシス!タイヨウだ!!」

「うん。見えるよ。綺麗だね」

「ああ。綺麗だ」

「ソーヤ兄。私、死にたくないよ。けど、分かるんだ。死んじゃうって。だからね。また来世であったらエリー姉じゃなくて私を選んでね。じゃな、いと、うらむ、から・・・。ああ、本当に、きれい・・・」

「ああ。ああ!!とても綺麗だっ!!」


 そこは何もない砂漠だった。上を見れば眩いほど輝きを放った太陽があった。そしてあまりに近すぎるソレは、木造の船を含めてその場にいた全員を焼いていく。

 死にゆく少女を抱きながら、死なないでくれと業火に身を焼かれながら痛みを感じることなく燃えていく。その場にいた全員が空を見上げ、輝く太陽を見つめて泣きながら笑みを浮かべて燃えた。


 そこは灰すら残らなかった。


 翌年。名のある神がタイヨウを遠ざけ、上の世界にも少しずつ生物が生まれ始めた。彼。彼女の人生は意味があったのか。愚か者達の道は歴史に名を刻むことなく、消えていく。とんだ喜劇だ。


 傾いた天秤は、彼。彼女を輪廻の果てまで笑い者にする。


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