四話
「イカレてるっ・・・!!」
吐いたソーヤを落ち着けさせ、一呼吸付いたエリーはシスの行動に怒りを越えた何かを覚えていた。
「ここで憤慨しても意味がありません。それよりも僕達は自分の身の安全を確保することが先決です」
「っ~~~~、分かってる!分かってるわよっ!!もうっ!!」
エリーを宥めようとするウィルだったが、彼女は収まらない感情を吐き捨てるように叫ぶと、頭を爪で乱暴に掻きむしる。彼女が正義感の強い女性だという事をウィルもソーヤの記憶を通して知っている。今起きていることを彼女が許せるはずがない。彼女もまた、第四コロニーの為に戦ってきた一人なのだから。
「ごめん。八つ当たりした」
エリーは強い。直ぐに落ち着き、切り替えてウィルに謝罪をする。
「大丈夫です。それよりも」
「うん。優先順位を決めよう。ソーヤ、大丈夫?」
「うん、話そう。大事なことだから」
誰が見ても精神的に参っているソーヤだが、その言葉は力強い。彼らがまず決めなくてはならないこと。それは『戦う』か『逃げるか』。
「逃げよう。ソーヤはもう十分戦った。だからもう戦わないでいいの。ウィルとの戦いだって本当は戦わせたく無かった。今もこうして傷ついている。何も知らない場所で、平和にっ!三人で・・・・!!」
真っ先に選択を口にするエリー。早口にその理由を並べるが、ソーヤの目を見て徐々のその大きな瞳に涙を浮かべ、最後は泣きながらソーヤに抱き着く。
「なんでっ!せっかく逃げたのに。幸せになれると思ったのに!」
「ごめん、リュエリー。ボクはシスを止めるよ。止めないといけなくなった」
「いつもそう!大事なことを先に自分の中で決めて譲らないっ!頑固!!おたんこなすっ!!バカぁぁぁ!!!」
この話をする前からソーヤの目に覚悟が決まっていた。
逃げるのが怖かった。今も怖い。シスを止める時、どれだけの人間を殺さないといけないのか。目を閉じる時、これまで殺した人達の顔が見える。耳を塞げば恨みの籠った罵詈雑言が聞こえてくる。
一度折れた心は原点によって再び立ち上がった。リュエリーを守ると決めた。それこそが今、ナコワ=ソーヤの生きる意味。
「大勢から見れば、貴方が今からすることは論理的ではない。貴方が大人しく自分の命を差し出し、シスの傀儡になれば解決するかもしれない」
「そうだね。だけど、その選択はリュエリーを悲しませる。なにより、傀儡になるなんてボクが嫌だ」
「い、嫌だって・・・」
「このまま逃げていても、何れシスは僕達を見つけてリュエリーを殺す。そう確信している。だからボクは戦う」
ソーヤが望む理想は、リュエリーが隣にいる未来。シスの狂気は一番彼が感じている。死ぬまで彼女は自分達を追ってくると。
「その場合、貴方は多くの無関係な人を死地に追い込むことになるでしょう」
「うん、分かっている」
「全部を拾おうとする。それはとても傲慢で無謀だ」
「誰も成しえない事を成し遂げるのが英雄だ」
たった一人を守る為に。ソーヤはどんな大罪をも背負う。その覚悟はもう済ませている。ウィルの言葉に揺らぎは無い。
「とても利己的だ。公明正大とは真反対だ。感情論ばかりで少しも納得できない。だけど、これが人なのか。誰もが感情を思考に入れなければ誰も道を踏み外さない。だが、感情は止まらない。間違いだとしてもそれを貫く。嗚呼、人は凄く面白いなぁ・・・・」
「ウィルはどうする?無理に付き合う必要はないよ」
「僕は信仰を失い、あと生きられるのは百年もない。その有限の中でたくさんの初めてを経験したい。貴方に着いていったら・・・違いますね。僕は、僕の有限を使って貴方に恩返しがしたい。共に行きましょう」
そう語るウィルはこれまでにない朗らかな笑みを浮かべた。その笑みを見てソーヤも思わず笑みを返してしまう。
「リュエリーもそれでいい?」
「一つ、約束して」
「うん。どんなことでも」
「絶対、私を幸せにして。私はアンタをそれ以上に幸せにするから」
「分かった」
ソーヤの胸の中で泣いていたエリーにソーヤは問いかける。
必要な言葉は交わした。言葉の裏にある葛藤は、言葉を受けた本人達がよく分かっている。
三人は『戦う』ことを選択した。次はそれに必要なものを決める必要がある。
1.拠点。又はシスの監視から一定期間逃げる事ができる場所
2.シスの情報
3.コロニーを相手する為の戦力
4.戦力を維持する為の資金
「3と4は後回しとして、1と2をどうにかしないと話にならないわ」
「僕から提案があります。一時的にですが、土渡団を結成しましょう」
各コロニーは第一コロニーを囲むように存在する。そしてその第一コロニーも、天から降り注ぐ大瀑布の周りを空白地帯として取り囲むように存在する。
土渡団とは、主にその空白地帯や、コロニーの外の未開拓領域で鉄船を生活拠点として活動する人々の集まりを指す。活動の目的は様々だ。
過去に土鬼族と呼ばれた種族がいた。それらは基本的には高い知性を持たず、人語を話せない。骨のみで形成された姿形もまばら。ただ、高い戦闘力を有しており、それらを戦争に利用する為に人々は土鬼族と呼んでいたが、今では土鬼とだけ呼ばれるただの怪物。しかし、彼らの体を構成する骨は高値で取引される為、土鬼を狩り、生計を立てる者を狩人と呼んだ。
そして空白地帯や未開拓領域には過去の宝やまだ見ぬ宝が眠っている可能性があり、それらを集めて夢見る者を宝漁。
他には宝漁とは違い、目的が研究の学者などで構成されている。
「・・・?結成しても目的は?」
「瀑布の中。妖精の里です」
「・・・存在するの?」
「確かに。妖精達は天使の僕です。生れながらに人に取りつく守護精霊の統括をしており、精霊から受け取った情報を天使に報告しています。話を聞けば、シスについても詳しく分かる可能性があります」
御伽噺の中に存在する妖精や精霊だが、ウィルは存在すると断言する。
「ナコワ族にも妖精や精霊に関する伝承も多い。場所までは伝えられてなかったけど、実在するとは思うよ」
「それに土渡団を結成するにはメリットが多いです」
「確かにそうね」
ウィルの言葉にエリーは頷く。
現状、ソーヤ達はいつシスに襲われてもおかしくない。三人の戦力を持って知れば勝てる見込みはあるが、シスは軍を動かせる。各々が一騎当千の実力を持っているとはいえ、数の前には無力だ。更に、住宅街での戦闘は一般人を巻き込むケースや、シスの力が分からない以上、人の多い場所は不利でしかない。しかし空白地帯ならば土鬼が跋扈しており、容易に軍は派遣できない。
更に、軍には所属していない戦力も望める。狩人は対人戦を専門としていないが戦闘力は期待できる。三人の戦力があれば、纏まった資金も手に入れられるだろう。条件としては破格。ただ、問題があるとすれば。
「問題は、鉄船と知識ね」
「宛は流石にないかな」
「購入資金も厳しいですね」
鉄船もただの鉄船では空白地帯では進むことすらできない。整地が済んでいない地面は固く、それを柔らかくするための放水機能と、それらを押して進む強度を持った船頭が必要だ。買うとしても一財産。そこらに都合よく落ちているわけもなく、譲ってくれる相手もいない。造船の知識もない。残された方法は一つ。
「盗むか」
「一番現実的ね」
「だとしても宛はあるのですか?」
「整備もされていて、心も痛まない。取って置きの宛がある」
三人はそれぞれ身を隠すフードを被り、それなりの荷物を持って再び第一コロニーの中央城の近くに来ていた。
三人の目的は簡単。軍の整備基地に置かれた軍鉄船を盗み出し、そのまま空白地帯へと行くこと。整備基地から空白地帯への軍門の場所はエリーが把握しており、残す問題は操縦だが、
「私が運転するけど、確実に前が見えないわ」
「ソーヤが運転するわけにはいかないのですか?」
「ボク、この手の機械仕掛けに弱くて。確実に壊す自信があるよ」
「なるほど。私も経験が無いのですが、博打になるのは頂けない」
「取り敢えず、脱出までのルートは把握しているから後の事は後に考えましょう。着地点の見えないものを話合うときは時間のある時だけよ」
「それもそうですね」
人が三人縦に並んでも余りある石壁に囲まれたのは『第一番最重要拠点ロ号整備基地』。一番拠点は、頭領を守る為の近衛軍基地であり、全コロニーで最も戦力が集中している場所だ。
本来は人相手ではなく、土鬼を警戒しての軍。整備基地はイ号を除いてロ号からホ号までは拠点が破壊された場合や、拠点近隣以外で襲撃があった場合を想定して拠点の外に存在している。故に、中央の先鋭部隊とはかち合う心配がない。今の三人からすれば、侵入も、鉄船の奪取もそれほど難易度の高い話ではないということだ。シスが出てこなければ。の話だが。
「短時間で一気に決めるわよっ」
「了解」
エリーの天使化は破格の力だが、継続時間や天使化後に来る体への反動を考えると頻繁に使用するものではない。本来なら一回の使用後、二週間は間を置かないと危険性が高すぎる代物。今回エリーはソーヤに抱えられての参加だ。
エリーを抱えたソーヤと、ウィルは難なく高壁を超えると侵入に成功する。そのまま人の気配を避けながら基地の周りを走る。空白地帯の浅瀬には定期的に軍を派遣して哨戒している。軍門から戻った軍鉄船は一本道を戻り、整備を素早く済ませるために基地のハッチ内に入り整備を受ける。つまり中へ、中へ潜入しなくとも、基地周りに存在する整備ハッチから哨戒に出掛ける軍鉄船を襲えば全てが整った状態で出航ができるという手筈だ。
哨戒の時間は把握してはいなかったが、天秤はソーヤ達に傾いたようだった。気配を殺して待つこと数分。地鳴りと共にハッチが開き、ゆっくりと軍鉄船が姿を現す。帆はなく、エルター鉱石と水を混ぜたことによって生まれる蒸気を動力源に動く。百五十人ほどの搭乗を想定した軽巡壌艦。今乗り込んでいるのは六十人から七十人ほど。
気配を探ったソーヤはエリーを抱え、ウィルと共に船内に入り込む。叫び声を上げられないように意識外から気絶させ、ソーヤ達は操縦室へ。ウィルは動力室を目指して制圧していく。
「気絶させた人を降ろしてくる」
軍門を潜ったあとでは、警戒が強まる。警戒の薄い敷地内で、尚且つ緊急連絡手段を持っている可能性を考慮して脱出用の小型鉄船に気絶者をソーヤとウィルは手早く詰め込み、切り離す。異変に気付いた者達が動き出しているが、エリーが既に「全速前進!!」と。とてつもないスピードで軍門に突っ込もうとしている。
「・・・・」
ソーヤはまだ開ききっていない門を斬る為に船頭へ移動するときに一つの視線に気づいた。軍門の上に、こちらを見下ろすシスの姿があった。交戦の意思はなく、ただ探るように傍観している。ソーヤは、なにかしらの妨害を警戒していたが、その素振りも見せない。
動きを見せないのなら。と、異変を察知して閉じかけている重厚な軍門をナコワの剣で切り裂き、道を作る。
崩れ去る軍門を潜り、走り去る船をシスはただただ見送った。
☆
「凄い遠くだが、同型の軍鉄船がこちらに向かってきている」
「流石に土鬼用の砲を持ち出されたら対処しきれません」
「問題ないわ。一気に引き剝がす。浅瀬から抜け出せば追ってはこられないわ」
操縦室で大人用の席に座るエリーの頭はソーヤ達が見ている硝子窓まで達していない。席の高さを調整すれば見られるかもしれないが、操縦に欠かせないフットペダルに足が届かなくなるのは致命的だ。
数時間の逃亡を果たし、空白地帯へと歩みを進めた三人だった。
しかし、何事もそう上手くはいかない。
「まさか座礁するとは」
浅い部分に隠れていた岩に乗り上げた軍鉄船。底が削れ、上手く走れない状態になっていた。
「おぉぉぉーーーい!!」
困った三人の下に、低く野太い、年老いた声が届く。ソーヤは、その声の不思議なハリを感じ取った。声に乗った隠せない圧というべきか、声音にはこちらを心配する感情が乗っているが、戦闘経験の深さをありありと感じる。
「おんや、軍人さんは一人だけかね?他は土鬼にでもやられたか?」
小型の鉄船に乗って近づいて来た声の主。白髪を首の後ろで纏め、立派な顎鬚を蓄えた翁だった。「よっこいさ」という掛け声とともに鉄船から降りた翁を見てソーヤはまず、その巨体に驚いた。男性にしては身長の高い方である彼でも見上げる大きさに、ソーヤ二人分の肩幅。老いたとは言え、その体から発せられる覇気は、ナコワ族の一部に匹敵する。全盛期はさぞ名のある一騎当千の将だったか。もしくは、空白地帯で名を轟かしていた狩人だろう。とソーヤは読んだ。
負けはしない。だが、自由図書館の休憩室で戦ったウィルといい勝負をするくらいの実力はあるだろう。
「訳ありかね?」
「自己紹介が遅れました。ナコワ=ソーヤです」
「ほう」
こちらを詮索するような瞳。優しそうな眼付とは裏腹にギラついた目。しかし、ソーヤの名前を聞いた途端にその瞳が軟化する。
「リクソウは?」
「祖父です」
「ふぉっふぉっふぉっ!!まさかあの男の孫とはな!!それにその若さで四本の墨。ソウを許されているとは。主、英傑の類じゃなぁ」
「祖父とは?」
「あやつが若い頃空白地帯に家でしてきてな。何度か殺し合ったが、一度も勝てなんだ」
ソーヤを値踏みするように全身を眺める。その体に宿るアンバランスな実力を見抜いたのか実に愉快そうに笑う翁。ソーヤの祖父とは旧知の仲らしい。
「どっちが強い」
「察しの通り、今戦えば分かりません。ただ、八つの頃には勝ち越していました」
「ふぉっふぉっふぉっ!まさかあやつが八つの小僧に負けるとは!!その姿、一度は見てみたかったぞ!!ああ。名乗り遅れたのう。儂はティンゼル。若い者は白翁と呼ぶ。好きに呼ぶとよい」
そしてお互いに自己紹介を済ましたソーヤと白翁は、これまでの経緯について話し合った。ウィルが自由図書館の管理者であるウィル=リベルだと聞いて腰を抜かしそうになった白翁。シスのことや、軍鉄船を盗んでここにいる話もしたが、「生きていればそんなこともあるかのぅ」と。大雑把か。破天荒か。
白翁は空白地帯で土鬼を狩る一族の末裔で、空白地帯ではそういう一族は珍しくない。集団での狩りは連携やそれぞれの定石があり、身内であれば意識の共有化が早い。空白地帯では、数十の土鬼狩りの一族が存在している。
土鬼狩りを生業として百五十年以上。白翁は数年前に後任が育ったという理由で前線を退き、今は小型の鉄船で一人、旅をしているという。彼は空白地帯での知識も深く、ソーヤ達は一晩、白翁から情報収集を行った。
翌日は白翁の手伝いで鉄船を修復し、近くに狩人たちが作った街のような場所を彼の案内の下、目指していた。
「操縦ありがとう。おじいちゃん」
「よいよい。これくらいの規模なら幾度と舵を握って来た。対して手間じゃない」
「白翁さん、水いりますか?」
「いただこうかのう」
操縦室には舵を握った白翁が。その脇にはソーヤとエリー。ウィルは動力室が気になるのか、頻繁に足を運んでいた。白翁の操縦は非常に安定しており、ただ真っすぐ進んでいるだけにも関わらず、エリーとの違いは雲泥の差だ。
白翁も二人を「子供はおらなんが、孫ができたみたいだ」と喜んでいた。
「おじいちゃんは結婚していたの?」
「おお。かなり昔の話じゃがな」
見渡す限り、土と岩。変わらぬ風景におのずと雑談も増えるエリーが、白翁が身に着けた結婚指輪を指す。彼女なら腕輪くらいになりそうな大きな指輪を見つめ、優しそうな。しかし、少し悲しみを帯びた目で懐かしむ白翁。
「どんな人だったの?」
「とても自分勝手だった。一度決めたことは曲げず、頑固で、強気。生意気な女だと何度思った事か」
ソーヤとエリーはその話を聞いて、お互いのことを思い浮かべた。
「昔、土鬼に喰われた時に腹の中で出会ってなぁ。胃液の中を泳ぎながら豪快に笑っておった」
「胃液の中を・・・」
「儂も随分やんちゃをしていたが、その場で一発殴られて実力差を思い知ったわ!ふぉっふぉっふぉっ!そのあと半ば強引に一緒に脱出させられてな。帰り道が分からんだの、ここはどこだと騒ぎ散らして、うちの一族に連れ帰った。そのあと、五年もすれば愛着も湧いて気付いたら結婚していた。そこから二十年後に行方を眩ませるまで随分と振り回されたもんじゃ」
「愛して、いるんですね」
「もちろん。だから今もこうして一人、旅をして探しておる」
愛おしそうにその想い出を語る白翁の言葉は、まるで昨日のことを話すような口ぶりだった。彼の話にソーヤとエリーは顔を見合わせ、何も言わずに見つめ合った。
「お主らは離れんようにちゃーんと、お互いを見とかにゃいかんぞ」
「奥さんの手掛かりは?」
「ない、なぁ。家内は、”妖精”だったからのう」
想定していない事実に二人は息を飲んだ。
「おじいちゃん!!私達と一緒に行こうっ!」
「び、びっくりしたわい。行くってどこに?」
「決まってるじゃない。奥さんの手掛かりがある場所に!妖精の里に!!」
エリーから話を聞いた白翁は大変驚いたあと、涙を流しながら笑った。動力室にいたウィルが何事かと様子を見に来るくらいには大きな笑い声だった。
一言も無しに別れたあの日から百年と数十年。白翁にとっては長く、短い日々だった。
「まさか瀑布の中とは思わなんだ。そうか。そうか。となると、この鉄船では無理だのう」
白翁は何度か瀑布を登り、上の世界へ足を運んだことがある。その経験から浅瀬の哨戒向けに作られたこの軽巡壌艦ではこれ以上、中央へ向かうことは難しいと語る。瀑布を登るには専用の鉄船が必要であり、これ以上は先ほどのような地中の岩に座礁するか、土鬼に捕まって終わりだ。中央にいけばいくほど縄張りを持った強い土鬼が現れる。今の鉄船では今の場所が限界だった。
「しばらく土鬼を狩って、お金を貯める。貯めたお金で船を買う。これが第一目標ね」
「とはいえ、お嬢ちゃん達は土鬼の対策装備なんてなかろう?」
「・・・・?このメンバーで必要なの?」
「むぅ。それもそうじゃが、これから数多の者を勧誘するのなら持っておいて損はなかろうて」
「それもそうね。ついでに諸々が集まるまで金策しましょう」
停滞するかに思えたソーヤ達だったが、白翁のお陰で順調に計画を立てていく。彼らへの協力にあたって、白翁からの返事は言うまでもないだろう。
エリー達は、近くの街に到着すると白翁の案で軍鉄船を売り払った。その金を元手に、二十人ほどが乗れる中型の鉄船を購入した。余った金で物資や装備を買い漁った。エリー曰く、先行投資は大胆に。とのこと。
そして新しい鉄船のメンテナンスを踏まえて三日後。四人は新たに土と岩の大土原で土鬼を探していた。
土鬼は一本鬼から七本鬼が存在する。角の本数が多い程、強さは比例して上がり、小型になり、個体数が減る。一本鬼は、中央城と同じほど大きいが、脆い。脆いと言っても、手練れでようやく傷が付けられるかどうかといった強度。一本鬼から三本鬼は群れを作ることが多く、多くて数十匹の群れを作る。四本鬼からは骨の間に人間のような内臓器官を持ち、捕食を始める。白翁は五本までなら勝てると豪語している。
「七本鬼は完全な人型じゃな。過去に対峙したことがあるが、リクソウでも倒せんかった。ソーヤなら勝てるじゃろうし、七本鬼が群れたということは聞いたことがないが、戦うときは要注意じゃな」
白翁の知識とソーヤだけでも過剰戦力のところにウィルと白翁がいる現状。特に困ること無くハイペースで進んだ金策は二週間と掛からずに終わった。稼いだ金を元に中心部でも耐えられ、瀑布を登ることのできる特殊戦壌艦を購入した。
戦壌艦で中心部を目指すソーヤ達。白翁の見立てでは一ヶ月もあれば到着するだろう。
☆
「まただ・・・!!また死ねなかったぞぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!」
瀑布を目指して一週間。日に日にその姿を見せつけてくる瀑布の大きさに圧倒されながら、道中も土鬼を狩っていたソーヤ達の耳に、とても人とは思えない轟が耳を打つ。
鼓膜が破れるのではと思うほどの咆哮に、ソーヤ達は驚いて甲板へと身を乗り出す。ソーヤでも肉眼で捉えられるかという先の距離に、一人の男が戦斧を持って立っていた。その傍らには五本鬼の無残な死体が。その様子を見るように周りには数隻の中型船が停泊していた。徐々に距離が縮まり、彼らの風貌が見えてくるが、野盗と見間違う風貌の男立だった。
思わず、渋い顔を浮かべるソーヤだったが、白翁の知人だという。
「おぉ!白翁殿!!久しいな!!」
「バッカス。主の声、地平の先まで聞こえておったぞ」
「ガハハハッ!!そりゃすまねぇな!!五本鬼だと思って命を懸けたが、死に損ねたもんで、つい叫んでしまったわ!!」
叫び声の主はバッカス。中心部に近い場所で土鬼を狩る土渡団の団長。白翁には届かないが、大柄な体に、整えられていない黒髪と髭。身の丈ほどの戦斧。彫りの深い顔立ち。ギザギザの歯。知性は感じないが、野性味あふれる男だった。
彼は生れながらにシスと違った意味で英雄に憧れ、英雄を目指していた。しかし、数十年もすると、目的は歪み、誰かが称える死を望み始めた。だが、そこから五十年。彼はまだ死に場所を探していた。
「そうじゃ、バッカス。主にピッタリな死に場所があるぞ」
出会ったついでにとばかりに勧誘を始める白翁。大分掻い摘んでだが、ソーヤ達の事情を話した。それに対してバッカスは、
「ほう。それは滾るな!!きっと歴史に残る戦いになるだろうよ!つまり、そこで華々しく散れば儂の名も残る!!小僧!戦時の前にはこのバッカスを呼べ!!呼ばなくば、その首をはねる!!」
無茶苦茶だ。そう思うソーヤだったが、今は一人でも戦力が欲しい状況。彼は素直に頷き、バッカスを歓迎した。
☆
瀑布の麓へ辿り着いたソーヤ達。眼前にある大質量の水の塊は、腕でも食いちぎられる勢いがある。バッカスの叫び声よりも鼓膜を打つ音。長く停泊していると、水面に跳ね返った水だけで転覆する勢いだ。
「しっかりと掴まっておれ」
登り始めるのは一瞬。心構えなどする暇なく、白翁の操縦で船頭を浮き上がらせた戦壌艦は、水の流れに逆らって大瀑布を登り始める。
一時間もせずに中腹まで登る勢いだったが、登り始めて数十分。船に一匹の乱入者が現れる。
「っ・・・なにか来る」
「ソーヤ!外に出るでない!!」
下側から船を追い越す勢いで登ってくる小さな存在。それを感じ取ったソーヤは説明よりも先に甲板へと身を投げ出す。
この音と大量の水による妨害で気配の感知に遅れを取ったことに内心で舌打ちを零すソーヤ。対象はすぐそこまで迫っていた。彼が片手で手摺に捕まり、尾を握って意思の剣へと姿を変えたと同時に、それは甲板へと降り立った。
「強い雄の匂いを辿ってきたら、貴様だな。我を惹かれさせたのは?」
赤い十二単に身を包みながらも軽い身のこなし。法則を無視して甲板に貼り付く女の頭には、七本の小さな角が生えていた。