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堕ちた者達  作者: 赤霞
3/5

三話

「目が覚めましたか?」

「っ・・・!」

「警戒しなくても大丈夫です。ここは”自由図書館”の職員用仮眠室です。敷地内で倒れていたのを僕が見つけて運んできたのですよ。それに今日は休館日ですので僕以外に人はいません」


シスとの闘いからエリーを抱えてただひたすらに逃げ、走ったソーヤ。途中で意識を失い、迷いこんだ先は全コロニーで唯一、法の届かない場所。

一階は通常の図書の貸し出しを行っている。その規模は果てしなく、研究者が足繫く通うほど。そしてこの図書館は下へと続き、地下一階には各コロニーの頭の許可が無いと入れない貴重な蔵書が保管されており、地下二階には禁書と呼ばれる閲覧を何人も許されていない本が。地下三階はこの世の創生の真実が書かれた『開闢ノ書』と、全コロニーで信仰のある”リベル教”の『正典』と、その『写本』の三冊が保管されていると言われている。


 そして、この図書館の地下を一人で管理する本の門番。


「ウィル=リベル」

「僕も随分有名になりましたね」


 リベル教の信仰するリベル神の使徒と呼ばれる男。ソーヤは先ほどから目の前にいるウィルが人間でないことに気がついていた。生気が無く、心臓の鼓動が聞こえない。霞のようにふわふわとしていて、強さも存在感も眼前にいるのに掴めない。

 この空間にいないエリーについて問いたかった。しかし、目の前の男の存在がそれをさせてくれない。今、戦うのは避けたかった。故にソーヤは下手に話すことなく、相手の出方を伺う。


「一緒にいた女の子は既に目が覚めて休憩室に水を飲みに行っていますよ。ご心配なく」

「・・・」

「取り敢えず、包帯を替えましょう。今のままではよくない」

「ありがとう、ございます」


 ウィルの方からエリーの所在を教えてくれるが、それすらも疑ってしまうソーヤ。彼にとって、シス以上にウィルの存在は得体が知れない。何も答えずにいると、ソーヤの胸元に巻かれた赤黒い包帯を指して微笑む。悪意も善意も感じられない言葉に、ソーヤは疑いを掛けるも、今の状態で抵抗しても負けるだけで結果は変わらないと諦めてお礼を言い、好意に甘える。


「あまり多くは聞きません。ここにいる間は誰もが自由です。自由に知識を蓄え、強い人となる。自由に知識を蓄える為に必要な状態にする為に当館はサポートを欠かさない。安心してください、貴方達が強くなれるまで甘えてください」


 ソーヤの体をベッドから起こして包帯を手慣れた手つきで包帯を変えていくウィル。改めて、ソーヤはウィルのことを観察した。

 コロニーでは珍しい浅黒い肌にシスと同じ黒い髪、ソーヤよりも高い身長。猫のように鋭い目つき、物腰が柔らかい態度とは裏腹に、抜き身の刃のような隙のない佇まい。まだ使いこなせてはいないが、魔眼を通してもその存在は訳が分からなかった。


「目が覚めたのねっ!」


 包帯を替え、ウィルに連れてこられた先でソーヤはエリーとの再会を果たす。机の上に座って大人用のコップを両手で持って水を飲みほしていたところでソーヤが訪ねてきたので、慌ててコップを置いて再会を喜ぶ彼女に、ソーヤは思わず頬が崩れる。


「無事で良かった」


 ソーヤの下に走るエリーの小さな体を抱きしめる。子供のように体温の高いエリーの温かさにソーヤは彼女が生きていることを実感させてくれ、生まれつき体温の低いソーヤのひんやりとした肌に心地よさを覚えるエリー。二人は死線を越え、一時的とは言え、望んだ未来を手に入れた。

しかし、その未来は長く続かないことを二人は知っている。


「単刀直入に聞くわ。ウィル」

「なんでしょう?」

「私はアンタ、ううん、貴方の正体に心当たりがある。それを貴方も感じている。拾って、面倒を見てもらった恩がある。対価がいらないと言うのなら私達はそれに甘えて何も残さずにここを去る。貴方はそれを許してくれる?」


 ソーヤにはウィルの正体が分かっていない。ただ、”よくないもの”だという事は感じ取っていた。エリーが問うたことで、ソーヤは彼を敵と認識し、ウィルの一手一足に目を配る。

エリーの問いに対してウィルは──


「いいえ。許しません。貴方達に残されているのは二つ。死ぬまで私の監視下でここにいるか、死して口を閉ざすか。その二択です」

「・・・分かった。ここが”自由図書館”である以上、私達の望みはここにある。ここでおとなしくするわ」

「ただ一つ、僕からの善意です。貴方達が眠っていた三日間の間に決まりました。この自由図書館は、地下一階、二階、三階を除いて地上階は全コロニーの共有財産となることに」

「っ・・・アンタはそれでいいの?」

「僕に重要なのは地下三階であって、他は蛇足でしかありません」


 この場を持って交渉は決裂。三人は戦闘に入る。


「ソーヤ」

「ダメだ。ボク()戦う」

「・・・分かった」


 ソーヤとエリーの思いはただひたすらにお互いを戦わせたくない。それに限る。だが、この場で私がボクがと争うのは意味がない。お互いがお互いに頑固で融通が利かない性格であり、この場で無駄なことをするほど馬鹿ではないと知っているが故に、三回の言葉で納得する。

 ソーヤはいち早く尾を握り、その手に盾を握る。エリーは祈りを捧げ、天使化の準備を。対してウィルは懐から白手袋を取り出して身に着ける。


 開始の合図はウィルから。一瞬にして脅威度の高いエリーに肉迫するが、振るう拳をソーヤが盾で弾く。休憩室の広さは一般家庭のリビングが二つほどの広さ。その距離は、ウィルやソーヤにとっては間合いがほぼ詰まっていると言っていい。近距離戦闘の間合いだ。


 一息の間に数度の攻防。体は万全とまではいかないが、これまで通り動く体を使い、ウィルの攻撃を防ぐソーヤ。彼の心中は驚きを隠せなかった。つい先日、最強と呼ばれた自分よりも強いシスの存在。そして自分の動きに難なく付いてくる目の前の男に。


「ウィル=リベル。リベル教が崇めるリベル神の使徒。表向きはそう語っている。だけど、アンタは使徒なんかじゃない」


 祈りを捧げ、天使となりつつあるエリーがウィルの正体について話始める。その語り部を聞いてウィルは目を大きく開き、ギアを一つ上げ、ソーヤを強引に引き剝がしにかかる。


「堕天して、神に最も遠い存在になったことで私は見た。私が成りえる存在を感じ取った。白い肌。白い髪。今の私と変わらない小さな体の女の子。柔らかな目と裏腹に傲慢な性格と、怠惰を好む姿勢」


 エリーが上げた特徴はこのコロニーの人間ならば聞いただけで、同じものを思い浮かべるだろう。着崩された天衣に、ふんぞり返った像を。リベル教の女神、リベル神を。

 だが、エリーは言った。その姿は最も遠い存在だと。


「黙りなさい」

「くっ」


 最後の答えは言わせないとばかりに自身の格を上げたウィル。エリーに振るわれた拳は、これまでのソーヤなら受け止め切れなった一撃。しかし、盾はその一撃を包み込み、勢いを殺し、逸らして見せた。


「なにを・・・ああ。そういうことですね」


 明らかに物質が変わっている。そうとしか言えない現象に眉をひそめるウィルだったが、記憶をたどると忌まわしそうにその現象の答えにいたる。


 ナコワの一族。正しくは、『軟硬割』の一族。


 強固な意志に応えて何人にも折れぬ強固さを持つ尾は、硬くなることが本質ではない。意思に応じてその性質を変える。それこそがナコワの尾の真骨頂。

 柔軟な意志、軽い意思、重い意思、あらゆる意思を瞬時に切り替え、戦う。ただ硬いだけのナコワの尾とは、その厄介さと応用性が何倍も違う。

 これまで後手後手の対応で防いでいたソーヤが、ウィルの攻撃に対して余裕が出来てくる。


「リュエリー!!」

「あと三分っ!!」


 この戦いがいつまで続くかは分からない。だからこそエリーは不完全ではなく、完全な天使化を図る。その為の時間が三分。それを聞いてソーヤは確実性のある方へと動く。


「ナコワ式のデスマッチです」


 ソーヤは、突き出されたウィルの右縦拳に対して盾を使って弾くと、その手首を右手で掴み、がっちりと固定する。両者の右腕が封じられ、互いの距離は一歩とない。戦いは近距離戦闘から超近接戦闘へと移行する。

 一撃たりともエリーには与えさせない。隙があれば三分以内に倒す。その意思を持ってソーヤはこの選択を取った。

 膂力はウィルが上。しかし、動体視力とスピードはソーヤに分がある。ウィルの拳を見切り、避け、攻撃を行い、守る。右腕を起点にグルグルとその場を回る彼らはダンスを踊っていると見間違うほどであり、その勢いはダンスの非ではない。


「正典・我、火を司りし者(ミカエル)


 シスとの闘いで見せた剣とは違い、白火を纏い、顕現した剣こそ本来の姿。正気を保った状態での天使化。この場の二人に負けない『格』がこの場に舞い降りる。


「ここは少し狭いわ」


 ソーヤでも振るうのに苦労しそうな大剣を振るい、床を切り裂くエリー。ソーヤはウィルの手を放し、崩れ去る床を蹴りエリーを空中で抱えると、地下一階へと降り立つ。


「出られないのならここはいらないわ」

「ここには各コロニーの重要な資料が沢山あるのですがね」

「そのコロニーから殺されかけているし、私たちは敵前逃亡して戦争を放棄してきたのよ。今更罪の一つ、二つ関係ないわっ!!」

「リュエリー、それは開き直りすぎじゃ・・・」


 地下一階は天上が抜けたことで光が一部差し込むが、全体的に薄暗い空間で、円形の壁にぎっしりと紙束や本が並べられているが、その反面、エリー達が立つ場所には一部の椅子や机があるだけで、閑散としていた。

 エリーは手に持った剣を再び振るい、周囲の余計なものを焼き払う。床まで焦げ目がついた地下一階は壁とそこに飾られた本棚と書物以外が燃え、まるでコロシアムのような場所に早変わりする。


「優位になったと思っていますか?僕からすれば近づいたことで、より力が出せる」


 先程の動きよりも数段キレの増した動きでエリーに近づくウィル。その拳を盾で弾くソーヤ。その一撃に合わせて大剣を振るうエリー。三人が入れ替わり、立ち替わり、戦戟を創り上げる。


 エリーに戦闘の経験は少ない。その余りある力を使って乱暴に大剣を振るうも、ウィルには掠りもしない。その剣から放たれる熱気だけでその肌を焦がすほどの熱だが、それすらもウィルには通じてないように見て取れる。しかし、ウィルが優勢かと言われたら違う。ソーヤがエリーの戦闘を上手くカバーしている。彼女の死角を補い、回避不可能と思われる一撃にも盾を差し込んで防ぐ。


 四本の指を伸ばし、振るうウィルの手は業物よりも切れ味のある手剣。エリーが大剣を振るい、隙だらけの背に放たれた一撃を、ソーヤは鞭のように足をしならせて脛で受け止める。骨の軋む音。しかし、芯を捉えて受け止めたソーヤの足は動かない。そんな彼の足を片手で掴み、鉄棒のようにくるりと逆上がりの要領で自身の体を持ち上げたエリー。彼女は勢いのまま空中に身を投げ出してくるりと一回転すると、その大剣を振り下ろす。

 大剣を右に飛ぶことで避けたウィルに対して、ソーヤのつま先が蛇のように首筋を狙って伸びる。首とつま先の間に手を入れて寸前で受け止めたウィルは、逆の手剣で彼の足を入り落とそうとする。しかし、ソーヤは受け止められたつま先に力を込めてウィルの手を蹴ると、後ろにバランスを崩したように倒れこむ。逆足で床を蹴った勢いと、強靭な体幹を使って体を捻り、逆足を使ってウィルの側頭部に蹴りを叩きこむ。その間に体勢を整えたエリーが大剣を背後から振るう。


 数的有利。一対一ならば、ウィルはソーヤとエリーに勝てるだけの実力があった、ただし、二対一を覆すほどの実力差は無かった。ソーヤの蹴りで左目を腫らし、背中から血を流すウィルは覚悟の決まった瞳で二人を見つめた。


「仕方ないです」


 床を殴りつけたウィル。その行動に驚く二人だったが、すぐに床が抜けて地下二階へと移動させられる。


「ソーヤ、止めてっ!!」


 ウィルの狙いに気付いたエリーがソーヤに叫ぶ。ソーヤはその声に応えて、崩れ落ちる瓦礫を移動してウィルに近づく。しかし一歩間に合わず、ウィルの拳がそのまま地下二階の床に触れる。


「ちぃっ!!」


 普段見せることのないソーヤの苛立ちを含んだ舌打ち。床が崩れ、地下三回の空気が肌に触れた途端、彼の本能はアラートを鳴らし始めた。直ぐにウィルに近づくのを止めた彼は、エリーの元に戻り、彼女を抱えてこの場からの脱出を試みる。

 地下三階はこれまでよりも天井が高く、床までまだ距離がある。エリーはソーヤに抱えられながら、ウィルを見ていた。


【正典リベル】


 その声は万物の本能を押さえつけるような低く、力強い声だった。禍々しい雰囲気を放ち、黒鎖に封じられた一冊の分厚い本が高速で昇り、ウィルの手に収まる。


「やっぱり、アンタの正体は人々の願いによって創り出された本物」



 ────人工神リベル



 その瞬間、ソーヤは前面に盾を張った。エリーの頭と心臓を守るように直感からくる行動だった。

鮮血が三日月を描く。切り離されたソーヤの右腕。そして腹部から大量に血を流すエリー。


 暴力と欲求の神が牙を剥く。



 リベル教とは、『貞潔』と『平和』、そして『自由』を司る神として全コロニーで崇められている。リベル神は現存する神の中でも珍しい処女神の一柱。階級を重きに置くが、実力主義。争いを好まず、平和を愛す。教典に記載されている”リベルの休日”は最も有名な話だろう。勤勉なリベル神も休日は怠惰を好み、一日中動かない。


 民衆の心を掴み、様々な解釈が可能な都合のいい神こそが”リベル”。


 だが、その在り方は本来のリベルと真逆だ。


 まだコロニーが形成される以前、多種族がこの荒廃した地にある唯一の瀑布。天から降り注ぐその水を巡って争っていた時代。リベルは人々の想いから生まれた。

 『欲求』と『暴力』、そして『自由』を司る”戦神リベル”として多くの戦場でその寵愛を受ける為、多くの戦士が祈り、権能を使って暴れた。

 群雄割拠の時代。騒乱が始まって三百年。争いは終結した。そして人間は、戦争から政治へと重きを変えていく。戦神リベルは政治には利用できない。故に彼らは偽りの神を創り出した。『貞潔』と『平和』、そして『自由』を司る女神を。


 戦神リベルの教典、【正典リベル】の中にリベルは封印され、写本として公表された。新たに偽神リベルの教典【偽典リベル】が新たな教典となった。

 そして、その真実が追記された世界創生の【開闢ノ書】も二冊と共に地下深くに封じられた。誰にも知られぬように。


 信仰を失い、封印され、力を大きく減らした”戦神リベル”を愚かな人間は追い打ちを掛けた。既に利用価値の堕ちた神だと。戦神リベルに人間は命じた。この真実を知るものが外に出た時、戦神リベルは消えるだろう。と。

 故に戦神リベルは教典から思念体を作り上げ、ウィルと名乗り、使徒として偽りを守り続けた。


 人々の想いから創られた。

 

 人々に利用された。


 年々弱まる己の死期を悟った。


 神に問うた。何故僕は生まれてきたのだと。


 人に創られ、利用されて、抵抗も出来ずに、名を残すことなく消えていく。その生に意味はあるのかと。



 悲痛な叫び。正典を握ったウィルから攻撃を受けた瞬間、ソーヤの脳内にウィル(戦神リベル)の記憶が流れ込む。リベルの生涯を追体験したと言ってもいい。完結しない己の生の意味を問い続けた男神の想いがソーヤの中を駆け巡る。


 同時に、ウィルの中にはソーヤの記憶が流れ込んでいた。何故か。それは神すらも知らないが、確かに二人はお互いの記憶を交わした。


 大勢に囲まれている幸せが崩れていく。心が擦り減っていく。最初から孤独であった神が感じたことのない、孤独になる傷みがウィルの中を駆け巡る。


 一瞬の静寂。先に動いたのはソーヤだった。腹部からの出血が酷いエリーを抱えて床に降り立ち、二の腕の半分から斬り落とされた腕を腰のベルトで縛って素早く止血をする。エリーの体は既に天使の力で再生を始めているが、意識を失ったことで天使化が解かれ始めている。時間を掛けている暇はない。しかし、一拍遅れて目の前に立つウィルは逃亡も離脱も許してはくれないだろう。


 ソーヤに残されたのはただ一つ。目の前の神を倒すこと。


「ふー」


 大きく息を吐き、ソーヤは覚悟を決める。一度折れた。これまで人を殺す度に後悔した。心が大きく擦り減った。だが、今は大きな柱がある。その柱は彼にとっての原点であり、最愛。その彼女を守る。守るための盾は出た。その一歩先へ。


 荷が重いと感じる。過大評価だと思っている。だが、彼女一人の為なら。ソーヤは自分に言い聞かせる。行けるだろう。と。できるだろう。と。


 なぜなら、ナコワ=ソーヤは、エリーだけの英雄なのだから。リュエリーを守るために目の前の敵を殺す。


「応えろ」


 尾を握り、力強く呟く。ソーヤの手には慣れ親しんだ深紅の片手剣。強い殺意の意思を受けてその切れ味と耐久性は天上知らず。

 開始の合図は同時だった。手剣を振るうウィルに対して剣を合わせるソーヤ。力では負けている。片腕が足りていない。だが、それを補う戦闘センスが彼にはある。

 拳と剣が高速で交わり、一拍遅れて甲高い音が響く。使い慣れていない盾ではない。大きな回避行動も、奇策とも言えるアクロバットな動きもいらない。一見すると地味に見えるかもしれない。だが、暴力を司る神と最強の一族。無駄を省き、精錬された二人の立ち合いは、一手一手が相手を殺すための最適解。

 研ぎ澄まされていくソーヤの殺意。最悪な未来を想像し、そうならないように自分に暗示を掛け、徐々に切れ味を増していくナコワの剣。


 一方で、ウィルは先程から口を閉ざし、防戦に徹していた。何かを思いつめるように。こちらの攻撃に対して合わせるだけの動き。ソーヤに理由は分からない。だが、チャンスには変わりなかった。ギアを上げて攻めるソーヤ。そんな彼にウィルは閉ざしていた口を開く。


「貴方の・・・」


 禍々しい雰囲気は健在。下手をするとシスよりも大きな存在。そんな相手から先程から殺意も敵意も感じない。そんな相手からの声にソーヤは、普段なら傾けなかった耳を傾けた。


「貴方の親はいい人でしたか?」

「・・・・・」


 問いかけを耳に残しながらもソーヤは、答えない。


「僕にとって親と呼べるのは人間です」

「っ」


 口を閉ざすソーヤを気にせず、ウィルは話を続ける。それは最早、ソーヤへの問いではなく、心情の吐露だった。


「愛されるとはなんでしょう。生きる意味とはなんでしょう。それを僕は知らない。生まれた時、何も分からない中、僕の中には闘争の本能だけがあった。しかし、多くの想いに触れ、色々なものが分からなくなりました。ただ、司った権能に従い、生きていけば幸せだったのでしょうか。最初に疑問を抱いたのが間違いだったのでしょうか」

「・・・・」

「貴方の記憶を見ました。知らない感情が沢山ありました。親とはああいう人のことを言うのでしょうか。温かで、心地のいい。そんな貴方の幸せの感情を感じました。幸せでない僕にとっての人間は親ではないのでしょうか?」


 ソーヤの中でウィルの姿がある少年少女と重なった。同じ実験施設にいた親の愛を知らない子供たち。彼らの瞳にそっくりだった。

 これまで戦闘とはソーヤに取って最も才能があり、苦手な行為だった。嫌悪感を抱いた事も一度や二度ではない。ただの手段。油断をしたら死ぬ。その中で相手との対話は徹底的に避けてきた。その彼が初めて、応える。


「ボクの父と母はナコワとしての才能はなかった。力も非力で、薪割りをするだけで汗だくになっていた。父は土が好きで、母は裁縫が好きだった。穏やかな人たちだ。そんな両親をボクは好きだし、愛を受けていたと日々感じていた。ただ、それは当たり前じゃなくて、世の中には親の愛を知らない子が沢山いる。それと、貴方の親が人間になるのかは分からない。問いが多くて答えきれないが、これだけは言える。ウィル=リベル。いや、戦神リベル。貴方の想いは、感情は、偽物じゃない。間違いじゃないとボクは思う」


 構えを解き、リベルとの距離を数歩空けたソーヤ。彼の目を見つめ、自分の想いに嘘偽りなく応える。記憶を共有したからと言って、同情する訳ではない。ソーヤに取ってリベルの経験は、想いは孤独を経験した部分以外はあまりに突飛で理解の難しいものだった。

 だからこそ、リベルの今を哀れみも、同情もしない。ただ、思ったことを口にした。

 そして、その想いはリベルの中でストンと綺麗に堕ちていった。


「そう、か。そうか。間違いではないのか」

「・・・」

「ナコワ=ソーヤ。頼みがあります。僕を───



  ───殺してください。



 多くは語らなかった。しかし、その裏でリベルの中で大きく揺れ動き、葛藤があった。

 ソーヤは途中から気付いていた。彼の心は遥か昔に折れていたことに。生きる意味も分からずにただ時間を消費する日々に、間違いを悔いた日々に、緩やかな終わりが見えている日々に、彼の心はとっくに堕ちていた。そして最後の最後にソーヤの言葉で少しだけ報われ、諦めが付いた。もう苦しむ(考える)必要はない。と。


「・・・・・・・無理です」


 ソーヤはそれを否定した。

 何故。それを口にする前に、リベルはソーヤに地面に倒されていた。至近距離で見つめ合う二人。ソーヤの目はいつの間にか開かれ、大粒の涙をこぼし、リベルの頬を打つ。


「ボクの意思が、貴方を殺せないと言っている」


 リベルの首元を落とすように寝かされたソーヤの剣は、リベル首を避けるようにその形を変えていた。

 記憶を共有し、生い立ちを知り、過去の仲間と重ね、立ち直れなかった自分の未来を見ているようだった。だが、戦う意味があった。必要があった。だから殺そうとした。

 自ら死を望んだ彼をソーヤにもはや意味も必要も見出せなかった。目の前の存在が一人の人間に見えて仕方がなかった。


「こんなのはダメだ。ボクが終わらせる。『自由』の神よ。君は自由を手にして何がしたい」

「生きられるのなら、生きていいのなら、僕は、もっと色々なものが見たい!聞きたい!!知りたいんだっ!!『彼女だけ』の英雄よ。僕の英雄にもなってくれ・・・!!!」


 お互い涙で顔を腫らして酷い顔だった。出会って数時間。言葉を交わして数分。お互いを誰よりも知っている二人に取って時間は無粋以外のなにものでもない。

 二人の交わした言葉は本物で、想いがあるのなら。


「ナコワの尾よ。応えてくれ」


 ソーヤは膝立ちになり、リベルに馬乗りになったまま、リベルの手に持っていた【正典リベル】を受け取るとそれを宙へと放る。

 深紅の剣を握り、今の想いを剣に流し込む。例えソレが何だとしても、想いがに合わせて斬れ味が上がる。それがナコワの剣。

 ソーヤは怒っていた。この理不尽に。怒りを殺意に。この鎖を斬るための想いに変えていく。

 落ちる教典に、ゆっくりと顔の横に剣を構え、振るう。音は無かった。


 一本の線が入り、割く鎖は地面に堕ちる。瞬間、教典にリベルが吸い込まれ、思念体である彼が消える。そして、教典の中から正しきリベルが姿を現す。


「あぁ・・・あぁ・・・・」


 何かを言いたかった。何かを伝えたかった。だが、言葉は出なかった。その場を駆け、リベルはソーヤの胸に飛び込んだ。


「僕は、まだ生きられる・・・!!」


 泣き崩れるリベルを抱きしめるソーヤ。しかし、こうしていられる時間も長くはない。ソーヤもエリーも重傷だ。手当をしなければ命に関わる。


「取り敢えず、外に出よう」

「あら、不穏な気配を感じて来てみればここにいたのですね、レオ様」


 泣くリベルを宥め、立ち上げるソーヤだったが、上から一人の少女が舞い降りる。


「シス」

「覚えてくださっていたのですね。とても嬉しいですわ」

「・・・・」

「そう警戒しないでください。完全顕現した神とやり合うほど今の私は強くないですわ。ただ、これを持っていかれると困るので、様子を見に来たついでに回収しに来ただけです」


 部屋の奥。三つの台座の真ん中に飾られた一冊の本。『開闢ノ書』。それを手にしたシスはゆっくりとその場で振り返ると、ソーヤに微笑む。


「レオ様。これが最後です。私の英雄になってください。私だけの英雄に」

「断る」

「・・・もう手段は選びません」


 最後だと。そう言い残して姿を眩ませるシス。その姿を一瞥すると、ソーヤはエリーの腹部の傷が塞がっていることを確認して胸を撫でおろすと、上着を脱いで彼女に被せ、抱える。


「リベル、」

「ウィル。と」

「分かった」


 隣に寄り添うように立ったウィルにと共に、ソーヤは”自由図書館”を後にする。



 “自由図書館”を去り、三人は姿を隠し、使われていない空き家を拠点に回復を行っていた。


「まさか一緒に行動するとは思わなかったわ」

「勝手に決めてごめん」

「ううん。理由も経緯も聞いて私も納得しているからいいのよっ!そんなことより、ちゃんと水は飲んだの?飲まなきゃ元気も出ないわよっ!!」

「うん、ありがとう」


 無事に目を覚ましたエリー。ウィルが同行することを最初は驚いていたものの、直ぐに受け入れの言葉を彼に伝えた。


「それにしても、これからどうしようか」

「それが問題なのよね・・・」


 見通しの無い先に、二人は頭を捻らせるが、いい案は思い浮かばない。そんな時、外から慌ててこちらに向かう足音が聞こえる。

 二人は警戒したように、扉を見つめる。


「大変です。これを見てください」


 建付けの悪い扉を開けて入ってきたのは体がスッポリ隠せるローブを被ったウィル。数分前に日用品の買い出しに行ったのだが、今戻って来たということは言葉の通り、かなり不味い状況だと推測できる。

 ウィルは多少乱れた息を整えつつ、懐から映像記憶を行う拳大ほどの水晶を取り出す。その水晶をソーヤとエリーが覗き込むとそこには───



『我々は英雄の帰還を望む!!』

『シス様の英雄を!』

『英雄を!』『英雄を!』『英雄を!』



 映し出された光景はまさに地獄であった。老若男女問わず手を縛られた数十万の人間が、目の前の深い穴めがけて、英雄と叫び、シスを立てて嬉々として飛び込んでいく。その人々の顔に二人は酷く見覚えがあった。


「これ、第四コロニーの・・・」

「これと同規模が合計十二か所で行われました。この後、上から土が落とされ、生き埋めになった、と。生き残りは地主達を除けば、いない。とのことです」


 それが意味しているものは、たった一日にして第四コロニーに住む人間が全員死んだということ。 彼らが死に際に放った“英雄”は誰の目にも明らかだった。


「うっ、おっ・・・がっ・・!!」

「ソーヤ!!ウィル、水持ってきて!!」


 『・・・もう手段は選びません』。ソーヤには彼女の声が聞こえた気がした。それと同時にこの事実を受け、耐え難い不快感と気持ち悪さに吐き気を催す。


 ソーヤ達は甘く見ていた。シスという少女がどれほどまでにナコワ=ソーヤに堕ちていたかを。

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