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俺に彼女ができるまで ―尿管結石のおかげで素敵な女の子と仲良くなれました―

 俺の名前は新橋タロウ。

 ごく普通の高校1年生である。

 俺は今、自分の部屋で飛び跳ねている。


 尿管結石になったからである。


 体内に出来た石をなんとか排出しようと足掻いている。

 この体内にできた石「結石」というのは曲者で、1センチにも満たない小さな石にも関わらず、おしっこの通り道である尿管に引っ掛かり強い痛みを引き起こすのである。

 この痛みは凄まじいもので3大激痛の1つと言う人もいるそうだ。


 俺も先日腹部があまりにも痛くなり、母に連れられ病院に駆け込んだ。

 そこでお医者様に尿管結石だと告げられたのである。


 幸いお医者様からいただいた痛み止めを使用しその場で痛みは治まった。

 お医者様とは凄いものだと感心したが、さすがにお医者様も万能ではないようだ。


 尿管結石はこの場でパッと治療してもらえる訳ではなかったのだ。

 おしっこと一緒に石が排出されるのを待つ、という事になるらしい。


 お医者様からは水をたくさん飲むように言われている。

 おしっこをたくさん出すためである。


 お医者様は縄跳びをすることも勧めてくださった。

 ジャンプすることによって結石が細かく砕け、おしっこと一緒に排出されやすくなる、その可能性があるらしい。

 だから俺は今、部屋の片隅で飛び跳ねているのである。


 縄跳びは難しい。

 どこですれば良いのか判断できない。


 俺は最近この辺りに引っ越してきたばかりなので手頃な公園も知らない。

 その点ただ飛び跳ねるだけであれば自分の部屋でもできるのだ。


 床にはクッションを置いている。

 ここはアパートの3階で、下の階に迷惑を掛けるわけにはいかないからである。

 朝からドスドスと音が響くと下の階の人も辛かろうと思うのだ。


 だから膝のクッションと床に置いたクッションを上手く使って、体の内部にのみ衝撃が伝わるような、そういう飛び跳ね方をしているのである。


 飛び跳ねを終えた俺は、息を整えながらリビングに向かう。

 表情は笑顔を意識する。

 母が朝食を作ってくれているのだ。


 母も昔、尿管結石になったそうである。

 俺の結石も遺伝のせいかもしれないと気に病んでいた。

 だから俺は母の前で暗い顔をしたくないのである。


 母が作ってくれた料理を一緒にテーブルに並べる。

 今日は特に豪華である。

 転校初日だからであろう。

 母からの応援の気持ちを感じながら食事を済ませた。


 そろそろ学校に向かう時間である。


 学校まで徒歩で通学する。

 少しスキップが混ざっている。

 もちろん浮かれている訳ではなく結石をなんとかしたいからである。

 上下の振動の力で体内の結石が少しでも砕かれることを願っているのである。


 新しい学校に馴染めるか不安ではあった。

 けれど授業中急に結石の痛みに苦しめられるかもしれない。

 そちらの方がもっと不安なのである。


 学校に無事到着し、職員室に向かう。

 1時間ほど職員室で待機したあと先生と一緒に教室に入った。


 クラスメイトがこちらを見ている。

 俺もクラスメイトを見る。

 みんな普通の顔をしている。

 結石持ちは1人もいないのだろう。


 皆にこれからよろしくしお願いしますと伝え、指示された席に座った。


 新しい学校で受ける授業は想像より刺激的だった。

 正確に言うと結石を抱えた状態で受ける授業だったので恐ろしく刺激を感じたのだ。

 休み時間の度にトイレに行ったが結石は相変わらず俺の腹部に居座っているようである。


 残念ではあったが、出ないものは仕方がない。

 とりあえず今日の授業は問題なく終わったので学校を出る。

 今日は病院に行かなければならないので急いでいた。

 泌尿器科に行って尿管結石の現状を確認するのである。

 予約はしているが遅れるわけにはいかないので早足で向かう。


 早足と、スキップを織り交ぜながら移動する。

 結石を少しでも砕きたい。

 急いでいようとも妥協をするつもりは無い。


 そんな時、制服を着た女生徒が隣にいることに気付いた。

 その女生徒はなんとなくスキップするように移動していると思えた。

 その表情は明るいとは言えない。

 落ち込んだような表情でスキップするように移動しているのである。


 俺は思った。

 彼女もあるいは結石仲間かもしれない。

 上下に跳ねることによって体内の結石を砕く、その意思を彼女から感じたのである。


 もしそうであれば困ったことになる。

 彼女の向かう先も俺と同じ病院のように思えたのだ。


 なんとなく泌尿器科というのは恥ずかしかった。

 おそらく向こうも同じ気持ちであろう。

 かといって時間をずらすわけにはいかない。

 お医者様が待っているからである。

 それはやはり彼女も同じであろう。


 俺は無言で進む。少しスキップしながら。


 彼女も無言で進む。少しスキップしながら。


 やはり目的地は一緒であった。

 病院の前で俺は立ち止まる。

 彼女も立ち止まっている。

 それを見てどうしようか迷った。


 先に入ったほうが先に受付を済ませ、先に診察してもらえる。

 それが自然な流れである。

 なんとなく彼女に先を譲った方が良い気がした。

 けれどそれは俺の考え過ぎのような気もした。


 まごまごしていると、彼女が扉に向かうのが見えた。

 彼女に先に入る判断をさせたことをなんだか申し訳なく思ったが、それは俺の早合点であった。

 彼女は病院の扉を開けながら脇に避けたのである。

 これは俺に先に入るようにという明確な意思表示である。

 頭を下げながら彼女に礼を言い、病院に入った。


 受付を済ませ待合室で待つ。


 しばらく掛かるだろうとぼんやりしていると、意外なことに先ほどの彼女が話しかけてきた。

 どうも彼女は俺が転校してきたあのクラスにいたらしい。

 この病院に来たことを内緒にしてほしいとの話であった。


 当然了承した。

 そして俺自身は尿管結石でこの病院に来たことを伝えた。

 教室で痛みが出たとき事情を知っている人がいると助かると思ったのである。

 その上で彼女の病気に関しては俺に教える必要は無いと伝えた。


 けれど彼女は教えてくれた。

 やはり彼女も尿管結石であった。

 友達にも秘密にしているのが辛く、誰かに話したかったそうだ。


 いろいろなことを話した。

 彼女は尿管結石について調べてみたらしく、俺より詳しかった。

 俺が知らない対処法もいくつか教えてもらえた。

 けれど基本はやはり水を飲み、縄跳びをすることのようだ。


 俺は家で飛び跳ねていることを話した。

 彼女は下の部屋に響くのではないかと気にしたようだ。

 一応響かないよう配慮していると伝えたが、本当に響いていないかは自信があまりない。

 自分では確認ができないからである。


 彼女の不安そうな表情を見て俺も不安になってきた。

 家で飛び跳ねるのはもうやめておこう。

 もし下の階の住人に迷惑を掛けているのならいずれは母に苦情が届いてしまう。

 それは、つらい。


 お医者様に名前を呼ばれたので診察室に入る。

 結石の様子を確認してもらった。

 順調に落ちてきているそうである。

 さすがに無くなってはいなかった。

 少ししょんぼりしながら待合室に戻る。


 椅子に座り会計を待っていると俺より先に彼女が会計をしていて驚いた。

 どうやらこの病院にはお医者様がもう一人いてそのお医者様に診察してもらっていたようだ。


 彼女のあと俺が呼ばれたので会計を済ませる。

 安い金額ではない。

 俺の病気のせいで母に迷惑を掛けていると思うと気が滅入る。

 暗い気分のまま病院から出た。

 するとそこには先に病院を出たはずの彼女がいた。


 こちらに話しかけてきたがとりとめがなく、容姿がどうのこうのと言っていたがよく分からない。

 ついて来てという言葉だけは聞き取れたので彼女のあとを追うように歩いた。


 ずいぶん広い公園に到着した、と思ったがそれは俺の勘違いであった。

 驚いたことにこの場所は公園ではなく、彼女の家の庭なのだそうだ。


 彼女は俺がアパートで飛び跳ねるのが気になったらしい。

 ここで一緒に縄跳びをしてはどうか、という提案であった。

 今日知り合ったばかりの俺をここまで気にかけてくれるのだから、彼女はとても優しい人だと思う。


 俺はここで彼女と縄跳びをしたのである。

 俺にしてみれば念願の縄跳びであった。

 下の階に気を使った飛び跳ね方で結石を破壊できるか不安があったのである。


 1人自室で飛び跳ねるのは正直苦痛だったが、2人で一緒に縄跳びをすると時間が過ぎるのが早かった。

 彼女には本当に感謝である。


 縄跳びが終わったので帰る準備をする。

 そんなとき薄暗い森の方角から誰かが歩いてくるので驚いた。

 物の怪の類かと思ったのである。

 実際は彼女のお父様であった。


 薄暗い森も彼女の家の敷地らしい。

 俺は変に驚いてしまったことをお父様に謝罪し、きちんと挨拶した。

 少しお話もしたがお父様も結石持ちであった。

 結石が遺伝したのではないかと気にしているようである。

 俺はお父様に結石の先輩としていろいろ聞かせていただいた。

 やはり水を飲みおしっこを出す。

 これに尽きる様だ。


 別れ際彼女のお父様からパターゴルフのお誘いがあった。

 この家にそういった設備があるらしい。

 今度遊びに来たときにどうかというお誘いである。


 正直興味はあった。

 幼い頃母と今は亡き父との3人でパターゴルフ場に行った記憶があるのだ。

 大変楽しかった記憶である。


 しかしパターゴルフで飛び跳ねるのは難しいように思えた。

 今の俺は結石の事で頭が一杯なのである。

 なので本当に残念ではあるがお断りをした。


 もし結石が出たらその時にお願いしますと、俺はそう伝えたのである。

 その返答でもお父様は喜んでくださったので俺も嬉しくなった。

 彼女のお父様は心の広い方である。



 それからの俺は家では水をたくさん飲み、学校で授業を真面目に受け、放課後は彼女の家で縄跳びをして、家に帰ってまた水を飲む、そんな日々を過ごしていた。


 それから2週間ほど経った頃である。


 学校の休憩時間、彼女がそそくさと教室を出るのに気付いた。

 おそらくトイレなのだろうがそれは気付かない振りをするのが礼儀である。


 だから特に気にしなかった。

 けれど彼女が教室に戻ってくる時。

 この時は彼女を意識せざるをえなかったのである。


 彼女は教室に入ると俺に向かって笑顔を見せてきたのだ。

 それは単なる笑顔では無かった。

 全くもって素晴らしいとしか言いようのない、まことにアッパレな笑顔であった。


 俺は間違いないと思った。

 結石が排出された、それに間違いあるまい。

 それ以外でこれほどの笑顔が出るとは到底思えなかったのである。


 しかし不思議なことに次の休み時間に声を掛けに行くと、彼女の表情は暗く沈んでいた。

 話し掛けてみても要領を得ない返答をしてくる。

 結石が出たのか出ないのか、それすらよく分からない。

 教室では聞きづらいのであまり聞かなかった。


 おそらく体内にまだ結石が残っているのではないかと、そう思われた。

 彼女の結石はもともと1つではなかったのだろう。

 それならば彼女が喜びそして落ち込んでいる理由が説明できるのである。


 彼女に縄跳びの誘いをした。

 いつもは彼女から誘ってくるのであるが、今日はそんな素振りがなかったので俺から誘った。

 彼女はあまり乗り気で無いようであったが頷いてくれた。


 授業が終わり一緒に彼女の家に向かう。

 彼女は普通に歩いている。

 スキップの気配が微塵もない。


 彼女の家に到着し縄跳びをする。

 今日の彼女の縄跳びは気が抜けている。

 結石を必ずや砕くという執念が感じられない。


 俺は確信した。

 彼女は諦めている。

 結石に立ち向かわずあるがままを受け入れようという、その気配を感じた。


 それも彼女の判断だ。

 俺が口を挟むことでは無い。

 けれど俺は思ったのである。


 彼女の笑顔をもう1度見たい。

 結石から解放された時のあの素晴らしい笑顔を、もう1度見たい。


 今の彼女は寂しそうで、つらそうな顔をしている。

 そしてちらちらとこちらの様子を窺ってくるのだ。

 そんな彼女を見ていると俺の心が苦しくなるのである。


 俺は彼女を勇気づけたかった。

 結石に立ち向かって欲しかった。

 けれどどう勇気づけたら良いのだろう。


 彼女の気持ちも良く分かるのだ。

 体内に結石がある以上笑顔になれるものではない。

 いつ痛みが来るのか不安で常に憂鬱なのである。


 だから結石など無かったことにして過ごしたい。

 痛みが出たらその時にどうするか考えようという気持ちもよく分かるのである。

 分かるのではあるが……。


 どうしても考えてしまう。


 彼女が体内の結石を受け入れたら俺たちの関係はどうなってしまうのだろう。

 もう一緒に縄跳びをすることも無くなるのであろうか。


 ……きっとそうなのだろう。


 俺と彼女は結石に立ち向かう間だけ一緒にいる、そんな関係なのだ。

 結石が排出されたり結石を受け入れたりしたら、俺たちはなんの関係もない単なるクラスメイトでしかない。


 なんとなく落ち込んでくる。

 けれど縄跳びが終わる頃には元気を取り戻していた。


 俺はいつまでも落ち込んでいる男ではないのである。

 縄跳びをしながら頭を悩ませるうちに素晴らしい発想が降りてきたのだ。


 縄跳びを終えた俺は、彼女を遊園地に誘った。

 今度の日曜日に一緒に遊園地に行こうと、彼女をそう誘ったのである。


 これには自信があった。

 彼女は少し悩んだようではあるが頷いてくれた。

 これは当然である。


 俺たちの頭は常に結石の事を考えている。

 そして遊園地にはジェットコースターがある。

 体内を揺さぶりその衝撃で結石を排出してくれるマシーンとして有名な、あのジェットコースターである。


 これは噂で聞いただけなので本当に排出できるのか正直疑わしいとは思う。

 けれどこの噂は彼女自身から聞いたのだ。

 初めて病院で会話したときに彼女は言っていた。

 ジェットコースターを試してみたいが1人で遊園地に行くのは恥ずかしいと、彼女は確かにそう言っていた。


 俺と彼女の2人であればなんの抵抗も無く遊園地に行くことができ、ジェットコースターを試すことができるであろう。

 座っているだけで結石が出るかもしれないのだ。

 結石持ちはジェットコースターの魅力に逆らえない。


 ジェットコースターの魅力を説明するうちに彼女がようやく笑顔を見せてくれたので、俺も嬉しくなる。


 彼女は遊園地の地図を見せてくれた。

 彼女は電話機を巧みに使う。

 俺にはなにをどうやっているのか想像も付かない。

 その地図を使って遊園地をどう巡るか2人で決めた。


 ジェットコースターは最後である。

 ジェットコースターは切り札なのだ。


 もし最初に乗って結石が出なければ2人とも落ち込んで1日を過ごすことになる。

 せっかく今まで貯めてきた、なけなしのお金を使うのだから遊園地も楽しみたい。

 欲張りかも知れないがそれが本音だった。


 次の日曜日が楽しみである。


 ◇◇◇◇


 今日は日曜日。

 彼女と遊園地に行くのに相応しい、素晴らしい青空だ。


 いつものようにスキップを織り混ぜながら彼女の家に向かう。

 意外なことに彼女のお父様が門の所にいて俺を迎えてくださった。

 お父様も一緒に行くのかと思ったが違ったらしい。


 彼女が家から出てきて2人で遊園地に出発する。

 お父様は単なる見送りだったようだ。


 不思議に思って彼女に話を聞いてみた。

 お父様は遊園地まで送って下さるつもりだったそうだ。

 彼女がそれを断ったのだ。


 正直助かったと思った。

 もし彼女のお父様が一緒に来ていたら、結局のところ遊園地にも一緒に入るであろう。

 ジェットコースターにも一緒に乗るはずだ。

 自然と彼女とお父様が2人並んで座り、俺は知らない誰かと並んで座ることになる。

 それはなんだか嫌だった。


 彼女にお礼を言った。

 2人で一緒に過ごしたいから断ってくれて助かったと、素直にそう伝えたのである。

 彼女も笑顔でうんうんと頷いてくれた。



 遊園地に着いた。


 まずはおばけ屋敷である。

 彼女が真っ先に行きたいと主張したのがそこなのだ。

 俺と一緒なら行ってみたい、という話であった。

 おばけが好きなのかと思ったがそういうわけでも無いらしい。

 俺と一緒なら行ってみたいと繰り返し言っていた。


 俺はおばけ屋敷に入ったことはない。

 おばけが、怖いからである。


 けれど今の俺ならば大丈夫であろう。

 尿管結石より怖いはずがないのだ。

 おばけがどれほど頑張ろうと尿管結石の恐怖を上回るとは思わない。

 俺は自信満々に、彼女はコワゴワとおばけ屋敷に入った。


 そして2人でぶるぶる震えながらおばけ屋敷を出た。


 こわい。

 おばけ、こわい。


 偽物のおばけでこの恐怖なのだ。

 本物のおばけが出て来たら俺は気絶すると思う。


 彼女も怖かったのだろう、いつのまにか俺に抱きつくような体勢になっている。

 俺も怖かったので彼女に抱きつきたかったが、さすがにそれはできなかった。

 それでも彼女がくっついてくれたおかげで恐怖のおばけ屋敷を完走できたのである。


 彼女に感謝を伝えたかった。

 俺にくっついてくれてありがとうと、そう伝えたかった。


 けれどそれを伝えると彼女が離れそうな気がした。

 だから俺は、怖かったけど楽しかったとだけ彼女に伝えたのである。


 彼女は頷いていたが、太陽の光を浴びるうちに恥ずかしくなったのだろうか、俺から離れようとするのが分かった。


 少しずつ離れていく体。


 なんだか寂しかった。


 離れる寸前の彼女の手をぎゅっと握った。

 一瞬の判断だったが、今までの人生全てを投げ捨てるような、とてつもない覚悟で彼女の手を握った。


 彼女に嫌われるかもしれない。


 なにも言えずに、ただただ彼女の反応を待った。

 けれど彼女は恥ずかしそうに目を伏せ黙っている。

 そんな彼女を見つめるうちにようやく気づいた。


 彼女は俺の言葉を待っているのだ。


 ……少し考えてから、観覧車に乗ろうと彼女を誘った。

 これは2人で決めたコースとはかなり違う。

 本来はもっとあとで乗る予定だった。

 観覧車から見える夕焼けを、彼女が楽しみにしていたのだ。


 けれど俺はいま観覧車に乗りたいと思ったのである。

 手を繋いだままで過ごせる2人だけの空間。

 とても魅力的に感じたのだ。


 観覧車の列に並び、ほどなく俺たちの順番が来た。

 彼女に続いて乗り込み、椅子に座る。


 俺は少し彼女に寄って座った。

 それでも椅子が大きいせいか、2人の間にはあと1人座れるくらいの空間がある。

 と思ったのだが、彼女はお互いの膝が触れるぐらいの距離まで寄ってきた。

 握った手は触れ合った膝の上に乗せている。


 俺はまっすぐ前を見た。

 ガラス越しに外の景色が見える。

 本当は隣にいる彼女の方を見たかった。

 ただ俺の首がうまく回ってくれなかったので、まっすぐ前を見ていた。


 観覧車はドンドン上昇し頂点まで到達すると、そのまま下降していく。

 乗ったばかりなのにもうすぐ観覧車が終わってしまう。

 この素晴らしい時間が終わってしまうのだ。


 やがて俺たちの乗るゴンドラは日陰に入ったらしく薄暗くなった。

 そのおかげか、ガラスに反射する彼女の姿が見える。


 思わず身震いした。

 彼女は俺を見ている。

 目が合った訳ではない。

 ガラスの反射で分かったのだ。

 彼女は俺の横顔をまじまじと見ている。

 彼女もまっすぐ前を見ているとばかり思っていたが、そうではなかったのだ。

 俺が横を向けば彼女と直接目が合うだろう。


 けれど……。


 結局彼女の方を向くことはできず、観覧車から降りた。

 俺は彼女が隣にいて手を握っているだけで良かった。

 けれど彼女はどう思っていたのだろう。

 もしかすると彼女はもっと違うことを望んでいたのだろうか。


 例えば……キス、とか。


 そんな事を考えてしまい顔が熱くなるのが分かる。

 彼女にも顔が真っ赤になっていると、からかわれてしまった。


 俺は言い訳をした。

 2人きりで手を繋いでいたから緊張したのだと、俺はそう言い訳したのである。


 彼女は笑っていた。

 機嫌の良さそうな彼女に手を引かれながら次のアトラクションへと向かった。



 昼食の時間になった。


 ついに繋いだ手を離す時が来た。

 残念だが食事をしながら手は繋げない。

 これは仕方のないことだ。


 1度手を離せば彼女と再び手を繋ぐことはないだろう。

 先ほどは勢いで手を繋いだ、ただそれだけなのだ。

 改めて手を繋ぐよう頼むなんて恥ずかしくてできるはずがない。

 そう考えればむしろ今まで手を繋げたことを幸せに思わなければならない。


 お店がいくつか並んでいたので一通り確認する。

 ハンバーガーを食べることになった。

 ここの名物らしく俺も興味があったのだ。


 大きなハンバーガーを載せたトレイを持ち、向かい合わせに座る。

 俺はハンバーガーを食べた経験が少ない。

 特にこの手のひらに収まらない大きさのハンバーガーだと、食べ方がいまいち分からない。

 ナイフとフォークだろうか。

 それとも意外とお箸で小分けにして食べるのだろうか。

 不安になったので彼女を見た。


 彼女は、わんぱくに食べていた。

 ハンバーガーを両手で掴み、がぶりと食らいついていた。

 大きさなど関係ないと言わんばかりの豪快さである。

 彼女は俺の視線に気づいたのか慌てて口の周りの汚れをティッシュで拭っている。


 そんな彼女を見ながら俺は心に決めた。

 食事が終わったら、もう一度手を繋いでもらおう。

 彼女ともう一度手を繋ぎたい。


 わんぱくにハンバーガーを食べる彼女を見て、自分の気持ちを素直に認めようと思ったのだ。


 俺の気持ち。

 彼女のことが好きだという、気持ち。


 食事が終わり彼女と向き合う。

 もう一度手を繋ごうと一生懸命伝えた。

 緊張のあまりきちんと言葉になっていたか自信は無かったが、彼女も手を伸ばしてくれたので伝わりはしたのだと思う。


 2人で手を繋いで遊園地の中を歩き回った。

 乗り物に乗らなくていいか聞いてみたが、彼女は2人で歩くだけでも楽しいと言う。

 俺も同感である。



 空が夕焼け色になってきた。

 俺たちはジェットコースターの待ち列に並ぶ。

 これが最後の乗り物である。

 これが終わるともう帰る予定になっていた。


 けれど、まだ帰りたくない。


 俺たちの番がきた。

 ジェットコースターに乗り込みながら、彼女をもう一度観覧車に誘おうと思っていた。

 夕焼けの中、観覧車に乗る2人。

 そこで彼女に告白するのだ。


 ジェットコースターに脳みそを揺さぶられながら彼女になんと告白するか考える。

 ジェットコースターが終わり2人で降りた。


 案内看板の前。

 俺は彼女を呼び止めもう一度観覧車に乗りたいと伝えた。

 そこで大事な話をしたいと、俺はそう伝えたのである。


 2人並んで観覧車に向かう。

 彼女は今、なにを考えているのだろう。


 俺のことを考えていて欲しい。


 そんなことを思っていると急にトイレに行きたくなった。

 こんな場面でなぜ、と思うが尿意ばかりは仕方がない。

 彼女に謝ってトイレに向かう。


 なんだか告白がうまくいくか不安になってきた。

 小便器の前に立ち、おしっこをする。

 そんなとき。

 尿道に違和感。

 なにかがおしっこと一緒に尿道を通っていくのが分かった。


 瞬間、ハッとする。

 そういえば俺はジェットコースターに乗っていた。

 結石が排出されるのではないだろうか。

 それ以外考えられない。

 尿道から異物が出そうなのだ。


 下半身に目をやる。


 出た! 


 出た!


 石だ!


 これは、間違いない!


 結石!!


 小便器にぶつかりカラカラと音がしている。


 小便器を覗き込んだ。

 汚いとか言ってる場合ではない。

 じっくりと観察する。


 石だ。

 思っていたより本当に石だった。

 1センチも無いようなこの小さな石に、俺は怯えていたのだ。


 一瞬この石を回収しようか悩んだ。

 病院に持っていくと成分を分析することができ、再発予防に役立つと聞いたことがあったからである。


 けれど無情にも便器のセンサーが反応したようで水と一緒に流れてしまった。

 俺の結石は遊園地のトイレで行方不明になってしまったのである。


 少し残念ではあったがそれ以上に嬉しい。

 もう結石に悩む必要はないのだ。


 トイレから出てきた俺を見て、彼女が笑顔になる。

 何が起きたか分かったらしい。


 これで2人とも結石から解放されたねと彼女は笑っていた。

 いつの間にか彼女の残りの結石も排出されていたようだ。

 俺と同じタイミングで彼女もトイレに行っていたのかもしれない。


 なんにせよこれで遊園地に来た本来の目的は達成できたわけである。

 けれど今の俺にとってこれからが本番なのだ。


 2人で観覧車に向かう。

 考えることは同じなのか先程より待ち列が伸びていた。

 カップルが多いようだ。

 きっと周囲からは俺たちもカップルに見えているだろう。

 俺は今からその勘違いを真実に変えるために頑張るのだ。 


 俺たちの順番がやって来た。


 観覧車に乗り込み、2人並んで座る。

 そしてすぐに彼女を見た。

 あとから見ようとしても先程のように首が回らなくなってしまう。

 俺は反省のできる男だ。


 夕焼けに照らされた彼女を見ながら、気持ちを伝えた。

 好きだという気持ちを身振り手振りを交えて伝えたのである。


 彼女は笑顔で頷き、目をつぶる。


 これは明らかにキス待ち仕草である。

 俺も覚悟を決めなければいけない。

 軽く息を整えたあと彼女の肩に手を置く。


 そして……。

 ゆっくりと慎重にキスをした。

 しばしの余韻。

 彼女は目をあけると一瞬恥ずかしそうに俯いたが、すぐに顔を上げ俺にニコッと微笑んでくれた。


 告白は見事成功したのだ……!


 2人でソワソワと観覧車を降りた。

 彼女は少しはにかんだように笑っている。

 結石が出た時のような笑顔ではない。


 けれどそんな彼女を見ていると俺の胸は高鳴るのだ。

 彼女の喜びが俺の胸に伝わってくるからであろう。

 俺の喜びも同じように伝えたかった。

 彼女に笑顔を向けながら、歩く。


 2人で遊園地を出た。

 寂しいという気持ちはカケラもない。


 彼女と遊ぶ約束をたくさんした。


 デート、というやつだ。

 恋人になったのだから当然だ。

 彼女とは学校だけでなく放課後も会うのだ。

 今までと同じで、けれど今までとはまるで違う。


 結石に苦しむ中でも彼女と一緒にいる時間は楽しかった。

 結石抜きで彼女と過ごすこれからの日々はさらに楽しくなるだろう。


 彼女と出会わせてくれた結石に少しだけ感謝して。

 夕焼け空の下、仲良く手を繋いで家へと帰ったのである。

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