性鑑定KONAN
最近、投稿力が落ちているので投下します。
私にはある特殊な能力があります。顔を見て念じれば、その人の経験人数は勿論のこと、最近いつセックスをしたのか? どのような性癖があるのか? が分かってしまうのです。例えば今、私にアイスコーヒーを渡してくれたドトールの女店員さん。学生かな? 彼女はこうです。
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経験人数:7人
最後のセックスから:1時間
性癖:野外
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うんうん。バイト前にお外で致したのかな? 若いって素晴らしい。
さて、そんな彼女がくれたコーヒーを飲みながら私は今日の依頼人を待っています。どうせいつも通りの浮気調査の依頼でしょう。店の一番奥の二人掛けのテーブルに目印のキャスケットを置いてしばらくすると、一人の女性がやってきました。
コサージュのついた帽子に大きなサングラス。本人は顔を隠すためにやっているのでしょうが、逆に目立っています。
辺りを窺いながらゆっくりと椅子をひき、全く音を立てずに女性は座りました。
「……虎南さんですか?」
蚊の鳴くような声。肌の感じからすると70代でしょう。
「はい。お名前は?」
「マキノです」
本当の名前が何かは知りません。ただ、待ち合わせ時の符牒としての苗字です。
「早速ですが、依頼内容を教えてもらってもいいですか?」
言葉にするのが恥ずかしかったのか、女性はバッグから便箋を取り出し、そっとテーブルに置きました。私はゆっくりと手に取り、二つ折りの便箋を開きます。
『私には10歳上の夫がおります。病で入院しており、長くはありません。もう意識も曖昧です』
ちらり見るとサングラス越しにも緊張しているのが伝わってきました。
『先日、病室で過ごしていると夫がポツリと言葉を発しました。"あずさ"と。私の名前ではありません。夫は私しか女性を知らない筈でした。ずっとそう信じていました。それなのにいつ死んでもおかしくない状況で、他の女の名前を呼んだのです。50年以上積み上げて来たものが一瞬で崩されたような気持ちになりました。このような状態で夫を見送りたくはありません。お願いします。夫を鑑定してください』
なるほど。随分とシビアな状況ですね。
「まず一つ。あなたは私の能力を信じていますか?」
「えっ、あっ、……はい。信じます」
「半信半疑のようですね。いいでしょう。まずあなたを鑑定します。……あなたの経験人数は1人。最後にセックスしたのは25年前。性癖は──」
「大丈夫です! 信じています!」
流石に性癖については言われたくなかったようですね。
「では、二つ目。私は鑑定結果については絶対に嘘をつきません。例えそれが不幸な結末を招くと分かっていても、聞かれたことを正直に話します。それでも、あなたは鑑定を望みますか?」
「……望みます」
「分かりました。では、病院に向かいましょう。案内してください」
「はい」
年老いた女性は決意を固めたのかスッと席を立ち、歩き始めました。
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連れて来られたのはある総合病院でした。すれ違う看護師はどの子も経験人数がなかなか多いですね。おお、3桁ランカーまでいます。しかも、最後のセックスから10分経っていない。これは、病院内で致したに違いありません。相手も近くにいる筈。一体誰と──。
「虎南さん?」
「……失礼。大物がいたもので」
「おおもの? ですか」
「なに、こちらの話ですよ。さぁ、行きましょう。何階ですか?」
いつの間にかサングラスを外していた女性は「入院棟の3階です」と少し納得のいかない様子で答え、スタスタとエレベーターへと向かいます。慌てて追いかけ、閉まりかけた扉に身体を滑り込ませました。
3階は個室がメインのフロアらしく、シンとしています。リノリウムの床に足音が響き、それを聞いてまた人々は息を潜めました。
少しすると女性がある部屋の前でとまりました。この中に夫がいるのでしょう。スライド式のドアの前で呼吸を整えてばかりで、動きません。ここにきて踏ん切りが付かなくなってしまったようです。
「入りましょう」
「……はい」
女性に代わってドアを横へ滑らせました。中は随分と日当たりの良い部屋で、窓から差し込む光でベッドが照らされています。そして年老いた男性がその上で静かに眠っていました。かろうじて胸が上下しています。
「……私の夫です。お願いします」
「分かりました。では、鑑定します」
ベッドに近寄り、じっと老人の顔を見つめます。ふむ。
「……鑑定出来ました?」
「ええ」
「……その、経験人数は何人だったのでしょう?」
「経験人数は……」
「……」
「一人です。最後にセックスしたのは25年前。あなたでしょう」
「ありがとうございます……」
ベッドの脇に立っていた女性は老人の手を取り、ポロポロと泣き始めました。ごめんなさい、ごめんなさい。あなたのことを疑ってしまったわ。私だけだったのね。嬉しいわ。愛してる。あなたが死んでしまっても、ずっと一緒だからね。そばに置いて離さないわ。
女性は紅潮し、その瞳は希望を取り戻したかのように輝いています。やっとこの時が来たかと口元が緩みます。多分何十年も待っていたのでしょう。彼女の愛はこれからが本番なのかもしれません。だって彼女の性癖はネクロフィリア。自分だけを愛した男性の死体を夢見ていたのです。
「マキノさん。私は行きますね」
「……失礼しました。これは、鑑定料です」
差し出された封筒はなかなかの厚みです。ありがたく頂戴しましょう。
「では」
今日のところは帰りますね。私は心の中で老人に向けて呟きました。
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ある総合病院の入院棟の3階。ここに来るのは3度目です。今日はある人からの依頼でやって来ました。その依頼人は身体を病に犯されて寝たきり。もう、長くはないそうです。
相変わらずシンとした廊下を歩くと、リノリウムの床に足音が響きました。これも前回、前々回と同じです。
「……どうぞ」
私のノックに弱々しく答えました。ドアをスライドさせると、日当たりのよいベッドの上に老人がいました。今日は顔色が良いですね。
「マキノさん、お待たせしました。ご所望の、失礼。……彼女をお連れしましたよ」
「……おお、ありがとうございます。……泥棒のような真似をさせて申し訳ありませんでした」
「お気になさらず。たまにはこんな依頼もよいものです。それに、私も"あずさ"さんのことが気になっていましたのでね」
老人は起き上がろうとしますが、力が入らないようです。すぐにベッドに沈みました。
「……申し訳ないのですが、"あずさ"を私の隣に寝かせてはくれませんか?」
「喜んで」
デパートの大きな袋から棺のようなケースを出し、サイドテーブルに置きます。老人から預かっていた鍵を回すと、棺の中から60センチほどの"あずさ"さんが現れました。丁寧に抱え、そっとベッドに寝かします。
「……おぉ、あずさ」
老人の瞳から涙が溢れ落ちます。ほとんど動かない身体でなんとか手を伸ばし、やさしく、やさしく人形の頭を撫でています。最愛。老人の様子を見ていると、そんな言葉が浮かびました。だって、老人の性癖は人形愛ですから。
「では、私は行きますね」
「……虎南さん」
「はい」
「……私はもうすぐ死にます。分かるんです。あなたがこの部屋から出た途端に死んでしまうかもしれません」
「……はい」
「……私の願いを聞いてくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして」
老人は隣に人形を寝かしたまま、目を瞑ります。人形の瞳には老人の横顔がいつまでも映っていました。