見透かしミラー
そして日曜日。今日も俺はネリネ堂にいる。平日は定休日である水曜日以外毎日放課後働き、土日は朝から晩まで働いている。この店は労働基準法というものを知っているのか。だが、かおりさんは働きたくない。俺の親は働かせたい。こういったwin-winの関係で成り立っている。
カラーン。今日は小学生4人組が来た。
「ほんとだって。俺のお父さん、映らなかったんだって。」
「嘘つくなよ。」
昨日の子だ。どうやら昨日のことをみんなに言いたいらしいが、嘘だと思われている。
鏡に立つと一人の男の子が「俺たち映ってるじゃねーかよ」と威張る。
「本当だって。噓じゃないよ」
「さっさとこんなぼろい店出て、俺の家でゲームしようぜ」と言い出して待ってよと言いながら出て行ってしまった。
店の中でそんなドっ直球に言うなという心の声がつい口に出てしまった。
子供は映り、大人は映らない。そこで俺は2つの予想を立てた。1つはシンプルに子供は映り、大人は映らない。そしてもう1つは死者を映さない鏡で今日見た父親は実は死んでいるという予想。だが、そうなると映っていない俺も死んでいることになる。後者だけは勘弁してほしい。そういった事を考えて学生にとって貴重な日曜日を終える。
まだ高校に入学して1か月。あまり親しい友達もおらず、席が後ろの子しか最近は話していない。
朝礼が鳴り、若い担任の先生が入ってくると「みんなごめん、先週の金曜日伝えるの忘れてたんだけど今日職員会議だから昼までなんだよね。ほんとごめん」と申し訳なさそうな顔をしている。
けれど、そんな先生をよそにクラスのみんなはガッツポーズをしたり昼からの予定を聞き合うなど初めてクラスが一致団結したような雰囲気に包まれていた。
まあ、そういった友達はいないため、昼から少し早いけれどネリネ堂に向かうことにした。
「あら、今日は早いのね。と言うかほんと5月なのに夏並みに暑いね~。こりゃ異常気象だよ。」と腕を捲って机の上にある小さな扇風機を顔に直接当てながらかおりさんが話しかけてくる。
「最近ほんと暑いですよね。でも、こんな日が続けば異常じゃなくなるんですかね、きっと」
「暑い時期が早く来て冬が冬もいつもより早く来てくれないかな、私暑いの苦手なんだよね。寒すぎるのも苦手だけど」と笑顔で冗談を言ってくる。
いつものように荷物を置き、バイトの準備をする。
「あ、かおりさん。この鏡の前で立ってくれませんか。」
「え―、めんどくさいなぁ」と言いながらも鏡の前に立ってくれた。その鏡を見ると、かおりさんの姿は映っていない。俺は映っているのにかおりさんは映っていない。けれどかおりさんはこの鏡がどうしたの?とまるで自分が映っていないことがわからないように困惑した表情で見てくる。
「い、いえ。なんでもないです」と言うと
「あら、そう。じゃああとは任せたよ―」と言って裏へ行ってしまった。ますます謎が深まる。
夕方になり、ランドセルを背負った昨日の小学生4人組が来た。
「なんもねーな、この店。せっかく面白いゲームを探そうと思っていたのにガラクタばっかじゃん。」
「だよな」
と、大きな声で話していた。
「店自体もぼろいしすぐ潰れるんじゃね」
「この店1回潰れかけたらしいぜ、前に働いてた人が色々あったらしくて」
「まじかよ、そのまま潰れてゲーム屋さんとか作ってくれたらよかったのに」
さすがに黙っていられず、怒鳴ろうとした瞬間、かおりさんが裏から出てきた。
すると、かおりさんが小学生に近づきしゃがむと
「ごめんね、ここ大人向けの物が多いからあんまり興味ありそうな物ないよね。」といつものかおりさんからは想像できない笑顔で話しかけていた。
「ちょっと待っててね」と再び裏へ戻っていった。
そして「お待たせ、これとかどう」と昔俺が持っていたのと同じ超人気ゲームタイトルのソフトを出してきた。
「あ、それ知ってる。昔流行ったゲームだ。どこにも売ってなくてさがしてたんだ」と1人の小学生が欲しそうな目をする。
「そうなのか」他の3人も興味を持ちだした。
「これ本当は売り物じゃないから私たちだけの秘密ね。でもただで渡すわけにもいかないから400円でどう?」とあ、お金は取るんだと心の中で思いながらそのゲームを渡して小学生たちは出て行った。
「かおりさんでもあんな対応出来るんですね。」と嫌味な感じで言うと
「当たり前でしょ、私だってあんたと同じ子供じゃないんだから。それに怒鳴って親に告げ口されたらこっちが怒られるのよ。」といつものかおりさんの答えだった。
「それにしても珍しいですね、かおりさんもあのゲームを持ってたなんて」
「あー、さっきのゲーム?あれ物置の中に置いてたのよ。まさかあんなに欲しがるなんてね」
物置?あのゲーム?ある記憶がよみがえった。
幼少期の頃、1度だけこの店の裏に行った時、物置であるゲームソフトを置き忘れたことを思いだした。
「あー!」
「急に何?驚いたんですけど」
「そのゲーム、多分俺のですよ。たぶんというか絶対そうです。どうしてくれるんですか」
「うるさいわね、もうやらないんだし別にいいでしょ」
「この前、久しぶりにやろうと思ってたんですけど無くて困ってたんです。」
「別にいいじゃない、小さいことでいちいち怒ってたら女の子に嫌われちゃうよ。それに給料も少しだけ上がったんだからいいじゃない、400円だけど」
「小さいことじゃないです、それにあのゲームを400円で売るのはもったいないです」と少しだけ口喧嘩をして「疲れたから裏でくつろいでくる」と言い残して裏へ行ってしまった。
そしていつも通りの仕事を行う。と言ってもレジをしたり商品を綺麗に並べるぐらいしかないのだが。
例の鏡を見ながら考える。
もしかしたら本当に子供を映し、大人は映さない鏡なのかもしれない。
かおりさんもいつもは子供っぽいけど、実は心も大人なのかもしれない。もし、あのままかおりさんが来なければきっと怒鳴っていたかもしれない。
「ちょっとお菓子とジュース買ってくるけど、ほしいものある?」とかおりさんが裏から出てきた。
「なんでもいいですよ」
「じゃあ適当に欲しそうな物買ってくる」
「かおりさんって結構大人なんですね」
「今頃?気づくの遅い。まぁなりたくて大人になったわけじゃないんだけどね。いつまでも子供じゃいられないんだから子供を楽しみな」
そう言い去ったかおりさんの背中はいつもの子供っぽいかおりさんだった。