つむじ風のレオン
騎士専科に入ってからのエードルフは宣言通り騎士目指して、キツい訓練に不平も不満も言わず、黙々と授業を受けていた。
魔術師専科とは違い、騎士専科は平民も多い上に身体作りや騎士になった際の横の繋がりのために全員寮生活で管理される。
王宮とシュヴァルツヴァルトの城以外知らぬエードルフは浮いてしまうのではと心配していたのだが、そんな事もなく、魔術専科の頃より余程楽しそうに学院生活を満喫しているようだった。
視察の度に細身で華奢な身体が消えてしまうのがとてもとても惜しかったけれど。
そんな事より、私は今、猛烈に怒っている!
卒業当日、突然騎士になりたいなどと言い出した理由と、エードルフと一緒に王宮へ出仕するという、私の夢を粉々にしてくれた者の正体がわかったのだ。
「あの女狐! 私の可愛い弟を泣かせたなど重罪に当たるぞ!!」
私は怒りのままにクラウスから渡された報告書を握り潰す。
どれだけ私が一緒に出仕できるのを楽しみにしていたか、あの女狐にはわかるまい。
許さん。たとえエードルフが許しても、私が許さんぞ!!
「落ち着いて下さい、レオンハルト様。女性の浮気などよくある事です。貴族なら特に」
クラウスは全く動じず、鼻息の荒い私を私をたしなめる。
「いーや。こちらは見合いまでに必ず身綺麗にすること、と条件を出したにもかかわらず、あの女狐は切れてなかったなど、王家への叛逆ではないか!」
反逆は婚姻の石を取り上げて破壊すべき大罪だ。リーフェンシュタールの家門などすべて閉門でよい!!
と怒り狂う私とは正反対に、クラウスは冷静に答える。
「エルフリーデ嬢はせいぜい約束を破った程度です。反逆とするには理由が弱いですよ。早速貴族達から次のお相手選定の件で問い合わせが続々と来ておりますが?」
いかがなさいます? とクラウスは問うたが、
「条件は変わらぬ。伯以上の家門、年頃の娘で婿入り、側室は持たぬ代わりに妻も恋人は持たせない」
と答えた。
「承知致しました。問い合わせにはそう回答いたしますが、殿下の意思も確認致しましょう」
「いや、まだエードルフには聞かずともよい。先に候補者の身元をすべて洗ってから見合いにした方がまだ安心だ。候補者の身辺調査を先にせよ」
「御意。早急に調査致しましょう」
「それよりも、あの女狐には是が非でも責任を……」
取らせよと言いさす私をクラウスは静かに遮る。
「問えませんよ。お付き合いの時点で二人はうまくいかなかった。だから別れた、それだけです。一応話し合いで契約も解除されてるようですし、婚約解消の理由も妥当なもの。ただ申し渡した場所が卒業生達の控えの間で、エルフリーデ嬢を大勢の前で恥をかかせたですから、殿下から幾ばくかの慰謝料を支払う可能性があります」
「慰謝料か。ならば父親の職をそのままにせよ。十分つり合いがとれるであろう」
「かしこまりまして。額は少々破格かと思いますが、会計上、慰謝料と書かなくて良くて外聞もいいので、これを手切れ金に致しましょう」
クラウスめ。
慰謝料の王宮費用ではなく、伯の報酬扱いの経費で出すつもりだ。
ちゃっかりしておる。
「これ以上、レオンハルト様の出番はございません。殿下に危害が加えられたというならともかく、エルフリーデ嬢に責任を取らせることはできません」と、クラウスから終了宣言を出された。
くーっ! 二人がまだ付き合ってる頃なら有効だったのか?
もっと早く調べておいてあんな女狐から遠ざけておけば、少なくともエードルフが騎士専科に行きたいなどと言わなかったに違いない。返すがえすも口惜しいことをした。
「それよりも本日、エードルフ様の外出届が出ておりますが、いかがなさいます?」
「もちろんついて行くに決まってる!!」
騎士専科で初めて学友と外出だぞ!
行って交友関係を見定めてやらねば、また泣く羽目になるではないか。
「レオンハルト様もそろそろ弟離れされた方が……」
クラウスはため息交じりで進言するが、生母を早くに亡くし、王宮で寄る辺もないエードルフが頼れるのは私くらい。
私が守ってやらず、誰が守るというのだ!!
「弟離れ? どこの国の単語だ。私の辞書には載っとらん!!」
後をつけるには着替えに変装。いろいろ準備が必要だ。
私室に戻ろうと私はいそいそと席を立った。
「左様でございますか……。それでは夕暮れまでにはお戻りください。今日は陛下主催のバルドの大使の歓迎の晩餐がございますからね」
私は話半分で返事もせず、執務室を飛び出して、急ぎ城下町に向かった。
※ ※ ※
王家特有の髪と目はしっかり魔術で目くらましをかけ、平民の恰好をして私はこっそりとエードルフの後をつけてきていた。
ふっふっふ。この姿はさすがにエードルフも知るまい。
エードルフは平民の恰好をし、頭は布で巻いて隠す程度で目はそのまま。
昔からエードルフもこの町には出入りしており、護衛としても優秀なクラウスの息子、ルドヴィルが側におる。
だが今回の心配はそこではない。
それなりの試験を経て選抜される騎士専科とはいえ、素行に問題のある者やエードルフの将来に悪影響を及ぼすような交友関係なら、こちらから何とかしてやらねば。
もう二度と女狐のような輩を近づけてはならないのだ。
エードルフは友人達と連れ立って何やら食堂に入ったので、私も少し後から扉をくぐった。
中は平民の店らしからぬ造りで、貴族向けの店のように、カウンター越しに男が一人、人数を受け付けている。
「一人だが、頼めるか?」
「お客さん、予約はあるかい?」
「いや、ない」
「すまねぇな。予約のない奴は1刻待ちだ。ここに名前書いてまた来いよ」
男は名前を書くよう、紙とペンを差し出した。
そんなに待っていたらエードルフ達が出てくるではないか!!
少し考え、小狡いがあの男に出てきてもらうことにする。
私は心持ち大きめに“レオン・ストーヴィント”と名前を書いて男に渡すと、男は名と私を二度見して驚いた。
「ん? お前さん……。も、もしかしてあの“つむじ風のレオン”さんか?」
男は感動に打ち震え、憧れの眼差しを私に向け、私はこくりと頷いた。
「そうだ。先ほどの若者達をつけ回す輩がいて、その者を追っている。未来ある若者達は護られねばならない。ご亭主も協力してくれないか?」
こうやってエードルフをつけまわす……いや、ひっそりと見守っているだけだというのに何故か厄介事や事件が発生し、仕方なく解決しているうちに城下町の者は私をそう呼ぶようになった。
ご亭主は深刻そうな顔で相槌を打ち、
「そりゃあ大変だ。“つむじ風のレオン”の頼みなら聞かない訳にはいかねぇよ。ちょっと待ってな。今、席を用意してやる」
と、エードルフ達の視線を遮る壁際の席を作ってくれた。
通された席は実にいい具合に声は聞こえ、姿は見えない。
「ああ、とてもいい席だ。ありがとう、ご亭主」
と心づけの金貨を一枚渡して、私は会話に耳をそば立てた。