騎士専科へ
エルフリーデの件や出仕問題からすっかり解放され、俺は軽やかな気分で無事に騎士専科に再入学した。
と言っても、俺もルドヴィルも魔術科で共通の基礎科2年は終わってるので、騎士専科から履修となる。
俺の様な選択をする者、家の都合、学費の都合、基礎科の留年、色々な理由があり年齢も様々だから生徒は互いに名前だけで呼ばれ合うのが学院の伝統。
そして騎士科は全寮制で上下の規律は厳しく、授業は体力勝負。
上下といっても身分差のことではなく、教える者と教えを乞う者、その違いだ。
教える教師達が一番偉くて、相手が俺であろうと決して区別も忖度もしてくれない。
だけど魔術科より余程性に合っていたらしく、早起きも素振りも、地味な基礎訓練でさえ全く苦にならなかった。
何より男ばかりで気をつかうことも、つかわれる事もなく、とても居心地が良かった。
同級生達とは立場上、もっと距離を置かれるかと覚悟していたのに、一緒に訓練に明け暮れる日々。
何もかもが新鮮で楽しく、いつの間にかヒョロヒョロの細身の身体は、大剣を振るうための筋肉で覆われた身体に出来上がっていく。
ルドヴィルには訓練のしすぎだ、これ以上は今後の縁談に障るからもう少し考えて訓練した方がいいと注意されたけど、見た目で向こうから断ってくれる口実ができると目論んで聞かなかった。
事実、長期休みの時の舞踏会には大分声をかけられることが減って、とても穏やかな気分で舞踏会に参加できた。
俺はますます訓練や剣術に没頭していき、ルドヴィルも諦めてくれた。
困った事は一つだけ。手持ちのシャツやトラウザーズのサイズが変わってしまった事くらいだけど、かまわない。
どうせこの先、婚姻する予定もないし。
俺は結構満足して騎士専科での日々を過ごしていた。
※ ※ ※
今日の座学講義は午前まで。午後は休養日の白の5の月の日。
筆記用具を片付けて寮に戻ろうとしていたところ、
「よぉ。エードルフ。午後は城下町付き合えよ! うまい昼飯とエール、奢ってやるぞ!」
と、隣の席の男、ユリウス・フェルトナーが声をかけてきた。
ユリウスは王都出身の平民でどこかの商会の息子、色味の少し薄いグレーの瞳に明るい夕日色の短髪。
俺と同い年で入学は半年ほど前と少しずれていたが、講義が隣同士で自然と仲良くなった。
「行く! 肉か?」
奢りの一言に俺は飛びついた。
筋力維持には肉だ。肉以外受付んぞ!!
「いんや、これが魚と野菜を使ったオースティー料理なんだ。調理器具もオースティ―から仕入れてやってる本格派だけど、田舎料理で庶民向けなんだとさ」
ユリウスはちっちっと人差し指を振って俺の期待を裏切った。
がっかりだ。魚じゃ腹の足しにもならないし、綺麗なお肌は剣の役には立たない。
まあでも奢りならいいか。
「すんげぇ旨いって、町の女共には今大人気なんだよ! な、付き合ってくれよ!!」
ユリウスはぱん、と両手を合わせて俺に頼み込む。
そこはコルティーレという店で、元々女向けや女連れの男に狙いを絞った店らしく、一人ではとても入りにくい店らしい。
最近デートするなら絶対ココがいいとか、狙ってる女の子をここに連れて行けば、確実に付き合えるとかとさまざまな噂のある店だ。
つまり俺は下見に付き合わされるらしい。
「お前、飯より女狙いかよ!」
「当たり前だ。もうすぐプルファ祭なんだぞ! 今知り合わないでいつ知り合うんだよ!!」
ユリウスはふんぞり返って、堂々と俺の言を肯定する。
いつの間にかルドヴィルが側に来てのほほんと言った。
「そろそろリボンの先約、しないといけませんものねぇ」
プルファ祭とは年度替わりの時に行われる祭りで、女達は皆、夜のパーティーで左手に髪の色と同じリボンを結ぶ。
細かいルールはあるが、このリボンを男に解かれるとひと夜の恋人という訳だ。
特に独身者同士はこの日を境に本当の恋人となり、やがては正式婚姻となる可能性もあるから気合いの入り方が違う。
「だろ!? コイツの女嫌い、何とかした方がいいぜ、ルドヴィル!!」
「別に俺が結婚しなくたって、この国が滅びる訳じゃなし」
王位継承権なんて下っ端だし、大体次はレオンハルト兄上だ。
兄上だってもう結婚なされたし、そのうち子も産まれて継承権はもっと下がるし、俺が結婚して子ができたところで、せいぜいこの王家の色が子供に引き継がれる程度だろう。
どこにも誰にも迷惑をかける訳でもない。
「いいえ。エードルフ様がご結婚なされれば先王陛下も陛下もとてもお喜びになられるでしょう。特にレオンハルト陛下は新しい職責でも用意して今後も王宮住まいにする程度には」
「ちょっと待て! それだと俺は一生王宮住まいじゃないか!」
嫌だよ。一生王宮で毒見後の冷めた飯に公務と貴族笑いの社交ばっかりとか。
俺の幸せは騎士団寮で、毎日の早起き素振り走り込みにあるんだよ。
「あの方が陛下となられるのが運の尽きでしたね。陛下はとても有能で、エードルフ様を手元に置くためなら法だって変えますよ。愛されてますねぇ」
感嘆を込めて言うルドヴィルに、ユリウスはちょっぴり怯えた顔をして、
「えっ。何それ。すっげぇ怖い。お前、さっさと結婚した方が身のためじゃねぇ?」と俺の身を案じてくれるけど、絶対面白がってるな、コイツ。
ユリウスの癖に生意気なっ。
「お前達うるさいぞ。結婚結婚って。今の俺の幸せはうまい飯と剣術訓練にあるんだよ! ついでに新しい豆菓子でエール飲みたいから早く行こう」
大体結婚したって離婚すれば意味ないって思わないのか。二人は。
一人で一生を終える者にもう少し生きやすい世の中にするべく、まずは養老院の充実を兄上に提案しようと俺は考えつつ、二人を急き立てた。