閑話~その頃のリーフェンシュタール伯~
――今年も領地は恵みが少なかった。また金の算段を考えねば。
私は青色吐息で帳簿を閉じた。
リーフェンシュタールの領地は痩せていて魔力も少なく、作物が育ちにくい。
そのため領民達は中々領地に定着せず、土地が荒れていく。
土地が荒れれば人も離れを繰り返して、ますます経営は悪化の一途をたどった。
分かっていたが、数字として突きつけられると、余計に失ったものの大きさに未練が残る。
世の中には生まれただけで、人も羨むような権力や才能を手にする者もいると言うのに。
私はあまりに惜しくて処分できなかったエードルフ殿下の釣書をめくる。
王宮の花と呼ばれたご側室リーゼマリー様を母に持ち、正妻の子である兄や姉にも引けを取らぬ魔力許容量と、王族たる“青”を引き継いだ“青の殿下”ことエードルフ殿下。
今年18歳で魔術専科を優秀な成績で卒業予定、今後は婿入りまでご公務と、王宮でレオンハルト王太子殿下の補佐官として政務に携わる。
故に婿入り先を探している、と国中の伯以上の貴族に知らせが来たのは昨年の事。
娘は見合いに一も二もなく同意してくれたが、私も娘も選ばれるとは思っていなかった。
見合い条件である伯以上で年頃の娘のいる者、継がせる家のある者、そのようなところしか満たしていないというのに、多数の候補者からエルフリーデが選ばれるという幸運を得た。
更に陛下は我が家の事情を鑑み、私を要職に付け、殿下の婿入りの際には直轄地の割譲までお約束下さった。
今までいいことなどロクになかった私に、いや、父や祖父だってこんな幸運などなかったに違いない。
妻を亡くして以来の嬉しい出来事に親子で飛び上がって喜び、殿下を迎えるその日を待ち望んでいた。
娘もぼんやりと待たせる訳には行かない。
あまり勉強には向いてない娘だが、娘も精一杯応えてくれた。
殿下の婚約者として、あちこちの夜会やお茶会の社交に殿下と参加し、愛情を育んでいった。
――ただ一点を除いて。
娘にはよくよく言い聞かせて、殿下かマティアスかを選べといったにもかかわらず、娘はマティアスを手放していなかったのだ。
それを知った殿下は、約束を違えたと婚約解消を申し渡した。
殿下はご側室の立場であった母君リーゼマリー様を大層不憫がっており、自分が家庭を持つときは側室は持たないとお決めになられての条件であったのだ。
エリィを選んだのは、そんな殿下が理想とされている家庭で育った娘だから選んだのだと後で聞かされた。
私に残ったのは、殿下の婿入りを当てにした多額の借入金だけだった。
領地経営の赤字補填用借入金に、娘の学費に社交、領地の屋敷の修繕や使用人の給与、新居の新築などで使いはたし、もう返す当てがない。
(いや。もうすぐ砂糖の原料となるシュルーベ収穫がある……)
あれは荒地でもよく育ち、砂糖の原料となるから、まあまあな値がつく。
それに娘の婚約解消はされたものの、私はまだ、国と王宮が出資者の「孤児支援育成基金」の責任者だ。
その基金から少し借りて、収穫後すぐ返せば問題ない。誰も気がつかない。
――だってほんの少しの間だけ借りて、すぐに返すのだから。
私はそう自分に言い訳をして、基金に手を付けた。