つむじ風のレオン⑥~花街決着編~
明けて今日は約束の日。いつもの平民服ではなく、今日はより貴族らしく見えるコート姿でフィオナの部屋へ案内してもらう。
「こんばんわ、フィオナ。お招きありがとう」
「いらっしゃい! レオン!! 今日はよろしくね!」
「任せるがよい。そうじゃ。今日はこやつを紹介しても良いか?」
私の側で下がっていた男は、促されて一歩前に出る。
「初めまして、フィオナさん。ユリウスとお呼びください」
見た目の愛らしさと寝台の上の落差に評判のフィオナでも、いつもの声と調子で淀みなく挨拶し、いつものように礼をとる。
その態度は“フィオナに心を奪われた”形容を一切見せない無関心ぶり。
(やはりダメか……。このまま独り身を貫くつもりであろうか。。。)
そんな失礼な態度を気にも留めず、
「うふふ。初めまして。レオンの紹介なら安心ね。ぜひ贔屓にしてちょうだい!」
とフィオナは朗らかに右手を差し出した。
「ええと…その……き、機会がありましたら?」
言葉の裏を想像したのか、途端にぎこちない動きで差し出された手の甲にキスを贈る。
急におかしくなったエードルフに、フィオナは「あら?」とほんの少し首をかしげた。
「失礼、フィオナ。こやつはカチカチで、縁づく女しか許す気がないのだそうだ。全く持って損をしていると思わんか?」
「あああっ……!! 兄上!!!」
予告なくバラしたからか、エードルフはワタワタとしている。
「まぁ、いいお年なのに初心でカワイイわ!! 一度だけでもダメなのかしら?」
後はもう恥ずかしい事はないのか、開きなおったエードルフは明瞭に答えた。
「私が愛するのは生涯一人と決めているので、ご遠慮申し上げます」
エードルフがはっきり断っても、フィオナは機嫌を損ねるどころか、ますます気に入ったのか、
「ねぇ、ユリウス。私、新しい香が欲しいのよ。贈って下さらない?」
と、面白そう半分とからかい半分の表情で、常連向け定番の“おねだり”をする。
「香ですか。えーと……」
エードルフは何と返答すべきか困った様子でちらりと私を見て助言を求める。
『断ってはならぬ。誘いを袖にしたのだから。“詫びとして最近の気に入りを贈る”とでも言っておけ』
私はエードルフにしか聞こえぬよう、術を使って回答を教えた。
「そ、それでは……。えー、お詫びに……さ、最近の気に入りをお持ちしましょう? あ、貴女も気に入ってくれると良いのですが?」
晩餐や茶会の貴族相手なら、足元を3度は掬われるようなたどたどしさで、エードルフは何とか言い切った。
「素敵! 楽しみにしているわね!!」
フィオナは上機嫌で手を打って喜び、別の者へ挨拶へ行くためその場を離れると、入れ替わりに今日の待ち人が近づいてきた。
私とエードルフは少し緊張して身構える。
「これはこれは。聞き覚えがある声と思ったら、城下に名高いレオン・ストーヴィントではないか!!」
嫌味ったらしく近づいてきたジジイ。前シュライブ伯だ。
自分を分かりやすく誇示したいのだろう。身に纏う香りを主張するために殊更に近づいてくる。
もちろん私もこれに乗ることにする。
「おや、これはこれはこれは。今日の主役ではございませんか。まっこと、良き香りですな!」
部屋に使われている香と同じ者が“一番手”になる。最上階の一番手ならさぞ機嫌は良かろう。
一番手が余程嬉しかったのか、“良き香り”どころか、つけすぎで私の鼻がおかしくなりそうなほどだ。
「“レオン”を押しのけて、フィオナの“一番手”を務めるなど大変名誉な事。夜明けまで“二番手”に順番が回らなかったら許してくれ!」
シュライブ伯は下卑た笑いで二番手の私を見下す。
「いやはや。不覚を取りましたよ。何せ次も私だとフィオナが囁いてくれたから、馬鹿正直に信じてしまいました。全く女性とは、げに難しくて魅力的な生き物ですよ。どう口説き落としたのか、ぜひ手法をお伺いしたいものです」
側でエードルフも見ている。これも仕事だと自らに言い聞かせ、苛立ちを見せないよう言葉を継ぐ。
「ははは!! 何も大した事はしておりませんよ。そうですな、ちょっと強引な方が女どもは喜びます。参考にするといい」
最低限の決まり事も守らず、自分の欲望を押し付けるだけなど、愚劣の極み。
こやつの目には女性の形をした道具にでも見えておるのだろうか? フィオナでなくとも相手にはしたくない。
本当に最低クソ男だ。花街作法をあまり知らぬエードルフでさえ呆れておる。
「ほぅほぅ。例えば禁術を忍ばせた香を使って、意思を奪うとか、ですかな?」
ニヤリと笑う私に、伯はぎくりと反応した。
「い、いや……まさか。禁術は違法ですぞ?」
先ほどとは打って変わって、固い笑顔に冷や汗と不可思議な表情で、ちらちらと香炉のある方向に目線を投げる。
「そうだな、禁術は違法だ。ましてやフィオナは一般市民。そんな危険な術を使われたらひとたまりもない」
私も香りの元である香炉へ堂々と目線を送る。
「あなたの香はすべて私が“上書き”しました。術はもう効きません」
エードルフは私の側ですぐに割って入れるよう、油断なく身構える。
「貴様……何者だ? 私の香の術を上書きするなど……」
伯は“上書き”という単語で思い至ったのか、ようやく顔色を変えた。
私達は髪も目も変えているとはいえ、声や形まで変えた訳ではないというのに。
「引退でずいぶん耄碌したようだの。其方こそ既に私の術の中と言う事に気が付いておらんのか?」
ぱちんと指を弾き、私が掛けていたまやかしの術を解くと、客人達はすべて仕込んでいた影たちに、私や傍らにいたエードルフは本来の姿に変わる。
すべての目線が注がれた伯は途端に蒼白になり、ぶるぶると震え一歩後ずさった。
「ま、まさか。どうして……? レオンハルト陛下と“青の殿下”がこんなところに……」
「近衛の私があなたを捕縛する、そのためですよ」
「うむ。近衛には捕縛権があるからな。エードルフ、二人を“捕縛せよ”」
「御意」
影の一人がノリスを後ろ手にして引っ立ててくる。
「は、離せ。離してくれぇ~~! お、俺は……俺は伯に騙されて場所と人を貸しただけだ! 禁術だって知らなかった。だから無実だ! た、頼む!! 金ならいくらでも払う!!」
エードルフはノリスを一瞥し、
「黙れ! お前は代筆者達の石をどこへ封じた? 事と次第によってはお前も重罪だぞ?」
と普段とは打って変わって実に近衛らしい、厳然とした物言いで応じる。
ノリスはエードルフの迫力と“重罪”の一言にすっかり竦み上がり「み、右の隠しに……」とあっさり白状した。
エードルフが右の隠しに手を入れ、術式が書かれた紙を探り当てたエードルフが上書きするといくつかの婚姻の石が現れた。
「……これで全部か? 他は?」
「は、はい。他はありませんっっ!!」
回収した石をとりあえず影に預け、エードルフは、
「代筆ギルド後見人、前シュライブ伯。そして、代筆ギルド長のノリス、貴殿らを禁術作成指示の容疑で捕縛する。申し開きは官吏の前でせよ!」
エードルフが捕縛術式を展開すると、両手を前にして魔力で縛られると同時に膝をつかされる。
「こんな屈辱……命令書もなしに貴族を捕縛など絶対認めんぞ!!」
捕縛術式で石を取り上げられた伯は、髪留めが外れて髪がばらりとほどけた。
「見苦しい!! 国王である私が近衛に命じる、それこそが命令書だ!!」
私はすっと目を細め、下から睨みつける伯を睨み返す。
「其方は貨幣用の術式についても聞くことがある。覚悟せよ!!」
伯はギリリと唇を噛みしめていたが、それ以上言い返すことはなかった。




