つむじ風のレオン⑤~代筆屋捜索編~
フィーの誘いに後ろ髪を引かれつつも、問題の代筆屋の近くでエードルフと落ち合い、店に向かう。
既に夜遅い時間だ。近隣の店もギルドも門や出入口を固く閉ざし、あたりは静まり返っている。
私とエードルフは、代筆屋の出入り口にある人除けの術式を壊して店内にそっと侵入する。
二人で手分けして店内のあちこちひっくり返し、禁術の製作者名や禁術の代筆痕跡などないか探した。
だが、およそ標準の代筆屋というところで、書き残されていた術式も顧客一覧も紙もインクもペンでさえ、特段変わったものは見当たらない。
「手掛かりか証拠でもと思ったが、さすがに目立つ表には置かぬか」
「そうでしょうね。禁術と言っても代筆だけなら特殊な道具は不要ですから、代筆者でも探して証言か再現させた方が早いのでは?」
同じく魔術に心得のあるエードルフも同意見だった。
書き手……そうなると証拠も取引者の名もそちらに保存しているのだろう。
「一理あるの。おおっぴらにできぬものを書かせておるのだから……」
「私なら目の届く場所に留め置いて書かせるでしょうね」
エードルフは、若すぎる赤葡萄酒を飲んだような渋い顔をしてため息をついた。
「同感だ。ならば書き手はどこにいるのか? ふむ……」
私は腕を組んで考える。
「店の奥まで探しましたが、そのような場所も部屋もありませんから、恐らく術で部屋ごと隠されているか、シュライブ伯の屋敷や領地でしょうか?」
「領地……は王都から離れておるし。王都の屋敷か店のどちらかと思うが。ただ伯の性格的に屋敷内に留め置くことは考えにくいの……」
エードルフも同意して頷いた。
「そうですね。伯は常々平民を蔑み、社交界で堂々と平民嫌いを公言してましたからね。屋敷や領地の使用人に平民がいるというのに……」
エードルフも行き会ったことがある伯を思い起こして、いい顔はしなかった。
「やはり店のどこかでしょうか?」
「だと思うが……ううむ。さっきから探索範囲も魔力も大きくしているんだが、全く反応せん!」
私は店内をぐるりとめぐらして顔をしかめる。
出入口を術で隠してあるなら、術者より強い魔力で術式に干渉して壊せばよい。
だが、術式自体を隠しているのか、どれだけ魔力を流しても反応がなかった。
「腐っても貴族だな。いっそ店ごと“上書き”するか?」
私は苦々しくカウンターに刻まれた来客用の人呼び術式をパシリと叩き、睨みつけた。
探索が効かないなら、建物ごと違う術に書き換えてしまえばよい。
上書きとは、他人の魔力で完成した術式へ瞬間的に大きな魔力で強引に割り込みをかけて干渉し、魔力抵抗をねじ伏せて書き換えて、元の術の効力を失わせる。
と、まあ原理は非常に単純だし誰でも考えつくが、術者より大きな魔力が必須。
生活魔術程度ならともかく、建物ごと複数の術式となると高出力が必要で、耐えられるのが王族や魔力に恵まれた才ある貴族くらいだから、上書きを使う者は少ない。
「兄上、“上書き”なら私がします。騎士専科で身体を鍛えたら、また増えたんですよ!」
術式代わりの短刀をぐっさりと人呼びの術式に突き立て、とっくに私以上の魔力を扱えるエードルフはニコリと笑う。
「お主、まだ増やしとるのか! もう充分であろう!!」
「多くて困る事はありませんし、ここまで来たらどこまで増やせるかと興味もあって」
エードルフにとって許容量を増やす事は、自分の貯金か小遣いを増やす感覚なのだろうか? 少々頭痛を覚えた。
許容量を増やすには、限界ギリギリまで負荷をかけて少しずつ身体を慣らす。
限界まで上げているから、訓練中に少しでも意識を飛ばしてしまえば魔力制御不能となり、自身を魔物化してしまう。
今のエードルフが魔物化したら、仕留めるのにどれだけの人的損害が出るのか……考えるだに恐ろしい。
「はぁ……。あまり無茶はしてくれるな。私で仕留められる程度にしてくれ」
私は二~三歩、エードルフから離れる。エードルフはひとつ呼吸をし、限界ギリギリまで一気に魔力を地から体内へ吸収する。
吸収した魔力で皮膚がブクブクと泡立ち、ユラユラと青い魔力が身体を包みこむ。
自身が変化しそうなギリギリまで魔力をため込んでから、短刀の柄を掴んで一気に建物全体へ流し込んだ。
すると、パキンパキンと家鳴りのように術式が壊れる音がし始め、店内のあちこちから仕掛けられた術式が現れる。
「22、25、28……。数にして30は下らないな。隠し部屋へは私が行こう。其方は少し休むがよい」
私は背後に突如現れた地下への階段を指差し、降りようとしたら、
「ご冗談を。主君に庇われる護衛など、近衛の恥でございます」
と、エードルフは涼しそうな真顔で先頭を取り、疲れている癖にしっかりした足取り風を見せて階段を降りる。
護衛らしく頼もしいことで感心だが、やせ我慢を覚えた事に私は少し寂しさを覚えた。
※ ※ ※
私達は慎重に階段を降りると、エードルフは足を止める。
「どうした?」
上書きしたから術は解けている。支障はないはずだが。
「見てください兄上、この術式……」
エードルフは少し避けて上書きで現れた鍵穴の術式を指すので、私も覗き込んだ。
「牢獄用の術式……こんなものまで用意しておるのか……」
物理鍵と対になるよう組まれた術式。不用意にここから出れば両手が落ちるようになっている。
牢獄なら受刑者の抑止になるが、代筆業の彼らには過分すぎる罰であるし、何かの拍子に踏み越えないとは限らない。
全くもって危険すぎる。
「……ひどい事をする。さっさと保護しよう」
一つ頷くと、物理的な鍵はエードルフが壊し、私はドアを開けて大声で宣言した。
「ここで違法な禁術の代筆が作成されているとの密告があった。今から検分を行うので全員動くな!」
突然の訪問に5人の男女が“禁術”の文言で途端に怯えた表情をして、椅子に座ったり、立ったまま固まっていた。
「な……! 禁術?!」
「私、禁術なんて聞いてません!!」
「お、お前達こそ誰だ!」
「割のいい代筆があるって……」
「ボク、婚姻用の髪飾りを買おうと……本当です!」
彼らは様々に反応を見せ、口々にここにいる言い訳をする中、エードルフはさらに奥を調べに行く。
「皆、落ち着きなさい。私達の目的は検分であって捕縛ではない。少し話と協力を願いたいのだ」
私が言うと、皆は少し安堵の表情で静まり各々手近な椅子に腰掛ける。
伯やギルド長が甘言や報酬で釣って、仕事中は閉じ込めておき、出ようとしたら手をちょん切って落とすと脅迫。悪趣味極まりないやり口。
と、ここではたと気が付いた。
仕掛け扉と隠し部屋。この用心深さなら、彼らは禁術の事を話せないように誰かの石と契約させられておるかもしれない。
今日はまだ白の1の月だし、本人を捕まえて契約を破棄させるまでは慎重に聞き出さねばなるまい。
「其方たち、良いというまで声に出してならぬ。こちらの質問は首を縦か横に振るだけでよい」
皆一斉に縦に振って同意を示す。
少し待つとエードルフが戻ってきた。
「奥は寝台や台所といった生活の場と隠し戸棚があり、やはりありました」
エードルフが差し出したのは何冊かの帳面だ。
開けば禁術作成に協力している魔術師の名前や連絡先がずらりと載っている。
「この者たちに加えて、帳面と証拠品があれば十分捕縛理由にできるな。其方たちの代筆していた術式は?」
私は各々書いていた術式を出させる。
「これは……貨幣用の術式で、こっちは……例の術式ですね」
エードルフは見覚えのある術式に唇を噛みしめる。
「過ぎた事だ。次は間違えなければよい。こっちも問題だな。貨幣用とはまた大それたものまで手を出しおって……」
貨幣には一つ一つに保証の術式が刻んである。
エードルフが代筆された術式に魔力を通すと、術式を刻んだ年と、王家の紋章である月に祈る聖女と、その月が私の守り月である白の5の月の姿で現れる。
違うと気づいたのは、その月にごく小さく私の名をある法則で刻んでいたのだが、微妙に位置や文字が違うのだが、見慣れない者は騙されてしまうだろう。
偽の金貨や白金貨に刻んで市場に流通されたら、市場は混乱する。
「禁術で飽き足らず、贋金までとは。あのクソじじいめ!」
私は口汚く罵った。
「兄上、お言葉が過ぎます」
「すまぬ、興奮した。贋金は至急クラウスに調査指示しよう。照合用の術式も必要だな」
私はひとつ息をはき、彼らに向き直る。
「其方達をしばらく別の場所に移したい。少しばかり協力してくれぬか?」
彼らはこくりと一つ頷き、立ち上がる。
エードルフは彼らをひとかたまりにすると、「場所はどちらに?」と訊ねる。
「来客用の離れにある客間を使え。広さは十分であろう」
「承知致しました。それでは送って参ります」
「私も奥を見てから移動する。其方は向こうで待て」
「御意。お気をつけて」
エードルフが術式を展開し王宮の客間に移動したのを見届けると、私も奥の部屋を確認しに行った。




