つむじ風のレオン④~花街宿探訪編(雲行き妖しい?)~
禁術の件は表沙汰にできぬと半ば諦めておったが、早々にこんな機会が巡ってくるとは。
こんなに早く、私の可愛い弟をあんな目に遭わせた阿呆共を締め上げる機会が来ようなど、本当に私はツイておる。
きっと守り月の幸運かの。今月は神殿への寄付を弾んでやろう。
(で、代筆ギルド長とシュライブ伯をどうやって確保しようかの……)
店や屋敷に国王の名で近衛を介入させても証拠は隠蔽されてしまうだろうし、“レオン”の名では目通りはできない。
それに万が一にでも、エードルフの名は出したくない。
(理想は秘密裏に誰にも悟られず捕縛、が一番よいのだが……)
協力者が欲しかった私は少し考え、ある馴染みの店に足を向けた。
※ ※ ※
「今晩、フィオナはもう客を取ってしまったか?」
私は店頭で受付をしている女主人に声をかけた。
「あーら、レオンじゃない!! あんたを袖にしたら、アタシがフィオナに叱られっちまうよ。行きな!」
「おお! では一晩、邪魔するぞ!」
勝手知ったるというやつで、一晩の料金に少し上積みして中に入る。
まだ宵の口で客も娼婦達もまばらだ。
私は部屋を持てない娼婦達が共同で使う、ろうそくだけの少し薄暗い待合広間を抜けて、奥の階段を上がる。
5階にある最上階がフィオナの部屋だ。
まずはフィオナ付きの小姓に私の来訪を伝え、寝室の隣にある応接間に案内してもらう。
こちらは一階の広間とは違って、魔術灯を使っているから本の文字が読めるほどに明るく、既に私好みの香が焚かれていた。
「フィオナ……フィー、どこに――」
いるかと聞く前に、どこからかフィオナが飛びついてきて、目の前が一瞬はちみつ色に変わった。
「きゃあ!! 本当にレオンじゃない!! 元気だった?」
年頃の娘らしい華やかな声に、緩やかに巻いた豊かなはちみつ色の髪を下ろし、薄い生地のドレス越しに豊満な胸が押し付けられる。
「ははは。フィーも元気そうじゃの! ほら、これは土産じゃ!」
私は途中の店で買った小袋を渡すと、フィオナは早速開ける。
「わぁっ、すもも飴! 大好きよ!」
フィオナは好物で明るい笑顔を見せた。
「どういたしまして。今日は頼みがあっての」
「あら、頼みって何?」
フィーは抱きついた腕を少し緩め、新緑の新芽色の瞳に興味を浮かべて見つめ返す。
「其方の名で渡りをつけてほしい人物がおるのだ。私の名では接触できなくて困っておる」
フィオナはこの宿の最上階に部屋を構えている。
最上階に部屋を持てるのは高級娼婦で最上位。下手な貴族達より人脈も顔も広く、誘いを袖にする男は阿呆の極みだ。
だから大抵は断らない。男限定にしか使えぬが、今回は十分だ。
「あら嫌だ。レオンに協力したくない奴なんて、よっぽどの悪人って事じゃない。誰?」
「代筆ギルド長のノリスとギルド後見人の前シュライブ伯。少々目に余るのでな。話し合いたいのだ」
禁術の件は伏せつつ、少しばかりの私怨も混ぜて、私はため息をついた。
「ああ、あいつら。ケチな遊び方しかしないくせに、すぐ寝台に誘うから大っ嫌い。いいわよ。いつ呼べばいい?」
「明後日に。今週中にケリをつけたいのでな」
それに来週はオースティー大使を招いた晩餐会やら、交換留学協会主催の舞踏会が入っておるから、しばらく夜は動けん。
教育事業成功のためにも、出席せねばなるまい。
エードルフが付き合ってくれるから耐えられるのだ。
「わかったわ。明後日に呼んでおく。ちょうど私の1年目祝いがあるから、前祝いでいっぱいふっかけてやるわよ!」
フィオナはとても楽しそうに請け負ってくれた。
こちらはこれでよいな。
「おお、そうであったな。フィーもちょうど1年目か。祝いは何がよいかの?」
一年目祝いは2階以上の部屋持ちの女達が1年その階にいられた事を祝い、親しい贔屓筋を招待して行う宴席だ。
私は応接間の調度品を見回すが、応接椅子にテーブル、細工物の美しいカップや花瓶に生けられた新鮮な花、明かり用の魔術灯。
フィオナは売れっ子だけに、大抵の物はもう揃っている。
「あたし、新しい紅か香が欲しいな。化粧道具は絶対レオンからって前から決めてたしね!」
フィオナは少し照れくさそうに欲しい物を白状した。
娼婦達への贈り物には一定の決め事がある。彼女達の身体や顔に近いものを要望されるほど、彼女達の安心と信頼の度合いになる。
唇に直接使う紅をねだられるなら、私は信頼されている部類の上位であるな。実に嬉しい事を言ってくれる。
「そうか。では2~3、見繕って贈ろう。他に何か欲しいものはないか? 遠慮はいらぬぞ」
「じゃあ、1年祝いだけじゃなく、ちゃんと別の日に来て。今度は夜だけじゃなく、昼間から!」
「ふむ。店前の同伴か。良いぞ。ただしばらくは忙しくての。来月でも良いか?」
「もちろん! 楽しみにしてる!! ね、この後は?」
右腕に絡んで胸を押し付け、右手でドレスをつまんで素足を見せた。
非常に魅力的なお誘いだが、生憎もう行かねばならない。
「すまぬ、これから少しばかり所用があっての」
私はそっと絡まれた手をほどく。
「その代わり今日は何でも好きな事をして一晩ゆっくり過ごすと良い。おごりだ」
「もぅ! レオンのバカッ!! 期待してたのに!!」
フィオナはあっと言う間に機嫌を損ね、ぷいっとそっぽを向いた。
「次は埋め合わせるから、許せ!!」
私は顔をそむけたフィオナの額にひとつキスをすると、裏通りに面した露台から魔力を込めて飛び降りた。




