つむじ風のレオン③~王宮帰還編(雲行き怪しい)~
ああ、なんと……なんと!
昨日はなんと素晴らしき日であったか!!
エードルフと二人、朝から晩まで出かけるなんて何年ぶりだろうか。
これから近衛勤務とはいえ、仕事に慣れるまで邪魔できないし、共に外出などできない。
側にいるのに手を出せない……。そんなの目の前に焼きたての鹿肉があるのに、齧りつけないのと一緒ではないか!
いっそエードルフの公務を増やす方が、一緒にいる時間を増やせそうな気がする。
では……王立学院の学院長を任せ、その引継ぎと称して共に過ごす時間を増やそう。
やはり気分が良いと考えも冴えるな。
賭場で勝った時並みに幸福気分で政務に取り掛かると、クラウスがやって来た。
「本当にレオンハルト様は素晴らしい吸引力の持ち主ですね。私感服致しました」
「む。私は塵芥を集めるハタキではないぞ!」
「こんな大物を捕まえられるなら、一流の掃除夫とでも言っても差し支えないと存じますよ」
妙に神妙な顔をしたクラウスから、紙を何枚か綴った報告書が手渡される。
「ん? 昨日の日付の調査書?」
はて。何か頼んでおったかの? ぺらりと表紙をめくる。
「ああ、この前のごろつき共の調査か。ったく。どこの連中……」
読み進めると実に都合の良い……いや非常に不愉快な事が書かれていて、眉根を寄せた。
「いやはや……。自分が恐ろしくなるの!!」
ざっと読み終えると私は報告書を放って腕を組んだ。
別に何かを狙った訳でもなく、賭場の周辺で見かけたから金品を奪う強盗集団で、被害者多数かと調査させたのだが。
「あやつらはただのごろつきでも強盗でもなく、代筆ギルドの用心棒だったとは」
「はい。もちろんただの代筆屋なら大仰な護衛は必要ありません。不審に思い更に調査を進めたところ、代筆ギルドが元締めとなり、魔術師達の禁術仲介や代筆を請け負っていました」
「そして、大本のギルドの元締めはシュライブ伯だな?」
「左様です。ギルド長のノリスはシュライブ伯とは懇意の間柄ですから、何かしらの便宜を図っていたでしょう」
確かノリスは伯の妻の弟だか兄だか。縁戚関係だ。
「ふん。面と向かって喧嘩も吹っかけられぬ腰抜けジジイめが。ぴぃぴぃとさえずりおってからに……」
あのジジイは反王家派で、私の王太子時代から随分と邪魔をしてくれた。
即位の際、穏便に話し合って解決したと思っていたが、そうではなかったようだ。
「シュライブ伯は代替わりして、今は息子が伯ですよ。ジジイというお年ではありません」
「存外其方も細かいの。将来ハゲるぞ?」
クラウスは少しだけ眉の形を変えたが、表情まで変えるほどではないようだった。
ふむ。また失敗か。この鉄面皮を崩せば3日は酒が旨いのだが、私もまだまだだの。
「大方レオンハルト様の改革が脅威に見えたのでしょう。」
私の言にこれっぽっちも堪えた様子のないクラウスが淡々と答える。
シュライブ伯は代筆商会を所有し、代筆ギルドの元締め。
確かに教育が進めば、自分で字が書け、誰も代筆を頼まなくなり、代筆屋には死活問題だろうが。
「だが、今すぐ代筆仕事がなくなる訳ではないぞ。それまでに次の仕事を作れば良かろうに……」
教育施策は始めたばかりだから、今は希望者全員を受け入れさせているが、落ち着けば基本トールのような子供が中心になる。
この子らが成人し、子を持つようになってようやく効果が出てくる。
代筆ギルドが1年2年で食い詰めるほど仕事を奪うものでもない、と考えたのだが。
「輸送ギルドを使って故郷に金品を送るために、読み書きを学び損ねた大人も通っているようですよ。名や住所の手本を貰えば自学もできますからね」
ああ。なるほど。
送り先や自分の名前と住所を見本に書いてもらい、宛名として丸写しにするのか。それならすぐに使えるだろうし、書いてるうちに覚えるだろう。
その上宛名の代筆料が浮けば、その分仕送りも増やせる。
「で、代筆屋たちは焦って次の仕事に禁術の代筆を始めたのか。悪知恵働かせおって。あのクソジジイめ!!」
私はパシリと握りこぶしを左手に叩きつける。
エードルフに使われた禁術もこの代筆ギルドで書かれたものかもしれん。
万が一にでもエードルフの事が明るみになっては困ると、私も出所の深追いはしなかった。
あれは明らかに元婚約者を庇っておったからな。
「しかし、代筆屋は商会の書類や一般人の手紙の代筆だけじゃない。魔術師達からの術式代筆依頼もあるのだから……」
術式を組むのは魔術師の仕事だが、量産となればどうしても代筆の手が必要。
術が高度ならその分複雑で更に代筆料も跳ね上がる。どうせなら禁術より、術式代筆をやってくれれば良いのだ。
その方が余程世間の役に立つであろうに。
「金で代筆者を伯が釣ったのでしょう。違法ゆえ、こちら側が捕縛するよき口実となりますが」
「ううむ。これは仕方ないのう……私が出向き、話し合ってこようかの!?」
おっと、いかん。
久しぶりに力いっぱい語り合えるのが楽しみで、ついニヤついてパキポキと指を鳴らしたら、クラウスにギロリと睨まれてしまった。
「その様子だと、止めてもご自分が行くつもりなのでしょうね。はぁ……大切な御身ですから、どうか腕だの足だのを失ってお戻りになりませんように。よくよくご注意なされませ!」と、額を押さえたクラウスは、ため息交じりで許可を出した。
「そんなヘマはせん! “影”は借りるぞ!!」
私はすっくと立ちあがり、私室へ舞い戻って早速着替える。
二度と禁術と私に手を出す気分にならぬように、しっかりと丁寧によくよく言い聞かせて参ろうぞ!
ふふふふふふふふふふ。




