つむじ風のレオン②~平民賭場探訪編(雲行き怪しい)~
「来いっ! 白の10!!」
あちらこちらから掛金を告げる威勢のいい声がする中をすり抜け、入口で入場料代わりに買った一杯の葡萄酒とエールを持って人垣をかき分けて進む。
私達は軍資金を増やすため、城下町の一角にある賭場に来ていた。
ここはルーデンスや、タリ、ブラスヴァイスなどの遊びができる。
結構な賑わいだが、いかんせん平民向けのため、男性が多く目には優しくないのが難点だ。
貴族向けの社交場なら、多少女性も居るのだが。
金貨2枚からブラスヴァイスでタネを増やし、エードルフがタリで倍にし、ルーデンスで勝負と思ったが、生憎、席が埋まっておった。
ちと残念じゃが、このルーデンスは席に着かずとも賭けられる。
進行と挑戦者がカードを引いて8か9になった方が勝ち。観客もどちらが勝つかを予想して、合っていれば二倍。
掛け金も天井がなく、簡単だから客にも人気だ。
「どっちだと思う?」
私はエードルフに意見を求めた。
「ここは挑戦者でしょう! 手数料1割は大きいし!」
賭け事には強気なエードルフは進行が勝った時の手数料で決めた。
進行、つまり賭場側が勝てば1割、挑戦者が勝てば0.5割が手数料として引かれた額が戻ってくる。
「取り分は少しでも多い方、だの!」
進行はカードを配り終えるとあたりを見回す。
「さあ、どうする?」
私は脇から手を伸ばし、100枚の銀貨の隣に今日の稼ぎ、金貨を13枚積み上げた。
「挑戦者に金貨13枚を!」
途端にひゅぅ~と冷やかしの口笛がなり、場内がどよめいた。
これで勝てば2倍、正確には0.5割が賭場手数料として天引きされた金貨24枚と銀貨7枚が手に入る。
「旦那、豪気だねぇ! この男気に続く者は!?」
私達につられたのか、テーブルを囲んでいた者たちが、あちこちから声を上げる。
「俺は進行に銀貨50だ」
「んーー。挑戦者に金貨2枚」
「進行に銀貨40。来いっっ!!」
他の客も挑戦者も各々賭けていき、締め切られてカードがめくられる。
「挑戦者8、進行12。挑戦者の勝ちだ」
手数料をいくらか引かれて、進行が淡々と掛け金を振り分ける。
「くそぅ。。。1か月の酒代が……」
「よっしゃー! 会いにいくよ! スレッタちゃーーん!!」
金を手にして浮かれる者、口惜しそうに金を見送る者。
私達も増えた金貨と銀貨を進行から受け取った。
「やりましたよ! あにう……レオン!!」
「うむ、これで目標額達成だな! 集られる前にさっさとお暇だ!!」
我々も見た目控えめに喜び、そそくさと革袋に金貨と銀貨をしまい込んで賭場を出れば……。
「よぅ。金貸してくんね。さっき儲けてたろ?」
いかにも、なガラの悪い男達がつるんで近づいてくる。
金貨24枚だが、やはり目をつけられてしまったか。
こういう時のために賭場の者がいるのだが、生憎と死角なのか私達に気づいた様子はない。
「すまんが使い道は決まっとる。そこをどいてくれぬか?」
事を荒立てぬよう、なるべく穏便にと、下手に出て頼み込んでみたが、
「ああん? 聞こえねぇな!!」
「ほら、さっさと出せよ!!」
「貸してくれたら、俺が倍にして返してやるよ!」
と口々に語り、行く手を阻んで私達を取り囲む。
「どけ、と言ってるんですよ。私達は」
エードルフはニコニコと女子供には大変ウケのいい笑顔を張り付け、腰に忍ばせた短剣をまさぐりつつ私の前に半歩出て、私にしか聞こえぬように言った。
『兄上、お下がりください。ここは私が……』
『む? 私だって訓練は怠っとらん! 相手は8人。3人は引き受けるぞ』
街のごろつき程度なら自分でもいなせるし、今のエードルフが相手だって五分以上に持ち込む自信はある。
大体“つむじ風”の異名は昨日今日に始まった事ではないのだ。今日も吹かせて見せようぞ!!
私はエードルフに背を向け、同様に短剣を掴んだ。
「内緒話は人の前でするなって母親に教わらなかったか? 痛い目見たくなきゃすっこんでろよ!!」
奴らはニヤニヤと各々ナイフを出してひらひらと見せびらかす。
「そんなもので私達が引くと思ったか? 馬鹿者め!」
私とエードルフも、普段振っている剣の半分もない短剣を抜いて身構える。
「へぇ。二人ともおっさんの割にはサマになってるじゃねぇか! 根性だけは認めてやるぜ」
男は口笛交じりにわざとらしく感心して見せ、私達とは違う構えで短剣を向ける。
エードルフはじり、と更に一歩前に出た。
私は魔力を込め、エードルフの背中越しに言った。
『“足”は残せ。それ以外、遠慮はいらぬ』
エードルフは小さく頷いた。
『行くぞ! エードルフ』
「御意!」
エードルフはひらりと躍り出て、護身用の短剣で切りかかる。
私の頼んだ通り、一人で魔力水を使うのが難しい背中を中心に、死なない程度の傷をつけていく。
ひらりひらりとすり抜けながら切る様は、実に優雅で、さながら剣舞を見ているような気分になるが、見るからに浅い背中の傷は、さほど連中の動きを鈍らせない。
「おっさん! よそ見なんて余裕だな!」
私は近くで見ているだろう“影”達に指文字で後を追って報告するよう伝えると、男が短剣を振りかぶるのをかいくぐり、間合いを一気に詰める。
男は驚いたのか、焦って向けられたナイフの切っ先の狙いは甘い。私は除けて脇腹を切りつけてすり抜ける。
更に別の者が襲ってきたので、同じように刃先を避けて間合いを詰め、一気に右腕の腱を切りつけ、返す剣でもう一人の左腕を切る。
途端にナイフを持っていられなくなり、痛みに顔をゆがめながら、派手な金属音を立てて取り落とす。
「クソっ!! 舐めたマネしやがって!!」
「ふん! 一人に二人がかりで襲い掛かる方が余程卑怯であろう!」
私は短剣の血糊を払い、怒鳴り返す。
でも戦術上は間違ってはおらんな。褒めてやる義理はないが。
男達は私達を恐れたのか、今度はひとかたまりになり、6対2の構図となる。
素人相手に負ける気はさらさらないが、足を残すのが面倒臭くなってきた。
私は冷ややかな視線を切りつけた二人に投げた。
「今引いて手当てすれば間に合うやも知れぬが、次は落とすぞ?」
私が短剣で指さす二人は、膝をついてナイフも掴めず、片方は左手で切られた右肩を押さえて私を下から睨みつけ、もう片方は血が出過ぎたせいか、青い顔をして脇腹を押さえている。
腕は完全にちぎれていないし、脇腹の傷も今なら魔力水で治る。引くなら今だと言外から強調した。
「っ……! クソっ、お前ら。行くぞ!」
片腕や命を失うかもしれないという恐怖に負けた男達は、ばらばらと引き上げて行く。
見上げた頭上では、屋根伝いと建物の側に潜んでいた影が追って行った。
私はほっと息をつく。
「ふぅ。あやつら、口ばかりで全然大したことなかったの。エードルフ?」
「……ぁ…あっ……あ・・・」
珍しいの。エードルフが下を向いて震えてるとは。
「ああ。やはり5人相手は厳しかったか? だから私が引き受けると言ったの……」
私がすべてを言い終わる前に、エードルフはがばりと顔を上げると、3軒隣まで聞こえそうな大きな声で
「兄上ーーーーーーっっ!!!!」
と怒鳴る。
「な、何だ!? どうした!?」
至近距離で叫ばれたせいで痛む耳を庇ったが。
「あんな煽るような言い方を……逆上して襲われたらどうするおつもりです!!」
「なーに! あれくらいなら打ち取られたりはせぬし、其方だってそう簡単に負けたりせんよ!!」
と笑い飛ばしたのだが、気に入らないのか、機嫌を直してはくれなんだ。
「そのような問題ではありません! 兄上にもしもの事があったら、父上や皆に何と申せばよいのです!?」
「な、何もそんな怒らんでも……お互い無事だったんだから、良いではないか。。。」
「怒りますし、良くありませんっっ!! 身勝手な事をなさるなら、もう帰って二度とお付き合いしませんよ!」
私はエードルフの発言に青くなって取り縋る。
「だだだだダメ!! ダメだっ!! するっ!! ちゃんと大人しくするから帰らんでくれっ!!」
ほ、他にもやりたい事は沢山あるのだ。
こんなところで終わってたまるか!!
「もう、勝手に危険な事はしないと約束できますか?」
「はいっ! 約束しますっっ!! 勝手はしません!!」
とは殊勝に言ったものの、私は気が付いてしまった。
ならば事前に相談すれば、勝手にはならないという事だな。
実にいいことを約束してもらったの。むふふふふふ。
※ ※ ※
私達は守り切った革袋を手に、意気揚々と劇場前の掃除をしていたトールを呼び止めた。
「トール!」
「えっ! レオンさん?!」
トールは驚いて掃き掃除の手を止め、私達の元へ駆け寄る。
「もしかして、見に来てくれたの?」
「ああ。夜公演の個室席を2枚もらおう。ついでに酒も用意しておいてくれ」
「本当に?! さっすがレオンさん!」
金貨を13枚詰めた革袋を手渡すと、その場で数える。
「2、3、4……。あ、ちょっと待ってて。今、切符と釣り取ってく……」
チリンチリンと金貨を取り出し、革袋を返して劇場に戻ろうとするのを、私は引き留めた。
「いや、釣りは取っておきなさい。手数料だ」
「えっ? だって手数料は多くて1割5分までって……」
トールは明らかに困った顔だ。
何の労もなく金貨を欲しがった時とは違う顔なのだが、気づいておらんのだろうなと微笑ましく思う。
「残りは朝を付き合ってもらった礼だ。多くて困ることはないし、今のトールなら正しい使い方をできるだろう?」
エードルフはしたり顔で言った。
「うん! ありがと!! レオンさんと野菜殿下!!!」
トールの曇りない笑顔があまりに眩しすぎて「実は賭場でもうけた金なのだ、すまぬ」と私は内心で詫びておいた。。。




