現在
リーシュさんから手紙の返事はなかったけれど、登録課を通じて「殿下のお役に立てたのなら幸いです」とだけ伝言を貰った。
強引に会う事もできたのかも知れないけれど、これ以上はリーシュさんを困らせるだけだと会う事は諦めた。
それに、そんな事も言っていられない状況に変わった。聖女様が身罷られたのだ。
王都からも遠く、聖女様の守りは1年目に消えたシュヴァルツヴァルトはあちこちで魔力が湧いて混乱し、領民や家畜に犠牲を生む。
新品種の「リーシュ」が広まる前は家畜もそうだが、人的被害が大きかった。
全体収量も格段に落ち、みんな自分の事で精一杯の時代だった。
その間も俺はじゃがいもだけは意地になってじいさんの品種を作った。
初めて自分が改良した品種で思い入れもあったし、このまま過去に流行った品種として終わらせたくなかった。
魔力が安定したらもう一度作ってもらいたいと、魔物狩りの隙間時間で縮小しつつも作り続ける。
こんな日々はいつまで続くのか。
明日? 今年のプルファ祭まで? それとも……。
領民達も俺達もいつ終わるかわからない不安の日々を繰り返す。
過去の文献だと3年もせず次の聖女様が見つかっていたのに、聖女様は一向に現れる気配がない。
俺達の魔物狩りの日々が6年目突入した頃、ようやく待ち望んだ聖女様が現れて事態が好転し始めた頃だった――。
街で売っているものより、俺の作るじゃがいもの方が美味しい、と褒めてくれる女性が現れた。
とても嬉しかった。ようやく一人前と認めてもらえたような気がして。
彼女は料理が得意でおいしい物が大好き。だけど酒や葡萄酒はちょっと苦手。
この世界に身一つで放り出されても、明るく懸命に働き、馴染もうとする姿に、街の者もいつの間にか自然に彼女を受け入れていた。
俺の正体を知り、結果、俺が王族を追放されても「団長がいるからここに残る」と何一つ彼女は変わらなかった。
「ほら団長、見て見て!! 苦節27回目にしてようやく納得の大きさと味になったよ!!」
俺は今、その彼女と一緒にトマトを改良している。
彼女の手には小さな小さなトマトがちょこんと乗っている。
頭に小さなヘタまで乗っけていて、こんなに小さくても自分はトマトとだと胸を張ってるみたいにパンパンで真っ赤だ。
彼女がこちらの世界でも食べたいと、今のトマトから時間をかけて小さくした。
「ね! 食べてみて!!」
じゃがいもを褒めてくれた女性は満面の笑顔で小さなトマトを俺の手のひらの上に乗せた。
本当に小さくて、ちょっと大きい葡萄の粒のようだ。
ヘタを取って口に入れて噛むと、じゅわりとトマト独特のとろみと少し青い香り、食べた事のない甘さが口に広がる。
「確かにすごく甘い。こんなに小さいのに焼きトマトみたいに甘さが詰まってる! すごく美味しいよ、ハルナ!!」
「えへへへへ。そうでしょ!! 一株からたくさんできるからコスパもいいと思うんだ」
彼女は自慢気にできた株を俺に見せる。
株にはコロコロと小さなトマトがたくさんなっている。
確かに色々な料理の添え物に良さそうなサイズだ。
たくさん採れたらトマトソースはもちろん、干して長期保存したり、干したトマトをオイル漬けにするのもいいのだそう。
「これ、名前は?」
俺が尋ねると、彼女は「うーん。“ミニトマト”? “ヒガシデ”も捨てがたいなぁ……」と、ちょっと考え込む。
彼女は一人っ子でこちらへ来て、家名が代々使われていた聖女の家名に変わったから、元の家名でなくなるのが残念なのだという。
せめてこちらで新品種の名前としてだけでも残って欲しいそうだ。
「登録すれば、ずーっと残してくれるんでしょ?」
俺は「そうだね。登録簿に残るけれど、売れて有名になれるかは別だけどね!」と言った。
途端に彼女は唇を尖らせ、「団長ってば、ひっどい。コレ絶対売れるもん! 売れなきゃこっちから売り込んでやるからね!」と意気込む。
俺の頼もしい奥さんはこの世界に平和と魔力安定をもたらし、俺も今では剣ではなくクワを思う存分振るっている。
ハルナの“おいしい”の一言が聞きたくて。
これにて本編は終了です。
お付き合いいただきありがとうございました。
おまけで兄上の番外編をアップします。




