苦行の舞踏会
父上や兄上を無事説得し終えると、厄介な問題がもう一つ残っていた事に気が付いた。
「なぁ、ルドヴィル。進学するんだから別に卒業って訳じゃないよな?」
何とかして理由をつけて舞踏会から逃げ出そうとする俺の発言にルドヴィルは首を縦には振らず、
「舞踏会は陛下もご臨席なさいます。適当にお相手なさいませ。我儘を聞いて頂いたのですから」
とこれまた面倒なことを言う。
舞踏会会場の入口付近にわんさかいる女性達を、うんざりした気分で眺める。
あの中にはどれくらい決まった相手がいない者がいるだろうか。
こうやってよく知らない女性に合わせて踊る必要があるため、俺のダンスは無駄に上達した。
この先ダンスが人生の役に立つとも思えないけど。
「適当にって……」
俺は口をとがらせつつ、遠くから女性のかたまりをよーく観察してみる。
条件は4つ
・一人参加
・後腐れがない
・後々も遊びに連れていけと言わない
・勘違いして夜をねだらない
たったこれだけ。
相手のいる者にダンスを申し込めば、俺が権力を振りかざしたと相手の男性が面倒を起こすし、次の曲もと引き止められるのもキツい。
一緒に一曲踊っただけで恋人になったと思い、遠乗りだ、領地のどこどこに素敵な池や湖での船遊びだのお茶会だの誘われたくないし、朝まで一緒など勘弁して欲しい。
ダンスの相手は本当にとても面倒くさ……いや気を遣う問題だ。
いっそプルファの夜のリボンみたいに、相手のいない者は髪飾りを右にするとか、腕輪でもつけといてくれればわかりやすいのに、と思いながら歩けばあっという間に入口についてしまった。
そうして入口に着けば着いたで、悩むヒマもなく女達に取り囲まれる。
何だか今日は多い気がするが……。卒業のせいか?
いや。さっきの婚約破棄のせいかな。ちぇっ。もっと目立たない場所でやれば良かった。
「エードルフ殿下、今宵は私と踊って下さいませ!」
「いいえ、私と」
「私も、殿下!!」
「お寂しいのでしたら、今晩は私をお召し下さいませ!!」
これだよこれ。ああ、頭が痛い。
大体俺がエルフリーデと別れたのついさっきだぞ?
どいつもこいつもパートナーを放っぽって。
浅ましすぎる。俺には女達がみんなエルフリーデに重なって見えた。
仕方ないので、必殺の一言を今使うことにした。
「済まない。今夜は陛下の所に行かねばならなくて……」
と言うと、
「まぁぁ。それではお戻りになりましたら、必ずお声掛け下さいませ!」
と女達はため息をついてバラバラと離れていく。
良かったぁ。これで踊らずに済みそうだ。
しかしこれは兄上の婚約者と義母上と踊った後には、こっそりと抜け出した方が良さそうだ。
一人と踊ったが最後、ずるいずるいと全員と踊る羽目になるのが簡単に想像できた。
全員と踊るのなんて話題に困るし、疲れるし、全然いい事なんてない。
「戻りましたら、ぜひ」
マナー講師仕込みの優雅に見えるお辞儀とやらで、ゆっくりと腰を折り、そのまま人垣を抜けて王族の席へ向かった。
絶対戻んないけどな!! と俺は心の中で思いっきり舌を出した。
一連のやり取りを見ていたルドヴィルは、
「また嘘をおつきになられて。今晩、私の許嫁はお貸ししませんよ?」
と少し呆れ顔で俺の考えを先読みした。
「借りないよ! ソフィアはまだ12歳!!」
また学院に戻るのに、ソフィアとなんて踊ってたら“青の殿下、とうとう幼女に手を出す!!”とか校内新聞の表紙に載るじゃないか!!
そうか。どうせ校内新聞に載るならと一つとてもいい考えを思いついた。
「幼女に手を出したと噂されるより、男色疑惑の方が女共を一掃できていいかもしれない! うん、そうしよう。ルドヴィル、一緒に踊ってくれ!」と、ルドヴィルの両手を取って懇願した。
「謹んでご辞退致します。私にも貴族としての外聞がありますので」
と、ものすごい嫌そうな表情で、俺の頼みは断られた。