新品種“フェール”登録
俺は譲り受けた種芋と、じいさんの残してくれた書付を元に改良を重ねていった。
慎重に少しずつ魔力を与えて変化させ、収穫して種芋にし、また植えて変化させて。
魔力の促成栽培もできるけど、ただでさえ多い俺の魔力では加減を間違えて枯らしたりしてダメにしてしまうのが見えていたから、通常通りで育てた。
幸いにもじゃがいもは年に2回は収穫できるし、場所さえ用意できれば連作の心配もない。
この前ちゃんと魔の森側に転移陣を置いてきたから、通うのは難しくなかった。
それから何度も失敗したり、思っていたようなものができなくて、ようやく納得できるようなものが出来た、と思う。
もっと話を聞きに行けばよかった。あの人から教わる事はたくさんあったのに。
残念に思いながら、申請用紙の品種名にじいさんの名を書いた。
「これで新品種登録は完了です。販売権はどうしましょうか?」
「すべて奥様のローレさんへ」
「承知しました。これで手続きはすべて終了です」
新品種の“フェール”は登録され、初めはシュヴァルツヴァルトの数軒から始まったが、品評会で高評価を得たのち、順調に国内に広まっていった。
※ ※ ※
奥さんも亡くなったと連絡が来たのは、新品種登録が承認されてから少し経った頃だった。
人づてに奥さんは登録を喜んでくれて、じゃがいもの味に満足していたと聞いてほっとした。
俺はじいさんとの約束を果たし終えた。
二人の子供は農家ではなく、職人の道に進んだから、誰も畑を継ぐものがいない。
じいさんの畑と新品種の権利を領主に返して二人はそれぞれの場所へ帰り、誰も手入れしない畑は荒れ果てていった。
――それから、とても長い長い時が過ぎた。
その間に聖女様が亡くなり、あちこちで魔力があふれ、魔物によって国は荒れていく。
俺も一時的に王籍を抜け、近衛を辞してシュヴァルツヴァルト騎士団で魔物狩りの日々。
久しぶりに戻った畑の近くには魔の森の監視用に小さな塔が建てられ、偶然にも俺がこの塔の持ち場になった。
エリアス義兄上が設計したという灌漑用水が近くまで引かれてあり、少し掘り起こした土は、休んだせいか栄養が行き渡っていて、少し耕して用水路を引けばとてもいい畑になりそうだ。
今は危なくて平民を住まわせられないけれど。
俺は暇を見て、じいさんがしていたように土を耕し、魔力を撒き、じゃがいもを植えた。
じいさんの畑はちゃんと応えてくれて、離宮で植えたものよりも大きくて収量もよかった。
人間が育てて食べるものは魔力を含み、魔物も寄ってくるから、魔物除けの術式を畑のあちこちに仕込んでおいた。
魔物狩りの片手間にじゃがいも以外もたくさん植えた。
かぶに玉ねぎ、ズッキーニにトマト、バジルやパセリ、キャベツやニンニクにとうがらしになす。
畑はじいさんが生きていた頃の半分程度の大きさに戻った。
実際に作ってみてわかったけど、本当にこの土地はいい。今でこそ聖女様が不在で魔物も出やすいけれど、聖女様がおられれば魔物もおらず、土地や水にも魔力を含んだ最高の場所だ。どんなものもすくすくと育ち、この地を嫌う野菜や果樹に未だお目にかかったことがない。
魔物さえ出なければ最高の土地だ。
せめて聖女様が現れてくれれば、誰かに引き継いでもらう事も出来るが、待てど暮らせど聖女様が現れる気配はない。
その間に登録した品種が廃れて、時代に合った品種にとって代わられてしまった。
残念だが仕方ない。今はそんな贅沢を言える状況ではないのだから。
聖女様がいなければ溢れた魔力によって魔物が生まれ、魔物達は魔力を求めて作った作物に集って食い荒らす。
食い荒らすだけならまだしも、農民を食らい、畑をダメにし、力のない者は飢えにあえぎながら、魔力水で命を繋ぐ辛い日々。
魔の森の魔力に満ち、順調な収穫を得ていたシュヴァルツヴァルト領の様相も一変した。
魔の森から、畑から、牧場から。至る所から魔物が湧いて、作る側から作物や自分が食われる。
そんな苦しい状況を救ってくれたのはその新品種だ。俺は感謝しかない。
この新品種は魔力の乏しい地、旧リーフェンシュタール出身の親子が改良して作り出したじゃがいもだそうだ。
大抵品種名には作り出した者の名がつけられているが、この品種には“リーシュ”という名がつけられていた。
リーフェンシュタールは魔力の少ない地。あまり農業には向いていない土地だ。
だが、他の土地より魔物も出現しにくく、その分だけ魔物被害も少ない。そこに目を付けたのだという。
魔物達も食って魔力を補充するが、特に人が育てた農作物や家畜は土地と作物や家畜と人の魔力の3つが混じっており、味もいいせいか好んで食べに出てくる。
それに目を付けた親子が、リーフェンシュタールで作られていた芋を元に、成長過程でも魔力が残りにくく、植えれば魔物が嫌がって近づかない芋として品種改良して作り出した。
植えるだけで魔物が嫌がるなんて、奇跡みたいなじゃがいもだ。
貴族のように大きな魔力を使えなくても、植えて維持するくらいなら平民でもできるし、毒抜きさえすれば人間も食べられる。
毒抜きは手間だが実付きもまあまあで、人々は飢えや魔物の恐怖から解放された。
一体どこの誰がこんなじゃがいもを作ってくれたのだろう。
品評会で最高位の“青の月”を受賞していたようだけれど、結局王宮での表彰にも晩餐にもリーシュさんは現れなかった。
俺はどうしても直接礼を言いたくて、王宮の登録課を尋ねた。
「このリーシュさん、今どこに住んでいるの?」
「申し訳ございません、エードルフ様。この方の連絡先はすべて非公開となっております。ご希望でもお答えする訳には参りません」
作り手には寡黙で目立つ事を嫌う者も多いという。よくある事で、今回もそんな人なのでしょうと担当者は答えた。
(そうだな。じいさんなら多少嫌がるけど、奥さんにねだられたら渋々くるかな?)
もしこの受賞がじいさんなら、始め喜んで受賞式に悩みつつ、奥さんに城下町見物と晩餐で美味しい物を食べたいとでも言われて、ようやく出たいと思うだろう。
俺はじいさんを想像して、くすりと笑った。
「何か知りたい事は、私達が代理でお聞きしますが?」
どうあっても会えなさそうだ。
俺は少し考えて言った。
「手紙を書くから、本人に渡してくれる?」
「承知しました。必ずお渡しします」
俺は顔も知らないリーシュさんに感謝の手紙を書いた。
これでどれだけの民が救われるか、未来の民を救うか。
あなたの偉大な功績に心から感謝する、と。




