再訪
コケモモの改良は失敗したけど、じゃがいも以降も色々と手を出した。
にんじんや玉ねぎ、ニンニクにキャベツ。ともかく色々と作りまくっては収穫したり、失敗したり。
おかげで母上好みの離宮の庭だったはずなのに、結構な大きさの畑に改造してしまい、庭師のヨハンに泣かれた。
でも離宮なんて俺が時々使うくらいで客人が泊まるわけでもないし、客室から離宮の庭が見える訳でもない。
ヨハンの丹精こめた庭がすこーし狭くなったくらいだ。ヨハンも年だから少しは楽させないと!
俺はさらに気合を入れて畑を広げた。
そうして大量に作って、大量に収穫して調理場行き。
食卓に作った物が並ぶのは結構楽しみで嬉しかったんだ。
だけど自分達で食べる分には多すぎた。
城勤めにでもって……城勤めは大体貴族の子弟か縁戚。まさか知り合いの貴族にやる訳にもいかない。
だったら晩餐会にでも使って欲しいと相談したら「品質的にとても晩餐会に使えるほどじゃない、こんな素人が作った野菜を出せば、この国は下に見られてしまう!」と料理長はご立腹。
素人って言い方もヒドいよ。俺、確かに素人だけど頑張ったんだよ。その辺は認めてくれてもいいのにな。
で、各孤児院にばらまくことにした。
孤児院ではとても喜んで歓迎してくれ、調子に乗った俺はさらにいろいろ作ってと延々と繰り返していた。
おかげで孤児院では、子供達の呼び名が「青の殿下」から「野菜殿下」に変わってしまった。
そんな風に王族の公務と近衛仕官の二重生活で中々休みがないものの、ようやくまとまった休みが取れ、久しぶりにシュヴァルツヴァルト領へ来ることができたのは、次のプルファ祭も近づいた頃だった。
俺はコケモモジャムとできたじゃがいもを持って、じいさんの元へ向かった。
褒めて欲しいっていう下心と、食べ物を作るという事に純粋な興味がわいた頃だった。
※ ※ ※
直接畑に行ったものの、じいさんの姿はなかった。
あのじいさんが、こんな真っ昼間の畑に来ないなんてありえない。
何か変だと畑の一角に下りてじゃがいもの株を見たら、虫食いだらけ雑草だらけになっていて、芽かきもされておらず、土寄せの形跡もない。
手入れも収穫もされず、ずっと放置されていた様子だった。
――魔力を撒けば、しばらくは雑草も虫もつかないはずなのに。
何だかすごく嫌な予感がして、俺は街中へ取って返し、じいさんたちが住んでいる場所へ急ぎ足で向かう。
「ええと……。確か、商店街を抜けてここを曲がって……」
はやる気持ちのまま、うっすらとした記憶と町の人に聞き、少し町はずれの場所にあった見覚えのある家の前に来た。
洗濯物も干してあって、ちゃんと誰かが住んでいる。
少し安心して俺がドアを叩くと、奥さんが出てくれた。
「こんにちわ、お久しぶりです」
「まぁまぁ。いらっしゃい! 久しぶり。元気そうね! さぁ入って頂戴」
良かった。奥さんの笑顔は変わってない。
俺は少し安心した。
「お邪魔します」
部屋に招かれて見回しても、奥さん以外の人の気配がない。
通された台所兼居間用のテーブルには、湯気の立ったカップが一つだけ。
どくんと心臓が跳ねて大きな音を立て、嫌な予感がむくむくと大きく広がった。
「畑……様子が変だと。すみません。急に押しかけて」
俺は勧められた椅子に腰掛ける。
「いいのよ。やっぱり一人だとどうしても気が抜けちゃってね。今はお休みしているの」
ことり、と軽い音と共に、あの日と同じとうもろこしのお茶と、すっかり透けて見える婚姻の石を目の前に置いて奥さんは寂し気に笑った。
「まさか……そんな。急にどうして?」
あまりに突然の事に、俺は言葉を失った。
透明な原石は命が失われた証だ。事故で突然亡くならない限り、婚姻の石は始め真っ黒、契約後は持ち主の色を写し、死期が近づくと徐々に色を失い、最後は透明になる。
「3ヶ月ほど前、青の1の月に召されたわ。そんな顔しないで頂戴。貴方と出会った頃にはもう透けはじめていたから。十分長生きしたのよ。眠るように逝ったから、苦しくはなかったと思うわ」
そうだったのか……。知っていたらもっと早く来たのに。
服の隠しから自分の婚姻の石のブローチを取り出し、両手で握り込んで目を閉じて祈りの言葉を魔力と共に送り込む。
「子らを青き月の腕に迎え、その魂に安らかな眠りをお与えください……」
透明な婚姻の石に送り込んだ魔力は、俺の色を写して消える。
さすがに魔力の色までは変えられない。
奥さんは俺の正体に驚いて椅子から立ち上がり、「青の殿下とは……」と畏まって顔を伏せようするのを俺は押し止めた。
「どうか座ってください。今はただの“ユリウス”ですから、誰も貴女を咎めたりしません。安心してください」
奥さんはほっとしたのか、また椅子に座ってくれる。
「その……ご領主様のお友達か親戚かとは思っていたけれど……。まさかこんなところに青の殿下がいらっしゃるとは……」
恐縮気味の奥さんに、俺はなるべく安心するような口調にした。
「こちらは母の実家で私の後見人。年に一度は必ず来ています。驚かせてしまってすみません」
「でも、ちょうどいい時に来てくれたわ。これはあの人が作っていたじゃがいもよ。あの人から渡してくれと頼まれていたの」
奥さんはようやく安堵したのか、元の口調に戻してくれた。
渡してくれた布袋からはコロコロと少し小さな芋が転がり出てきた。
芽出しをしてあったから、種芋だ。
「これってもしかして……」
奥さんは薄く笑って頷いた。
「ええ。まだまだ改良途中だけど。床に付いてからもね、悔しがっていたわ。どうしても自分の手で完成させて“あなたに食べさせてみたかった”って」
まだ小さな種芋をひとつ手に取り、じいさんが生きていた頃を思い出していた様子だった。
「きっとあの人は嬉しかったのよ。まるで後継ぎ息子ができたみたいで。だってずっと貴方の話ばかりしていたんだもの。あれも教えたい、これを言わなきゃって、たくさん書き溜めていたのよ」
そう言って奥さんは戸棚の奥から麻紐でまとめた書付けを出して、テーブルに置いた。
書かれた文字を愛おしむように撫でて、涙を流した。
「本当、ダメね! おばあちゃんになると涙もろくって。困っちゃうわね!!」
明るい声とは裏腹の、くしゃくしゃの泣き顔をエプロンで拭う姿に、俺は何も言えず、代わりに書付けをめくる。
そこにはじいさんの育てた作物の事や育て方のコツ、品種改良の途中経過、俺の知りたかった知識がずらりと書き連ねてあった。
これがあれば、雪の下のじゃがいもが作れるかもしれない。
いや、絶対作ろう。
「俺ではまだまだ力不足で時間がかかるかもしれないけど、必ず完成させます」
俺は転がった種芋を掴んで、奥さんに約束した。
「楽しみにしてるわ。できたらまた一緒に食べましょう」
奥さんはいつものように明るく笑って俺を送り出してくれた。




