思い出のコケモモ
――ちょっと調子に乗った、かも……。
お仕置きを嫌がったコケモモは、すっかり枯れてカサカサになった。
俺はひどくがっかりし肩を落として、葉っぱを取り去って株を抜いた。
少しの好奇心と魔術専科を終えたいっぱしの魔術師という自負があった。
ついでに言うと、奇跡の復活を遂げたじゃがいもも気持ちに拍車をかけた。
あれはまぐれ当たりだったみたいだ。はぁ。
すっぱいコケモモを甘く改良して、じいさんを驚かせてやろうと思っていたのに。
結果、3株のコケモモのうち、1株を完全にダメにしてしまった。
原因は魔力量の調整とすっぱいものを甘くする段階の踏み方も間違ってるんだ。多分。
品種改良しようとして与えた魔力とか、それともタイミングか、何が原因かわからないけど、少なくとも俺のせいだ。
改良って結構難しいな。もっと違う作物で練習してからやらないとダメだ。
このコケモモは北国シュヴァルツヴァルト領の辺境に住んでいた母上が小さな頃から慣れ親しみ、懐かしんで取り寄せ、母上がご自分で植えた大事なものだったのに。
盛大に凹み、母上はきっと怒って夢に出てきそうだと思いながら葉っぱを片付け、時間ができたら魔の森にでもコケモモを探しに行き、墓前にコケモモジャムとスコーンを供え、母上に謝りに行こうと考えた。
※ ※ ※
残った2株のコケモモからジャムを3瓶と少しを作り、一つは母上、もう一つはじいさんのところへ持っていくことにした。
残りの一つはルドヴィルにやることにして、久しぶりに離宮の東屋に呼んだ。
「これは懐かしい。“秘密のお茶会”ですか?」
ルドヴィルは並べられたティーセットとスコーン、コケモモジャムや軽食に目を細めて破顔し、テーブルについた。
秘密のお茶会とは、俺と母上、時々ルドヴィルでお茶を楽しむ会だ。
場所は離宮の東屋でコケモモジャムとスコーンを必ず添えて、が母上の決めたルールだ。
「母上のところに行こうと思って。久しぶりに作ったからついでだけどな!」
まぁ、俺が作ったのはコケモモジャムくらいだ。
母上はすべて自分で作っていたけど、今回は王宮の料理人に作ってもらった。
「お茶会はリーゼマリー様のご褒美でしたね。本当にお懐かしい」
「今思えば、母上が新しいレシピ試す理由が欲しかっただけじゃないかって思うけどな!」
授業で褒められたとか、使用人を手伝ったとか、たわいのない事を母上は褒めて、お茶会をしてくれた。
言う事聞かない時は、慈悲も容赦もなかったけど。
「リーゼマリー様のお作りになるものは何でも美味しかったですね。私は役得でしたよ」
「不出来な息子ですまんな。受け継いだレシピはこのジャムだけで」
俺はポットからお茶を注いでルドヴィルに渡すと、ルドヴィルは受け取ってこけももジャムを砂糖代わりにお茶へ落として溶かす。
茶を汚すのは不作法だと言われるから、この東屋でしかしないルドヴィルの飲み方だ。
「それも変わらないな。俺はとっくの昔に卒業したぞ」
子供の頃は砂糖を山盛りで入れて飲んでいたが、入れない方が他と合わせた時、もっとおいしいと気づいたときに、砂糖は卒業した。
ミルクは朝食の時、時々入れているが。
「これはリーゼマリー様、直々の“おまじない”ですから」
子供向けの甘いお茶を一口飲んで、ルドヴィルは目を細める。
「ここで聞くと、すっごい嫌味に聞こえるけど?」と俺は苦笑した。
「おや。ここは純粋な心を持っているとお褒め頂くところかと思いましたが」
「言ってろ!」
俺は軽食の塩漬け肉のパテを乗せた薄切りパンを口に放り込んだ。
ルドヴィルは音もさせずにカップを戻し「本当に……リーゼマリー様は感謝しております。これがなければ、私は殿下とこれほど親しくなることはきっとなかった事でしょう」と懐かしそうに昔を思い出してスコーンを手に取る。
俺もスコーンを手に取り、ルドヴィルの昔話に少し付き合うことにした。




