王宮に戻る
ひっこ抜いたじゃがいもを押し付けられた俺は、それを離宮の片隅に植えた。
本当は自分の使っている私室の近くの庭に植えようとしたが、庭師ご自慢の整えられた庭園に、さすがにじゃがいもを植えることは許してくれず、話し合いの結果、離宮の片隅となった。
「これでよしっと!」
片隅だけど母上の植えたコケモモが大きくなった場所だ。日当たりはとても良いから、ジャガイモも気に入ってくれるだろう。
じゃがいもならそれほど手間も必要ないと奥さんも言っていたから、時々様子を見に来て、ついでに魔力を与えればいい。
水は庭師のヨハンに頼んだ。
「じゃ、何かあったら知らせて」
「殿下。儂は花や木が専門で芋など育てた事ありませんよ。それに維持の魔力が混じりません」
ヨハンは庭園に咲く花を長く楽しめるように魔力を撒いて育てているんだそうだ。
切られて飾られる花にヨハンの魔力水を混ぜていた事は知っていたけど、そんな風に維持されていたんだ。
知らなかった。
「魔力は俺がやるから平気。じゃがいもだって花は咲くし、似たようなもんだって。来れない間、水だけはやっておいてーー」
と、指示された芽かきと花を取る以外は時々魔力を株に与える程度でほとんど放置していた。
王宮に戻れば一気に忙しくなったからだ。
父上が退位され、即位したばかりの兄上は目の回る忙しさだ。
俺も“お務め”に駆り出される。王族の義務というやつで、公人に人権なんてない。
週の半分は王宮近衛で訓練や任務。残り半分は自分の通った王立学院の運営や視察、孤児院や養老院の慰問、各領地の視察に兄上の公務の手伝い、そして孤児育成基金の仕事に社交界と私的な休みなどとても取れる状況じゃない。
しかし、つい先日自分がマントを貰ったばかりだというのに、今度は兄上の代理で自分がマントを渡す羽目になるとは。
変な気分だよ。
そんな忙しい最中、ヨハンから伝言を貰ってじゃがいものところに顔を出してみれば、すっかりしおれて元気がなくっていた。
「どうしてぇぇ! お前、一体何が気に食わないんだ?」
魔力を与えながら俺はじゃがいもに話しかけてみた。
……答えてくれないけど。
「ここのところ暑かったからですかねぇ。詳しい人に相談できればいいのですが」
ヨハンにも理由はわからないらしく、頭をかきながら、ため息交じりで答えた。
俺は図書館にこもりじゃがいもの育て方が載っていそうな本を探し、郊外のじゃがいも農家にも相談した。
本当はじいさんのところへ聞きに行けばよかったのかもしれないが、半分は意地みたいなものだ。
ちゃんと育てて出来たじゃがいもを持って、じいさんに“参った”と言わせたかったんだ。
だから真剣にじゃがいもを育てた。
暑かったから水のやりすぎかと少し水を控えたら、じゃがいもはすっかり元気を取り戻し、立派に大きくなった。
素人のまぐれ当たりかもしれないけれど。
そして今日は初収穫の日――。
掘り起こしてみれば、大小5~6個の芋が土の中から出てきた。
「よう育ちましたなぁ、殿下。立派なもんです」
ヨハンは一番大きな俺の手のひらくらいの大きさのじゃがいもを手に、他のじゃがいもと見比べている。
じいさんのところで見たより、小さいものが多いけれど、素人でこのくらいなら上々の出来かな。
「いやぁ、問題は味でしょ?」
フフーン、もっと褒めてもいいんだぞと気をよくしつつ、落ち葉や枯れ枝で火を起こしてじいさんのように焚き火で灰を作り、魔術で綺麗にしてから灰の中に埋めた。
「一時はどうなるかと思いましたが、案外うまくできるもんですねぇ」
「そりゃあ努力したもんね」
そうこうしているうちに芋は焼け、奥さんがやっていたように灰を払って切れ目にバターを挟んで一口かじった。
が……。
「うーん。不味くはないけど……あの雪の下保存のじゃがいもとは全然別物だな」
思っていた味とは全く違う。すごくぱさついていて、色も違う。
煮るとか炒めるとか、何か味でもつけないとすごく食べ辛い。
「殿下。これ、普段食べてる芋とは色も味も全然違いますねぇ。これって改良途中です?」
「そう。焼いたときに一番甘味が強くなるようにしたいんだって」
「この芋、食べるとき口の中がからっからになりますね。焼いて食べるにはお茶が欲しいですな!」
それ、一番問題だよなぁ。
ホクホク感を出したくて水分減らしたみたいだけど、あれはねっとりと甘かったんだよな。
まるで砂糖水で煮たみたいに甘くて、適度に水分もあって。
「いっそあの保管したじゃがいも売った方が簡単なんじゃないか?」
大きな保管庫作って、どの季節でも溶けない魔術で作った雪を詰めとくとか。
「殿下ほどの魔力量なら作れそうですが、儂らではその雪を維持できませんよ。一体何人必要だと思ってます」
平民の魔力量では飲み物を冷やすくらいがせいぜいで、建物分の氷や雪は負担が大きすぎて魔物化してしまうそうだ。
なーるほど。そりゃあじいさんが品種改良に拘るわけだ。
掘り起こしてあの味なら、市場で買い手もつくだろうし、新品種登録すれば権利の金も手に入る。
「それじゃあ、じゃがいもはとりあえず次にするとして……そうだ、コケモモならどうかな?」
俺は離宮に植えてある母上のコケモモを指差した。
あれが甘くなって生で食べられたらどれだけいいか。
そのまま食べると酸っぱくて、手を加えないととても食べられない。
「じゃがいもだって素人が作っても枯れないんだから、魔力も水やりしなくても実をつける野生のコケモモなら多少乱暴に扱っても大丈夫だろ」
乱暴にはちょっと語弊があるが、ほっといても育つ頑丈そうなコケモモなら改良しやすいのかも知れない。
――それにコケモモの方が、じいさんがもっと驚くだろう!
そう期待した俺は『甘くなーれ、甘くなーれ、甘くならなかったらお仕置きだぞ!』と願いながら一株に魔力を分け与えてやった。




