“コルティーレ”のじゃがいも探し
俺の休暇はあと5日――。
今日は何となく思い立ち、魔の森の近くに来た。
変わり者のじいさんがじゃがいもを作っていて、そのじゃがいもを“コルティーレ”の者がとても褒めていたから。
干し魚の潰し芋焼きは、そのじいさんの作ったじゃがいもが一番オースティ―のじゃがいもに似ているそうだ。
料理の事はよく知らないけど、じゃがいもにそんな違いがあるんだろうか。
(変わってるよな。こんな場所に畑をつくるとか)
エリアス義兄上が整備した水場も側近く、土地は魔の森の魔力に満ちていい畑なのかもしれない。
でもあまりにも魔の森が近すぎる。これでは何かあった時、真っ先に自分が死ぬかも、などと考えたりしないのだろうか。
家畜の放牧場だってもう少し離れた場所なのに、と考えながらぽけぽけと歩いていたら。
「誰ぞ用か?」と不機嫌そうに尋ねる老人がいた。
北国なのにすっかり日に焼けて浅黒く、頭は真っ白。
人はあまり来ないのか、よそ者を用心深く観察するような眼差しで俺を見上げる。
「あの……。王都にある“コルティーレ”にじゃがいもを卸しているフェールさんを探していて……」
じろじろと突き刺さる視線になんとなく居心地の悪さを感じながら答えると、
「儂じゃ。お前さんは誰だ」
と返ってきた。
名を聞かれて一瞬迷い、
「エ……ユリウス、です。その、“コルティーレ”の潰し芋焼きがとても美味しかったので……」
と内心で「ゴメン、ユリウス」と謝りつつ、名を偽った。
見た目も変えていたし、素直に名前を出してかしこまられたくなかったし。
「ふん。で、用はなんだ」
じいさんは俺が何者でも良かったのか、また忙しなく手を動かして葉っぱや枝をもいでいく。
「あのう。じゃがいもってどういう風に作られてるのか知りたくて……。見せてもらってもいいですか?」
下手に出つつ頼んでみたが、もはやこちらを見もしないし返事もない。
返事がないのは了承だろうと勝手に覗いてると、後ろから声がした。
「あなた、少し休憩に……。あら、どちら様?」
白い髪を緩やかに上げた初老の女性だ。この人の奥さんだろうか。
じいさんとは正反対の感じの良い声音で少し安心する。
「ユリウスと言います。じゃがいも作りの見学をさせてもらってます」
「まぁまあ。ウチで良ければいくらでも。ちょうどお茶を持ってきたからあなたもどうぞ」
奥さんはニコニコと人のいい笑顔で俺を迎え入れてくれた。
俺と奥さんが会話している間に、じいさんは術式の紙に魔力を通して手早く火を起こして、小枝や枯れ葉の小山に火をつけ焚き火を作った。
灰ができると掻いて灰の下にじゃがいもを3つ埋める。
「お若いのに熱心ねぇ。ウチの息子たちはみんな町へ働きに出てしまって」
カチャカチャと湯沸かしの小さなやかんとポットと茶器を籠から取り出して並べ、奥さんはやかんを火にかけた。
「息子さんたちはこんな場所に畑なんて、心配なさいませんでしたか?」
「もぅ……しょっちゅうよ。“魔物だけじゃなくクマや狼が出てくるかもしれないから、もっと町に近いところにしろ”ってね」
奥さんは明るく笑った。
さすがに家はもっと町に近いところにあり、ここには通いで来ているそうだ。
「ふん。儂らの魔力量はたかが知れてる。うまい芋を作るには土地からも魔力を貰わねば生育も改良もままならん」
じいさんは芋を枯れ枝でつついて焼け具合を見ながら言った。
「改良って何ですか?」
「ああ、品種改良よ。株に魔力を与えて味や収量のよいものに変えていくの。この人はコンテストで何度か賞ももらってるのよ」
「コンテストと流行は別だ。賞をとっても客が買うとは限らない」
じいさんは焼けたじゃがいもを大きな葉に乗せて奥さんに渡し、奥さんはごく弱い風魔術で灰を綺麗に飛ばしてナイフで切れ目を入れ、バターを挟んで俺に差し出した。
「さあ、どうぞ。これが目標のじゃがいもよ。今はちょっとズルしてるけど」
「ズル?」
「冬の間、雪の下に保存するととっても甘くなるの、不思議でしょ?」
奥さんはフフフと笑ってズルの種を明かしてくれた。
冬の長いこの地でよく使われている保存方法で、畑の片隅に穴を掘って土をかぶせ、やがて雪が積もるが、長く腐らず保存できる上に、野菜自体も甘味を増してより美味しくなるのだという。
「芋だけじゃない。人参もキャベツも雪の下で保存しておくといい味に変わる。理屈はわからん」
「この人はね、こういうじゃがいもを作りたいんですって。品種改良して」
普段の煮潰し芋は白いけど、この芋の見た目はかぼちゃかさつまいもみたいに黄色い。
一口かじると驚くほどの芋の甘味としっとりとほっくりが絶妙な食感。
バターの塩気と油分がまた芋の甘味と相まってとても美味しい。
――少々お行儀が悪いのですけど、これだけは私もお父様もやめられませんの!
俺はあの二人と一緒に、じゃがいもを暖炉で焼いて食べた事を思い出す。
礼儀作法の講師が見たら卒倒しそうなほどの距離で身を寄せあい、三人で暖炉前に陣取ってその年一番に領地から収穫されたじゃがいもを灰の中に埋める。
焼けるまではその年一番の楽しかったことをお互い話す。
本当は領地に戻った時にしかやらない、二人だけの楽しみなのだと教えてくれたエルフリーデとお父上。
あまりの懐かしさに涙が出た。
「すごく……美味しいです。。。これ」
美味しかった。あの時も確かに美味しかったんだ。
これから自分も毎年この輪の中に入れるって。こうやって年を重ねていくことをとても幸福な事だと思っていた。
あの二人の家族になりたいと心から思っていたのに。
俺が本当に欲しいものはこの先も手に入らない。自分の中の“空っぽ”を、ひゅうと冷たい風が吹き抜ける。
大の男が泣きながら食べる姿に、「あらまぁ、どうしたの?」と奥さんはおろおろしていた。
俺は洗いざらい今までの事を話した。
結婚を考えるくらい好きな人がいた事。
彼女は大きな罪を犯し、もう会えない事。
今、自分は他人からのものが今は食べられずに、仕事に支障が出て庇われてばかりいるのがつらい事。
自分が短慮だったのでは。二人で話し合ってやり直す道を選んでたら、彼女はそんな事をしなかったかもしれない。
素朴で優しかった二人をあんな風に追い込んでしまったのは、自分のせいだったのかも。
この先、自分と関わる人をそんな風に変えてしまうのは怖い。
感情のまま要領を得ない話を二人は黙って聞いてくれた。
話し終えた俺にじいさんは「お主は芋に毒があるのは知っているか?」と唐突に言った。
えっ。毒? 別に変な味はしなかったけど。
俺は驚きの目で食べかけの芋とじいさんを見比べていたら、奥さんはからからと笑って言った。
「今食べてるのは大丈夫よ! あなたは見たことないかしら。緑色になったじゃがいもって」
「あぁ、そう言われれば専科時代見た事あったような……」と、騎士専科の授業で野営をした時を思い出す。
野営の糧食調理でじゃがいもの一部が緑色に変色していたものがあって、緑色の部分は食あたりを起こすから、白くなるまで切り落とせとユリウスに教わった。
「芋は日に当たると、その実に毒を作り出す。自分が食われないためにな」
驚くことにじゃがいもというのは、土の中や箱の中のように暗い場所なら毒を作らないけど、日にあたると毒を作るのだという。
芽が出れば、その芽にも毒を貯めこんで自分を守ろうとするものなのだそうだ。
「その娘は日に当たって毒を貯め込んだ。お前は毒があるから食わなかった。生き物が毒を避けるのは本能だ」
言ってる事は分かるけど、何を言わんとしているかがわからない。
おかげで涙が引っ込んだけど、ぽかんとしていた。
「ごめんなさいね。この人はきっと、“貴方は間違ってない”と言いたいのよ」
困った人ね、と笑いながら奥さんは説明してくれた。
「毒をもってしまった芋は食べられないけど、植えれば新しい芋を作る事はできるし、できた芋をちゃんと保管すればこんな風に美味しく食べる事ができるの。私も貴方が気に病む事はないと思うわよ」
じいさんは芋を食べ終えて、お茶を一口すすってから言った。
「むしろ種芋を日に当てて芽出しをしてから芋は植えるものだ。毒芋には毒芋の使い道がある」
「そうね。その娘さんもいずれあなたの思いに気づいて違う道を見つけるわ。だって死んだ訳ではないのでしょう? 生きていればそのうち会えるかもしれないし。平民の私達だって長く生きられるのだから、若い貴方はもっと機会があると思うわよ」
奥さんは俺の秘密に気づいてるのか、フフフと少女めいた笑いを見せた。
「だけどいいわねぇ、そんな風に誰かを大事に思えるって。この人が大事にするのは畑とお芋ばっかりなのよ!」
「……芋は口を利かんからな」
「これですもの! 少しは私も大事にしてほしいものよね!」
底抜けに明るくおしゃべりな奥さんも、口数の少ないじいさんも、俺が好きになるのに時間は全然かからなかった。
※ ※ ※
ここに通い始めて4日目。今は手伝いながらいろいろな作物の作り方を教わっている。
じゃがいもはそれほど手間のかかる作物ではないのだと奥さんは言っていたけれど、俺にはやっぱり大変に思えた。
連作と言って毎年同じ場所でじゃがいもは作れないとか、地に満ちた魔力を効率よく野菜に吸収させる方法、水やりや魔力散布の方法やタイミングなど、手間暇がかかっていたのを初めて知った。
魔力など有り余っていたから、ほんの手伝いの気分で、魔力をじゃがいもの株に分け与えた。
「おい! 勝手に何をするんだ!」
「何って……。虫除けの魔力を与えるんだろう? 俺も手伝ってやるよ」
「馬鹿者!! この先の面倒も見られん者の魔力を与えてどうする? 余計な手出しはするな!!」
そう怒鳴られてようやく気がついた。
契約者や血縁でもない限り、他人同士の魔力は決して混じらない。
俺が先に魔力を与えれば、この先じいさんが魔力を与えても株の中で俺とじいさんの魔力が混じらない。
「この株はもうお前の魔力しか受けつけない。最後まで面倒を見てやれ」
と、じいさんは土ごと掘り起こし、麦わらでできた袋に突っ込んで俺に渡し、別の畝に行こうとして振り返った。
「もう少し伸びてきたら“芽かき”して追加の魔力やって“土寄せ”、花が咲いたら取れ」
えっ。そんないっぺんに言わないで。あと“芽かき”と“土寄せ”って何?
俺はあわてて専門用語を聞きにじいさんを追いかけた。




