久しぶりの社交界
そして俺は卒業の長期休暇――。
学院を卒業し王宮の騎士団へ配属が決まったから、こんな長期の休暇などまたしばらくは取れなくなってしまう。
ただ時期が悪く王宮でも年に一度のプルファ祭の儀式もすぐそこまで来ていた。
プルファ祭は貴族や王族にとって一番大事な行事で儀式の日。
今年一年の領地の収穫や領民の無事に感謝して、神殿に供物や魔力を納める。
俺も王宮内にある神殿へ今年一年の無事を感し、魔力を納め、来年も平和であるようにとの祈りの一日になる。
そして夜は城下町と一緒で舞踏会だ。
リボンのルールは平民達と一緒で、女性のリボンをほどければ一夜の恋人となる。
平民達と少し違うのは、参加者の既婚率が高く、この日一日だけ、夫婦は夫婦でなくなる事がとても多い。
つまりお互い別の相手と楽しむ者が多いのだ。
これだけはどうにも慣れない。
潔癖すぎると言われようが俺は一人の相手だけでいい、と思いながら参加する。
何せ舞踏会は慈善事業の一環でもあるので参加しない訳にもいかず、参加すれば嫌でも社交がついてくる。
声をかけてくる女性は公務がらみなので、あの手この手で不快にさせないように、下手な事を言って言質を取られないようにと神経をとがらせつつ会話する。
「殿下、ご卒業おめでとうございます。来年からご公務も増やされますの?」
艶のある深い緑色の髪を結い上げ、にこやかに近づいてきた女性。
この女性は確か……孤児育成基金の出資者でもあり、義姉上のサロンにも出入りしている方だ。
「ありがとうございます。ヒースライン子爵夫人。近衛の勤務もありますので、公務はできる範囲で、の予定ですが」
「まぁ素敵! では次のお茶会に是非いらしていただけると嬉しいですわ。クリスティーネ様も王妃様もいらっしゃるのよ!」
さて、どう回答しようかと考えていると「お飲み物はいかがですか」と給仕が葡萄酒を勧めてきたので、婦人は二つ手に取って、俺に一つを勧めてきた。
俺は礼を言って受け取り、曖昧に笑いつつ夫人とグラスを合わせて口をつけるフリをした。
エルフリーデの件以降、他人から勧められる物が正直怖くてたまらない。
特にこういう場での飲み物や食べ物に何か混じっているのでは、と疑うようになり口を付けられなくなっていた。
頭ではわかっている。飲んでも平気だって。
何かあったってすぐに魔力水を飲めば平気なんだからと、左手で隠しの外から魔力水の小瓶を触るが、右手は動かない。
悩んでいると、
「ダメよユーフェミア。エードルフ様のお手は剣を握るためのもの、刺繍針は似合わなくってよ!」
と朗らかで明るい声がした。
現れたのは兄上の妻、エレーナ義姉上だ。
俺も夫人も礼を取って王妃様を招き入れる。
「エードルフ様はお得意の剣舞を披露なさった方がよい寄付金集めになりますわ。卒業公演は素晴らしかったと夫から聞きましたのよ」
義姉上は俺の事情を知り、いつでもさりげなく助けてくれる。
心遣いがとても嬉しく、恵まれていると感謝して話を合わせる。
「光栄な事です。卒業の良き思い出になりました」
「まぁぁ、そうでしたの? 私もぜひ一度拝見したいものです」
「ありがとうございます。機会があれば披露いたしましょう」
義姉上は困ったように眉尻を下げ、扇子越しに視線を兄上に向け、
「ねぇ、エードルフ様。何やら夫がまた悪だくみをしている様子なの。行って止めて下さらない?」
と言った。
義姉上は片目をつむって薄く笑い「ここは引き受けるから、適当に席を外せ」と振ってくれる。
俺は内心大きく息をつき、その気遣いに甘えることにし、顔だけは貴族らしくにこやかに返す。
「承知致しました、エレーナ様。微力ながらお止めしに参ります。お二人ともよい夜を」
「貴方もね、エードルフ様」
ああ、だけど。本当に情けない。
早く一人で晩餐会も出られるよう頑張らないと。もう学業を言い訳にできる年ではないのだから。
俺は口をつけなかったグラスを適当に預けて、別の給仕から自分で選んで別の人の輪に向かった。




