授与式にて
あれ以来、エルフリーデの事は――聞いていない。
ルドヴィルから「関わるな」と厳命されてしまえば、自分にはもう調べようもなかった。
それに知ってしまえば様子を見に行きたくなるし、見に行けば多分助けてしまいたくなる。
一度だけ兄上にそれとなく父親のリーフェンシュタール伯の事を聞いたら、生きている様子だったので、どこかの地に二人は静かに暮らしていると信じる事した。
そして、いつの間にか季節はめぐり、入学から2年目を迎えた初秋――。
とても楽しく充実した学院生活も終わり、俺もとうとう卒業の日を迎えた。
新しく支給された礼装用の騎士服を身に着けて、授与式のため講堂に向かう。
すべての過程を終え、試験に合格しさえすれば基本卒業だから、実は毎月卒業式がある。
標準2年ほど、武術の才があったりして各騎士団から直接採用の声がかかればもっと早く卒業する者もいるし、逆になかなか卒業できない者もいたり、所属先が見つからなくて卒業を延ばしている者もいる。
かく言うこの俺も、ここの生活は思いの外楽しくて手放しがたく、近衛基準の成績ギリギリで俺も卒業を決定した。
ルドヴィルからは「手抜きしすぎです」と叱られてしまったけど。
「もう“エードルフ”なんて気軽に呼べないな。元気でやれよ!!」
「お前もな、ユリウス。ウーラちゃんと幸せにな!」
はははと大声で笑い、俺はユリウスと抱きあった。
ユリウスとはここで別れ、めったな事では会えないだろう。
ユリウスはとうとう所属先か決まり、結局割のいいグリューネヴァルト領の国境砦に勤務を志願した。
国境で王都より遠く、3年は遠距離恋愛だけど、金を貯めて例のウーラちゃんといずれ商売を始めるらしい。
一体何の商売するんだと聞いたら、学院でのつながりを利用して、騎士団向けの商会を始めるそうだ。
ちゃっかりしている。何のために高い国費を使って騎士を育ててるんだ。有事に働かない騎士を育てるためじゃないぞ。
とも思ったが、本人の希望ならしかたないな。
「ありがとよ! ルドヴィルも今度は“ルドヴィル様”で、俺の上司だもんな!!」
ユリウスは入学当時から変わらぬ人懐こさで裏のない笑顔をルドヴィルに見せる。
「ユリウスに“様”付きで呼ばれても返事ができないかもしれません。気づけなさそうですよ」
さすがのルドヴィルにも涙……はなかったけど、多少感傷的にはなってるようで俺はニヤニヤした。
この後の授与式以降、俺達はもう学生ではなくなる。
これから貰うマントには所属の色が付き、身分によって態度もがらりと変わってしまう。
ルドヴィルは変わらないにしても、ユリウスとは明確に立場が違う。
俺は王族、ルドヴィルは筆頭貴族の四男、ユリウスはグリューネヴァルト家のお抱え騎士として。
こんな身分を超えた気安い時間は俺にもう二度と来ない。とても寂しく思った。
いっそ母上が言ったように、俺の事を兄上が追い出してくれれば自由だったのに、と詮無い事を考えてしまう。
「俺の事は間違って呼んでくれてもいいぞ。罰として“コルティーレ”で飯奢らせてやるから。ユリウスもウーラちゃんも元気でな!」
三人で別れの言葉を交わし、しんみりとした気分で会場である講堂で開会を待っていると、参加者達がざわついて一斉に席を立った。
釣られて席を立てば、供を連れた兄上が入場して来賓の席に座った。
当たり前だけど、“レオン”の方じゃない。完璧な国王陛下の兄上だ。
先月の授与式は学院長だったのに。
「ねぇ! 兄上が来るなんて想定外なんだけど!! それに何で学院長のガウン着てないのさ!!」
そう。居並ぶ先生たちは学院のガウンを全員着ていたのだが、兄上は学院長のガウンは着ておらず、明るいグレーの礼服姿だった。
そりゃあ昼用の礼装だし、間違ってはいないけど。
卒業生の視線が痛い気がして、ちょっぴり小さくなった。
「そうですか? 私には想定内ですよ。魔術専科卒業の際、あんな事を言えばこうなることが予想できたでしょうに。ガウンの着用は国王としてより、殿下の親族としての参加を優先されたいとのご意向です。祝いなのだから赤色をお召しになりたいと希望されていましたが、あのお色で納得頂きました。感謝してくださいね、殿下」
涼しい顔でルドヴィルは言った。
兄上はもっとド派手な赤色と金糸の刺繍上着を着て父兄席に座るつもりだと聞かされ、ルドヴィルは全力で止めたそうだ。
そりゃあ卒業式だし、父兄もそれなりに華やかだけれども!
「相変わらず過保護だねぇ、お前の兄貴。まぁ、近衛でも気を付けろよな」
城下町以来の再会にユリウスも呆れつつ忠告してくれた。
こんな事なら俺もユリウスと一緒に、国境警備に志願したかったと心で泣いた。
※ ※ ※
滞りなく式は進み、いよいよ授与される。
自分の順番が来て、マントを受け取る時が来た。
兄上は恐ろしいほど機嫌良く、俺を待ち構えているように見えた。
平常心、平常心だ。
俺は剣を握る時のように、無心で檀上に進み出る。
「卒業おめでとう。王宮近衛での活躍、期待しているぞ。エードルフ」
兄上は極上の笑みで畳んだマントを手渡した。
俺は受け取りながら、やけくそで言った。
「ええ。兄上は私がお守り致します。どうぞご安心召されませ!!」
できれば……、いや今後も絶対に兄上の私室の不寝番は担当したくない。
だって眠れないから話し相手になれ、寝酒の相手をしろ、狩りについてこい……なんて言われそうだからな!
昨日釘刺しといたから、少しは大人しくしてくれるといいんだけど。
でも2年間、本当に楽しい学院生活だった。
一生分楽しんだ。
これからは公務も近衛も頑張ろう。
……ほどほどに。




