閑話〜兄上、エードルフに捕まる
エードルフの卒業直前。手が自動手記をしているかのように軽やかにペンが動いて、私は鼻歌を歌う。
「♪そっつぎょう~! ♬明日~はぁ~~ ♫エードルフのぉ~~授与~式~~♩」
そう。明日はマントの授与式。どれだけこの日を待ちわびていたか、他の者にはわかるまい。
卒業後は近衛配属で、私の寝所にもグッと近くなる。
必然、私と接する機会も増えるし、私の護衛をやらせればいつだって側にいてくれる。
不寝番なら一緒に寝酒だって楽しめちゃうゾ!!
早く来い来い、私の護衛生活。
「くふふふふふっ!! 楽しみだのう!!」
羽ペンだけに羽でも生えたような書き心地で、実に気持ちよくさらさらと私はサインを次々と書き入れていく。
予算承認でも魔術研究費の上積み要求でも何でも持ってくるがいい。
今なら何でも署名してやるぞ!!
「本日はここまでです。この後はルドヴィルから……」
と、クラウスは受け取った書類を確認しながら次の予定を読み上げようとした。
「定期報告だな。では……」と立ち上がり、隣室に向かおうとする私をクラウスは止めた。
「陛下。本日は私室の談話室に設定しました。明日の件も一緒に話したいとルドヴィルからの先触れです」
明日の事? はて、何であろうか。
明日の衣装か? 確かに式典用はずるずる長く、地味で見映えせんからな。
授与式は国王としてだが、エードルフの父兄でもあるから、やはり卒業祝いとして華やかな色合いのほうが良いだろうか。
まあ良い。行けばわかるか。
「うむ。では戻る。クラウス、後は頼む」
「いってらっしゃいませ、陛下」
クラウスに見送られ、侍従を従えた私は足にも羽を生やして足取りも軽く自室に戻ったのだが……。
談話室のドアを開ければ、
「さあ! 今日こそはお話し頂きます、兄上! 後はルドヴィルの報告以外予定はございませんよ!!」
と、書物で見たオーク張りに腰に手を当てて、どこにも逃がすまいと立ちふさがるエードルフがいた。
うっ! 何故ここにおるのだ、と後ろに控えていたルドヴィルに視線で訴えれば、肩をすくめて私に丸投げしてきよった。
リック達の件以降、公務だ政務だといろいろ言い訳をして逃げ回っていたのだが、こんなところで捕まるとは、絶体絶命の危機的状況。
「お、おお。。。そうだな。しかしの、今日は……そ、そうだ! シュヴァルツヴァルト伯から美味い葡萄酒を貰っての、それをだな……」
へらへらと話題を変えようとしたが、エードルフは全く食いつかず、
「では、後で頂きましょう。で、あの日、なぜ私の後をつけていたのですか、兄上?」
と、町中で後をつけていた理由を尋ねてくる。
昔はもっと素直で可愛かったのに。こんな時ばかり大人面して。兄は悲しいぞ!!
散歩……ではもうごまかされてくれそうもない雰囲気。これは言わねばならないかと渋々話す事にした。
「あー……そ、その。めぎつ……いやっ、エルフリーデの件があった直後だし。こ、交友関係でまた悲しい思いはして欲しくないと思ってだな……」
「交友関係はどうせルドヴィルから報告をお聞きでしょう。本当にそれだけなのですか?」
ちらちらと上目遣いで様子を窺えば、エードルフは腕組みして私の話を聞き、見逃してくれる気配はない。
「そ、それだけだぞ。ちょっとばかり政務の息抜きと、エードルフと一緒に出かけてる気分を味わいたかったのだ……。だって其方は週末休みもさっぱり帰って来ないし……。たまに帰ってきても私と晩餐は別々で会いにも来ぬではないか!」
「当たり前です! 兄上はもうご結婚されて家庭もあるのに、私が邪魔などできませぬ」
何と!! とても衝撃的なエードルフの言に、私の目には涙が勝手に浮かんできた。
「ひ…酷い。邪魔になど…せぬのに。。。いつ一緒に話せるのかと毎日毎日、ずーーーっと待っていたのに……」
肩を落として長椅子の片隅でクッションをかかえてしょげかえる私の姿にルドヴィルは、
「……殿下。これ以上泣かせては政務に支障が出ます。そろそろお止めください」
と言った。
そうじゃぞ! そんな意地悪ばかり言うなら政務なんてぜーんぶ放り出して、食事に遠乗り、舟遊びに狩猟、カードに物見に競馬に観劇……。
エードルフ三昧してやるんだからな!
「んもぅ……。わかりました。ともかく今後、私の後をつけまわさないでください。また、明日卒業すれば近衛の騎士となりますが、無理な事や無茶な事を団に命令しないと今ここでお約束ください」
エードルフはこれだけは譲れないと断固たる響きで私に申し渡した。
「こ、この兄はもう必要ないと申すのか!? なんと薄情な!」
「必要ないとは申しませんが、私情を挟んで兄上付きの護衛になど指名されては困るからです! 私は新人の近衛騎士として先輩達についてまだ勉強せねばならぬのに、そのような特別扱いは諍いの元になるからお止めください、と申しているのです」
ちっ。私付きにしようとしていたことをもう知っておったのか。
誰が耳に入れたのだとルドヴィルを見れば、無言で否定したから恐らくクラウスの仕業かの。
余計な事をしおって。
私は目の前にいるのはエードルフではなく、クラウスと思う事にして、説得を試みた。
「近衛は王宮内での警護が仕事ぞ。ましてや私室は見知った者が護衛につく方が気楽なのは其方も知っておろう。秘密も漏れなくて良いではないか!」
私は口を尖らせて言った。
私人として、ただのレオンハルトに戻っても護衛はついて回る。
生まれた時からそうなのは諦めもあるが、せめて気心の知れたエードルフであれば私としても気楽だし、身内であれば人払いの心配も不要だ。
エードルフだってその方が気楽であろうに。何が不満だというのだ。
「ならば見知った今の方をそのままに。ともかく、今の私ではまだ兄上の護衛はできません!」
エードルフは私の願いを拒否し、頑として首を縦に振ろうとはしなかった。
悔しいのう。エードルフが側にいながら引き下がらねばならぬとは。
これは近衛と話して、団長命令でエードルフを回してもらった方が早いかもしれぬ。
明日さっさと話して護衛に回すよう、手を回すとしようかの。
権力とはこういう時に使うものだ!
それはそれとして……。
「エードルフはずるいぞ! それでは私が我慢ばかりではないか! 私だって“ご褒美”が欲しいぞ!!」
私は抱えたクッションをぽいっと放り出した。
「“ご褒美”って。兄上……」
エードルフは左手を額に当てて、がっくりと肩を落とす。
「い・や・じゃ。私ばかりが利を配るのは不平等だぞ。其方も何か提供せよ!」
ふん。齢25歳、恥も怖い物もないぞ。私は無敵の国王陛下なのだ。
とふんぞり返っていたら、ルドヴィルが答えてくれた。
「確かに陛下のおっしゃる通り、こちらも何か利を配らねば対等とは言えません。ふむ……。では一日だけ殿下が陛下にお付き合い致すのはいかがでしょうか、陛下?」
「そ、それは真か? ルドヴィル!!」
私はルドヴィルの申し出に目を輝かせて食いついた。
「はい。殿下を一日お貸ししますので、ゆっくりとお過ごしください」
「ちょっ! 俺の貴重な休みを勝手に貸し出すな! ルドヴィル!!」
「いえ、殿下。そうしないと私の今日の仕事が終わりません。諦めてお付き合いください。陛下、日程は後日連絡致します」
エードルフは何やら魚のように口をパクパクしているが、言いたい事はないと判じて、
「そうか! それは楽しみだ!! さぁ、もうエードルフは行きなさい。また晩餐に話そうぞ」
と、体よくエードルフを追い出した。
思わぬところで良い物が得られたものだ。次の一言は決まっている。
エードルフを送り出して、向かい側に座ったルドヴィルに私は言った。
「望みを申してみよ。ルドヴィル」
「ありがとうございます、陛下」
やはりクラウスの息子は理解が良く優秀だ。話が早くて助かるの。
私達は互いの望みを叶えるべく、テーブルを挟んでの交渉に移った。
以降ちょっと不定期更新です。次から最終章でアイリス応募に間に合い……たい!




