父と兄の愛が重すぎる件……
卒業式は魔術専科と騎士専科合同で行われ、生徒の両親を含めた晩餐会、そして舞踏会がある。
父上も兄上も俺の卒業式に出席するため晩餐会に来てくれていた。そこで二人を説得して騎士専科への再入学許可を貰わねば。
会場に入ると、俺とルドヴィルは国王である父上と父上の正妻の子である兄上がいる席に案内された。
ルドヴィルとは俺の母上が亡くなった10歳の頃からの付き合いで、もう8年になる。
お目付け役という名目だけど、付き合いが長いから兄弟で気の置けない親友のような存在だ。
でも、ルドヴィルの方が4つ下だから最初は俺が面倒見ていたのに、いつの間にやら俺が面倒みられる側になったちゃったけどな。ははは。
二人の席で挨拶をし、席に着けば食前酒が供される。
四人でグラスを掲げて、口をつけると各々カトラリーを手にして前菜に手を付ける。
今日の前菜は魚と玉ねぎのマリネ、数種類のサラミとハムの盛り合わせ、野菜のアスピックだ。
どれもこれも父上の好物だ。葡萄酒によく合うから俺も嫌いじゃない。
「卒業おめでとう、エードルフ。ルドヴィルも4年間、苦労をかけたな」
「いいえ陛下。とても楽しい4年間でした」
「これで我々も一安心だな。リーゼマリー様も喜んでおられるでしょう」
「ありがとうございます。父上、兄上」
「さて、其方の今後だが、以前話していた通り、リーフェンシュタールへの入婿を進めても……」
早速来た!
俺はカチリとナイフとフォークを一旦置いた。
「父上、兄上。その事についてお話がございます」
怪訝そうな表情をして、二人もカトラリーを置いて話を聞く体制になる。
葡萄酒を注いでいた者が下がるのを見計らって、俺は話し始めた。
「エルフリーデ嬢とは先ほど別れました。卒業後は騎士専科へ再入学したいのです」
父上の表情は変わらなかったが、兄上は目を見開いて口に含んだ葡萄酒を強引に飲み込み、咽せていた。
「は!? い……今、なんと申した? エードルフ!」
咽せから復活した兄上は、突然の相談に慌てているようだった。
「エードルフは騎士になりとうございます。母上の遺言どおり一人で生きていくために騎士になり、今後は騎士として一人で生きていくことを望みます。幸い身体を動かすのは得意ですし、魔術も覚えたので、きっと重宝されるでしょう」
父上は、
「エードルフ。其方の母は一人で生きよ、など申してはおらぬぞ?」
と、困り顔をして言い諭すよう語った。
「似たようなものです。一人でも生きていけるようになれ、お前はしがない側室の末子、いつ追い出されてもおかしくない立場なのだからよく弁えるように、と」
「追い出す訳なかろう!! 其方は私の弟であるぞ」
「いいえ兄上。側室の子など、臣下としてどこかの貴族に降嫁させるか、他国に出るか、使い道の選択肢は少ない事、理解しております。ですが婚姻で他国の領地に収まるのも、リーフェンシュタール家への入婿も私の本意ではありません」
父上はあごを撫でなが俺に問う。
「ふむ。それで騎士か。ではルドヴィルはどうするのだね?」
「ここまで付き合ってもらっただけで十分です。後は自分ひとりで何とかします。何せ私の方が年上なのですから」
ルドヴィルは俺の話し相手で学友、今ではすっかりお目付け役で護衛だが、これからは俺が剣技を学んで自分の身は自分で守る。
そう決めていた。
「いいえ。私はエードルフ様と共に参ります。幸い兄が家を継ぐので自由が利きますし、それに殿下はほおっておくと、今日のように何をしでかすかわかりませんから」
俺よりよほど貴族らしい微笑みを浮かべ、ルドヴィルは言う。
「陛下、私も一緒に騎士専科へ参ります。学院で教える程度の剣技なら既に身に着けてあり、授業に困ることはありません。殿下のお言葉を補足致しますれば、今は婚姻したくないと申しているだけです。今後お気持ちも変わりましょう。どうかお許し下さい、陛下」
いーや。絶対変わんないね。あんな思いはもうたくさんだ。
誰も俺を見ないなら、俺だって見るもんか!!
とは言えず、ぐっと飲みこみ、テーブルの下で握りこぶしに力を入れた。
騎士専科に行けるまでの我慢だ、我慢。
「気持ちに変わりはないのだな?」
「はい。申し訳ございません。一生一度の我儘をどうかお聞き届けください。父上、兄上」
父上は少し考えこむ顔をし、
「良かろう。文官よりは武官の方が其方には向いてるやもしれぬ。好きにせよ。縁談も無理強いはせぬ。済まぬがルドヴィル、あと2年エードルフに付き合ってやってくれ」
と言って、ルドヴィルに命じた。
「承知いたしました、陛下」
一連のやりとりに口を挟まず、事の成り行きをじっと見ていた兄上はがっくりと肩を落とし、置いたカトラリーを再び手に取った。
「来週から文官となった其方と一緒に王宮で政務ができると思っていたのに……騎士専科では晩餐も一緒にできぬではないか」
兄上はそう零して、もそもそとアスピックを切り分けて口に運ぶ。
全寮制の騎士専科に入れば、時折の夕食もしばらくは共にできない事を残念がってくださる。
「学院が休みの日は私も王宮に戻りますし、2年後、私は兄上からマントを貰って騎士に任じていただきとうございます。兄上」
俺はちょっと兄上を持ち上げたいだけの軽い気持ちで、同じくカトラリーを手にしながら言い、騎士専科のテーブルを見た。
卒業生達は皆、所属の色に染められたマントが背にある。
騎士専科は卒業時に騎士たる象徴のマントを国王の名で贈られ、一人前の騎士として認められる。
父上はあと2年ほどで退位予定。俺が順調に騎士専科を終えた頃には、兄上が王位についているはずだ。
だから卒業生には兄上の名でマントが贈られる……多分。
兄上はぱっと顏を輝かせると、
「そうか!! 卒業のマントは私が贈れるのだったな。よし!! 叙勲式には私がマントを手渡せるように……ふふふふ」
と言って、急にナイフの速さが上がった。
兄上は何やらすっかり自分が手渡せるかのように、楽しそうに何かの算段を始めてるけど。兄上。
卒業の叙勲式は兄上の名前だけで、理事の王族か代理の学院長かがマントを渡していましたよ……。
今年の兄上が父上の代理でありましたでしょうに。
とは、とても言えなかった。