閑話〜リーフェンシュタール親子のその後〜
あんな事になってなお、エードルフ様はエルフリーデの助命を願いました。
彼女の事はここで切り捨ててしまえば、後腐れもなくて良いのですが――。
今後の事を考えれば私は反対ですが、殿下のご希望です。
叶えない訳には参りません。
「ルドヴィル様。ミューリッツ様とリーフェンシュタール氏が参りました」
「わかりました。通してください」
かしこまりました、と王宮仕えの侍従は丁寧に頭を下げ、二人を呼びに行きました。
※ ※ ※
執務室に通された元リーフェンシュタール伯は、無言のまま小さくなって座ってしまいました。
格上の私に一言の挨拶もなしとは。動転して礼儀などすっぼ抜けてしまったのか、年下だと侮っているのか。
私は少々不愉快な心持ちで執務机の椅子から移動し、応接用の椅子に腰掛けました。
「ルドヴィル様……。こ、この度は娘が殿下に対してとんだご無礼を……。なんとお詫びしてよいのやら……」
そう言って更に身を縮めて俯く彼に私は、
「本当に。娘の不始末に父親の不始末。私はあなた方を切り捨てろと殿下に進言しました」
と言いました。
父親はがばりと顔を上げ、「で、では……では娘は!」と蒼白な顔色で尋ねます。
「いいえ。殿下は“自分にも非はある。“エリィ”まであなたから取り上げるな”、と」
「……!」
「殿下の願いです。エルフリーデさんは生かしますが、婚姻の石は私と契約の上、封じます。たとえ婚姻が成立しても子は望めませんし、簡単な魔術も使えません。どうされますか?」
これは私のちょっとした意趣返しです。
殺しはしませんが、石を封じて保管するので婚姻できても、決して子は望めません。
その上、彼女はグリューネヴァルトの領地から一歩でも出れば、砂になってしまう契約も含めてあります。
それでも父親は即答しました。
「我が家はここで途絶えてしまっても、エリィが生きられるなら構いません! ありがとう存じます!!」
元リーフェンシュタール伯は父親の顔になり、心底安堵した表情で、初めて私に頭を下げ、俯いて嗚咽をこらえながらも涙を流して感謝しました。
※ ※ ※
私は父親と共にエルフリーデが収監されている部屋へ向かいます。
捕えられてからの彼女は暴れたりする様子もなく、じっと椅子に座ったままだそうです。
質素な机を挟んで2つの椅子が用意されており、私と父親は用意されていた椅子に座りました。
「エリィ……」
心配そうに声をかける父親に、エルフリーデは一瞥をくれただけで、また元のように宙を見つめました。
ほっといても事態が変わる訳ではないので、私はさっさと事を進める事にしました。
「エルフリーデさん。あなたとお父上の身柄は当家が預かり、今後グリューネヴァルト家の監視下に入ります」
私は術式を展開して看守から受け取った婚姻の石を乗せて、一滴血を落としてから魔力を流しました。
彼女の自慢だった金色の髪も赤藤色の瞳も地味な濃い茶色に変わり、とがり気味の顎も丸くなりました。
これで一見してもエルフリーデとはもうわからないでしょう。
「今後、石は当家が預かります。貴女は名を変え、姿も変えて、我が領地から出ることを禁じます。聞かずに領地から出た瞬間、術が発動してあなたは砂となり、死にます。ゆめゆめお忘れなきように」
ここでようやくエルフリーデは口を開きました。
「こんな辱め……。殺された方がましだわ。さっさと殺してくださいませ!!」
今まで無表情だった彼女がとてつもない怒気を含んで私を睨みつけています。
「私もそうしろと申したのですが、殿下は反対なさいました。あなたを生かしたのは殿下の温情です」
「嘘ばっかり。私と殿下は愛し合っていたの! あの日は殿下から私を求められたのよ!!」
エルフリーデはこの期に及んでも、実に堂々とエードルフ様からの申し入れだと言い切りました。
しかし、この一言に私はとうとう我慢ができなくなり、
「嘘つきはどちらです! 恥を知りなさい!! 殿下はどれだけ貴女を大切にしていたかお分かりになろうともしなかったくせに!!」
と机に手を叩きつけて怒鳴ってしまいました。
本当に。エードルフ様は優しすぎ、一度信じた人ならば次も信じてしまう方なのです。
直前に手ひどく裏切られたことなどきれいさっぱり忘れて。
「リーフェンシュタール家への婿入りは反対も多かったのに、殿下は自分の事だからとご自身で反対派と話し、説得して回り、どれだけ苦労して貴女を認めさせたと思ってるんです!」
エルフリーデは私の勢いにびくりとしつつも
「そんなこと、殿下は一言も……」
と言い淀みます。
「殿下が言う訳がありません。社交界であなたに肩身の狭い思いはさせたくない、と。すべて内密に交渉しておりましたから」
「……」
エルフリーデは唇を噛み、こちらを見ようともしません。
「なのに貴女は殿下に甘えっぱなしで裏切り、それでもまだ愛されてるなど……。禁術まで使った罪、殿下がお許しになっても、私は決して許しません!!」
踏み込んだ状況から、殿下は禁術である精神干渉か身体の自由を奪う術を使われていた事くらい、すぐに理解できました。
ですが、殿下は証言にウソをつかれました。
禁術を庇った事も知られれば、さすがに陛下でも庇うことはできず、即座に追放されてしまいます。
故に殿下の証言を覆すことなどできないのです。
全く殿下は甘い。そこまでの危険を冒してまで、この女を殿下が庇う価値があるとは到底思えません。
この女は死ぬまで苦しめばいい。それこそがふさわしい罰なのです。
私達の会話をじっと聞いていた父親は
「ルドヴィル……さま。どうかこれも……」
と、おずおずと父親は袖口からカフスにした自分の婚姻の石を私の前に置きました。
「お父様!!」と、エルフリーデは父親を止める素振りを見せました。
「貴方は石を取り上げる対象ではありませんよ」
「いいのです。私にも責任があります」
少し目を伏せ、何かを思い出すように、
「どうして私は忘れてしまっていたのでしょうか。あの日、殿下は私に“家族になりたい”と仰って下さったのに……」
と、父親は後悔した様子を初めて見せました。
ですが、エルフリーデは、
「家族ならどうして私達を助けてくださらないの!! こんなみっともない姿になって生きていけというのが家族のすることなの!?」
と感情的になり、ひどいわ、ひどすぎる、と自分のしたことに何一つ反省も見せません。
その姿にミューリッツもさすがにイライラしているようでした。
気持ちは理解できます。私もこのような茶番に付き合うのはもうたくさんです。
さっさと送り出して封印し、忘れてしまおうと決めた時でした。
「エルフリーデ・リーフェンシュタール!!」
隣に座っていた父親は怒声を上げて、娘を一喝し、引っぱたきました。
「お前は禁術を使った。禁術は使ったものも庇ったものも等しく重罪。なのに殿下はお前の罪を重くしないために嘘までついて庇われたのだ。殿下に感謝こそすれ責めるのは間違っている!!」
エルフリーデは引っぱたかれた頬に手を当てたまま身じろぎもせず、じっと唇を噛んでいました。
「殿下は私達をお助け下さった。次は私達が殿下に答える番だ。お前もエードルフ殿下に報いる道を探しなさい。私も一緒に探すから……」
エルフリーデが理解できたのかわかりませんが、
「お父様……。ごめんなさい……」
と言って泣いていました。
娘から謝罪の言葉を引き出し、落ち着きを取り戻した父親は、「ルドヴィル様」と私を呼び、立ち上がりました。
「この先、命尽きるまで二人で罪を反省し、助け合って静かに暮らします。それがエリィをお助け下さった殿下への償いです。此度は本当に申し訳ございませんでした」
父親はそう言って静かに頭を下げました。
「ではこちらも封印します」
私は同じように術式を展開し、血を一滴落として契約しました。
石を封印され魔術も使えなくなる貴族育ちの二人は今後、火をつける事さえ苦労するでしょうし、一定範囲を踏み越えればその身は砂になり死体も残りません。殿下の身辺はひとまず安心と言ったところでしょうか。
後はミューリッツに頼み、私は残された婚姻の石を封じました。
二人の行方はミューリッツしか知りませんし、私も聞く気はありません。
この件はこうして幕引きとなりました。
これで2章終わりです。3章は少々お待ちください。
m(_ _)m




