プルファの夜の舞踏会(エードルフ)その2
踏み込んだルドヴィルによって、エルフリーデは即刻捕らえられ、近衛に引き渡された。
部屋を出る瞬間まで、俺は間違っているだの、自分を愛しているはずだ、勇気を持てだのと人が変わったような取り乱しようだった。
「まさか私室まで入り込むとは。もう少し身辺に気を配るべきでした。申し訳ございません」
俺は全く気付いていなかったが、婚約解消後もエルフリーデはずっと俺に付きまとっていて、近づこうとするエルフリーデをルドヴィルが追っ払ってくれていたたらしい。
騎士専科は元々男女別の寮生活が基本だから、接触機会もあまりなかったけれど、校内の図書館や鍛錬場などによく出没していたらしい。
「たかが見合い相手の一人から断られたくらいで。エルフリーデなら、相手なんか他にいくらでもいるだろう?」
そう。あの護衛騎士とか、護衛騎士とか、護衛騎士とか……。
俺以外の恋人がいた癖に。少し後ろ向きな気分で言った。
「たかが、ではありません。殿下のご寵愛を失うのはそれほどに大きな事でございますよ」
俺があんな形で婚約破棄したから、エルフリーデは変に勘繰られ、傷物扱いで他の縁談が決まらなかったらしい。
それに伯爵家とはいえ、広くもない領地に乏しい魔力と魅力はないリーフェンシュタール家の婿は、他の者にも避けられていたそうだ。
「それじゃリーフェンシュタール家はどうなるの? エルフリーデの婿養子か誰か後継ぎを養子にしないと」
「その心配は不要になりました。リーフェンシュタール家は恐らく伯の代でおしまいでしょう。昨晩父親であるリーフェンシュタールが捕縛されましたので」
ルドヴィルの言に俺は絶句した。
俺の騒ぎでルドヴィルはこちらに来たが、昨晩、父親が育成基金の横領で捕縛され、今取り調べと裁定待ちなのだという。
「そ…んな。伯が横領なんて……嘘だろ?」
あの温厚で娘に甘い父親が、そんな事をする訳がない。
だいたい伯も一人の父親で、孤児達の事は気にかけていたはずなのに。
「いいえ、事実です。基金はかなり減っていて、陛下も対応に苦慮されたそうですよ。実務はともかく、失った信頼回復に殿下のお力をお借りしたいと陛下の伝言です」
兄上の頼みであれば断る理由はない。
大した公務を受け持ってる訳ではないので、了承の返事をした。
「もしかしてリック達の孤児院も?」
「おそらくそうでしょう。調査次第ですが、他にももっとあるのかもしれません」
あれは孤児だけじゃない、生活に困っている者、養老院などにも使う予定だった基金だ。
たまたま兄上が孤児院の内情を知り、それを調べたらこんな事になっていたという事だそうだ。
「どのような裁可が下るかは未定ですが、少なくとも爵位の返上は確実です。そのためエルフリーデも今は平民なのです」
ルドヴィルは言い聞かせるよう、俺に言う。
「今のエルフリーデは平民。平民が王族の寝所に忍び込んで襲っていたのですから、婚姻の石を取り上げて死罪になります。殿下はこれ以上関わり合いになってはなりません」
ルドヴィルの“死罪”の一言に、俺は慌てて言った。
「ま、待って! 俺も絆されてつい私室に入れたのは軽率だった。盛られた薬も睡眠薬で、死ぬような毒ではなかった。死罪など厳しすぎる! もう少しこう……穏便に済ます方法はないの?」
咄嗟とは思えぬほどぺらぺらとごまかし、禁術を使われた事については口をつぐんだ。
言えばもっと罪は重くなってしまう。
でも、ルドヴィルは首を横に振る。
「殿下。ただの平民が王族の寝所に忍び込んで害しても処分されないなど、王家の権威にかかわりますし、甘い処分では他の貴族達に示しが付きません。これは妥当な罰です」
いくら妥当でもそれはあまりに酷だ。
エルフリーデがいなくなれば、父親一人きりになる。
妻を亡くし、故郷を失い、娘まで亡くすなんて……。
それではあまりにも寂しすぎる結末だ。
「ルドヴィル。お願いだから父親からエリィまで取り上げないで……」
すがる俺に、ルドヴィルは大きなため息をついて言った。
「……わかりました。王家の体面もありますので、エルフリーデには書類上で死んで頂きます」
書類とは言え、やはり死罪なのか。
生きながら死ぬ裁定に、夢で見た聖女様の姿と重なった。
「二人はリーフェンシュタールとは別の領地に封じます。二度とあの親子にはかかわらない。二人に関する情報に触れても決して会ったりしない、と私にお約束ください。できますか?」
「わかった。もう関わらない。約束する」
俺はそう答え、背を向けて退室するルドヴィルを思わず呼び止めた。
「ルドヴィル」
「はい」といつものように振り返る。
――ゴメン。俺はお前に嫌な役をさせてばっかりだ。
「……いや、何でもない」
「失礼します」と言って、今度こそ退室した。




