プルファの夜の舞踏会(エルフリーデ)
昨夜はお父様が王宮へ呼ばれて行ったきり、結局戻って参りませんでした。
せっかくの新しいドレスもお父様にお見せする事なく、屋敷を出て来たことが残念でした。
セレーネ達も何だか浮足立っていたような気も致しますが、それほど私に期待されているのでしょう。
何としても殿下にお会いして、必ず婚約者に戻らないと。
入場口で切符を渡して、私は会場へ入ります。
切符の売り上げは養老院や孤児院の援助基金に使われるのですが、王宮主催ですから、きっとエードルフ様も舞踏会に出席なさいます。
そこでお声をかけて、私がどれほどお慕いしているか伝えましょう。
中はいつものようにきらびやかな会場で、さっそく葡萄酒を手にして会場内のどこかにいらっしゃる殿下を探します。
在学中にはルドヴィル様が邪魔するせいで全く近づく事ができませんでしたが、今宵だけは別です。
だって今夜はプルファの夜。
今宵だけ、何があっても何もなかった事になる日。
でも契約まで消えたりはしないのですから。
「貴族の娘は決してうつむいたりしない。笑顔を忘れず、誇り高く前を向きなさい」と昔、お母様に言われた事をしっかりと心に留め、真っ直ぐ前を見て、殿下の元へ進みました。
※ ※ ※
舞踏会では飲み物片手に、男性に囲まれて話していらっしゃるエードルフ様がいらっしゃいました。
いつもお連れになられている、グリューネヴァルト家のルドヴィル様はおりません。
お話なさっている中に割って入るのはいささか無礼ですが、仕方ありません。
この機会を逃したくないと、私はエードルフ様に近づきました。
「エードルフ様、お久しゅうございます」
男性達は少しだけ見咎めましたが、今日はプルファの夜のせいか、お目こぼしを頂けた様で、
「おや、殿下もプルファの夜に逢瀬ですか。これは失礼した」
と、男性達はエードルフ様から離れて行きました。
にこやかに男性を見送ったエードルフ様は、私にとてもお困りのご様子です。
「エルフリーデ嬢、私達はもう他人です。何の御用でしょうか?」
「他人とは冷たいですわ。たとえ一時でも情を交わした仲だというのに」
エードルフ様は少し眉を顰めて、
「誤解を招く発言は慎んで頂きたい。婚約はしたがそのようなことは一切なかったのですから」
と言いました。
「私、領地へ戻ることになりましたの。せめてお別れに最後の時間を一緒に過ごしていただきたくて」
私は二杯の葡萄酒を差し出しました。
「この一杯を一緒に飲む間、思い出話にお付き合いいただけませんか?」
2つ差し出せば選択肢ができます。
何かが入ってるとは疑うでしょうが、両方に入っているとは思わないでしょう。
ちょっとした催淫薬と思考の自由を奪う術式が入っていますが、私が魔力を込めないと効力を発揮しません。
「……わかった。一杯だけ付き合おう。ですがこれきりにして頂きたい」
そう言ってエードルフ様は右手の葡萄酒を選んで受け取った瞬間、魔力を込めて渡し、私は左手の葡萄酒を右手に持ち替えました。
「エードルフ様のご健康に」
「エルフリーデ様の健康に」
カチンとグラスを合わせ私達は乾杯の一口を飲みかわします。
「立ち話も疲れますわ。座ってお話しましょう」
と私は壁際の王宮近衛の方が側にいる、目立たない長椅子に誘導しました。
エードルフ様は疑いもなくそちらへに腰を落ち着け、一口、二口と飲み下してくれました。
それほど入ってなかったグラスは既に半分を切っています。
「ご領地に戻られるのですか。いつお戻りに?」
「ひと月後には。お父様も少し休みたいと申してまして、王都に構えていた屋敷を手放す予定です」
「そうでしたか。リーフェンシュタール伯は慣れない王都で気苦労が絶えなかっただろうが、これからは故郷の領地でエルフリーデ様とお二人、ゆっくりと生活を楽しんで頂きたいものです」
「お気遣いありがとう存じます。父にも伝えます。殿下のご卒業はいつ頃ですか?」
「お恥ずかしいことながら、まだ勉学も実技も残っております。まだまだ精進しなければなりません」
「殿下のご活躍、いつも私、嬉しく拝見しておりました。殿下は公明正大な方。どんな騎士団でもきっと歓迎されますわ」
「…そ…う……だろうか……」
エードルフ様は少し頭を振ったかと思えば、気分が悪そうに唐突に額を押さえ、グラスを小さなテーブルに置き、はっきりとした疑いの目を私に向けました。
「エルフリーデ。其方、これに何……」
エードルフ様は葡萄酒に入っていたものの正体に気づき、魔力水を取ろうと服の隠しをさぐり始めたので、私もグラスを置き、その大きな手をとって、頬を摺り寄せました。
「ねぇ殿下。前みたいに“エリィ”って呼んで」
私は父と母と、エードルフ様しか知らない愛称で呼んで欲しいとねだり、左手を差し出して私と殿下の距離がもっと近かったの頃のように、熱を込めて殿下を見つめました。
殿下はいつだって強くて、お優しくて、温かくて。
だけど人一倍傷つくのが怖くて、臆病な方。
でも、もう誰も殿下を傷つけたりしません。私だけが変わらない愛を教えて差し上げられるのですもの。
殿下は何かを言おうと口を開きましたが、声になりません。
私はもう少しだけ婚姻の石に魔力を込めると、かくんと頭を下ろしてから、顔を上げてくださり、
「……エリィ」
と、情欲を滲ませた声で、殿下は私の髪色のリボンを解いてくださいました。
「今宵、私の心が貴方と共にありますように」
殿下は人差し指を立てて、私の唇につけて、そのまま殿下の私室へ私をお連れ下さりました。




