孤児院の真実(兄上1)
にぎやかで騒がしいリックとセーヤに引き換え、トールはまだ革袋に未練があるのか、私の側にぴったりとくっついて歩く。
「なぁ、おっさん。“つむじ風のレオン”って、革袋には金貨しか入ってないってホント?」
「ふむ。大体あっているな。だが、私の事はレオンさんと呼べ。おっさんではない」
若返りを使ってるから今は25歳だ。実年齢は33歳だけどな。
そしてこの革袋。使えば使った分だけ勝手に補充されるから、金貨しか入っとらんのだ。
釣りが出ても受け取らないし、屋台用の小銭は考えるだけで革袋に移動してくる。
「やっぱお貴族様すっげぇ!! 俺金貨なんて見たことない! 俺にも金貨くれよ!!」
「わっ。お前。ずりぃ! 俺も欲しい!!」
青の殿下より金貨の魅力が勝ったようで、リック達はトールに乗っかって、一緒に「金貨、欲しい!」と騒ぎ出し、子供達は手のひらを返してわちゃわちゃと私にまとわりついた。
「ダ・メ・じゃ! 欲しければ働くがよい」
私だってエードルフの顔も見ずに働いておるのだ。
労働には我慢がつきものだぞ。
「ちぇーっ。レオンさんのケチ」
現金なものだ。もらえないと理解するとさっさと離れてしまった。
私をたかり相手としか見とらんのか。お兄さんは悲しいぞ。
ひと騒ぎが引いたところでエードルフは子供達にスリの事情を聞いた。
「其方たちはどうしてあ……レオンの革袋を盗もうとしたのだ?」
この質問には一番年下のノーヴェが答えた。
「だって先生、全然元気ないから……」
はしゃいでいた子供達は一転して暗い顔をしてしまった。
「先生というのは、孤児院の先生ですか?」
「うん」
先生は最近“身体の調子が悪い”と食事を取らず、今は魔力水のみで生活しているらしい、
あれなら神殿に行けばタダ同然でもらえるし、魔力を込めれば身体だけは維持できるが、空腹感までどうにかできるものではない。
魔術の知識があり、魔力許容量のある貴族と違って、平民では使える術式も許容量も限られるから、あまり長くは持たない。
「先生、僕達ばっかりで自分は食べないんだ……」
子供達はすっかりしゅんとして、うつむいた。
いかんな。暗くなってしまった。
「随分手慣れた手技だったが、お前達は毎度毎度、盗んでおるのか?」
務めて明るく私は言うと、トールは答えた。
「盗むのは金持ってそうな奴って決めてる。それ以外から盗まないよ!」
一応基準があるらしいが、盗みは盗み。
官吏に突き出すまではするつもりはないが、さすがに先生への報告も必要だ。
「そうかぁ。だけど先生だって盗んだ金で買ったものなんて嬉しくないぞ。お前達、学校はどうした?」
ユリウスは兄貴風を吹かせつつ、学校の事を聞いた。
「俺勉強嫌い。全然覚えられないんだ」
トールは途端に口数が減った。
曰く、できないから卒業もできず、ずるずると学校に居座りつづけ、とうとう年下に追い抜かれて居づらくなり、学校へは行かなくなったと言う。
「ふむ……。でもあのスリの手技は見事なものだから、手先が器用なのだろう? 初等学校で読み書きが終わったら見世物の修行に出てはどうだ? 外国にも行けて案外楽しいかもしれないぞ」
私は簡単だから魔術を使うが、平民達では仕掛けを使って帽子から鳥やうさぎを出して見せたり、手札を使った派手な見世物も需要がある。
「へぇ……。そんな仕事があるんだ。楽しそう」
「そろそろプルファ祭も近いし、生の舞台を一度見せてやろう。勉強のための援助なら私は惜しまないぞ」
確か王宮広場の近くに移動式の見世物小屋も毎年来ていたはずだから、話を通しておけば良い。
ただ金貨を与えるより、その方がずっと良いだろう。
「じゃあ、有名になったら私や兄上達の前で御前興行だ。頑張りなさい。トール」
エードルフも少しやる気を出したリックを応援してやった。
「うん! ほらあれが俺達のいる孤児院だよ」
セーヤが指さした先には少し古い石造りの建物が見えた。
私達がたどり着いたのは、少し街はずれにある孤児院だった。
多分普通の孤児院で、規模も大きくはない、と思う。
中も大分古いが、子供達は至って元気で明るい。
身なりだけは身体に合ってない服を着ている子が多くて、そのせいか少し痩せて見えた。
参ったな。偉そうに私が孤児院運営を事業化したものの、実務に関しては担当やクラウスに任せっきりだ。
これが平常時なのか改革の成果か区別がつかん。もう少し真面目に資料を読んでおけばよかったと反省した。
「レオンさん、こっち!!」
トールが孤児院の院長室へ案内してくれ、院長室前でコツコツコツと扉を叩いて開けた。
「先生、客だよ。なんと“青の殿下”と“つむじ風のレオン”だって!!」
先生と呼ばれたのは若い女性で、少し意外だった。
もっと厳格な年寄りや男性が出てくると思っていたのだが。
「まぁぁ!! 私が当院の院長、マリアベル・クレールです。ど、どうしてエードルフ殿下が!!」
混乱と恐縮しきりといった風情で慌てて立ち上がったせいか、机の書類を見事にぶちまけていた。
「突然の訪問で申し訳ございません。お二人が少しお話を聞かせてほしいとの事です」
従者代わりに、ルドヴィルが用件伝えた。
「私でお話できることでしたら。さぁ、どうぞお入りください」
質素ながらもこざっぱりとしたワンピース姿で、先生は応接用の椅子をすすめてくれた。
私とエードルフは座って簡単にスリの事や街中での子供達の様子を話してやると、にこやかな表情のまま立ち上がり、
「申し訳ございません。少々お待ちいただけますか?」
とお辞儀をして、部屋を出たかと思ったら、
「トール、リック、セーヤにノーヴェ! あんたたちも謝りなさーーい!!」
とものすごい怒号がドアを閉めたはずの院長室にも聞こえた。
若いのに逞しいお嬢さんだ。
しばし部屋の外で叱る声がして、静かになった4人を伴って戻ってきた院長先生は、並べて頭を下げさせた。
「この度はウチの子供達が、大変なご迷惑を……誠に申し訳ございません!!!」
「謝罪もそうだが、私は院長先生に話があっての。お前達、もう二度と盗みはならん。約束できるか?」
子供達は口々に約束をしてくれたので、とりあえず部屋から出てもらった。
「お……お話とは何でございましょうか? あの子たち、実はとても高い物でも壊してしまった、でしょうか?」
先生はその身を小さく縮めて、恐る恐る尋ねた。
「いや。孤児院の状況について少し尋ねたくて。今、院長先生はとてもお困りではないだろうか?」
クレール先生は途端に顔を曇らせ、
「お恥ずかしいことですが、今は建物の修繕より、食べる事と薪代にしております」
と言った。
だが、それでも足りないそうだ。
エードルフは「建物修繕などは孤児育成基金の補助があるでしょう。申請はされましたか?」と尋ねた。
元々そのために作った基金なのだ。
寄付金に国が同額を上乗せし、寄付の目減りする時期や高額になる設備の修繕費の補助、学業に秀でた子の進学費用に充てていた。
道で寝る子など見た目や諸国への外聞も良くないし、働き始めたら気持ちよく税を納めてもらわねばならないからな!
「もうずいぶん前からお願いしておりますが、どれもこれも滞っております」
幸いにも直接の寄付が少しあるとかで、食べ物や衣服についてはそれで何とか賄えているのだという。
私とエードルフは顔を見合わせ、私は答えた。
「そうですか。では王宮の担当者に進捗を尋ねておきましょう。当座にこれを使ってください」
私は革袋から金貨をひとつかみだして、無造作に積み上げた。
エードルフ達も各々金貨や銀貨を乗せると、クレール先生は破顔して言った。
「まぁ……こんなにたくさん。本当に感謝いたします。殿下のお力添えを得られるなど、なんて幸運な事でしょう。これで私達も一息つけそうです」
この時点で私は、単に新規事業で何かと行き届かぬだけだと考えていた。
そして私達は孤児院を後にする。
帰り際、子供達から感謝の言葉と歌を聞かせてくれた。
貧しい暮らしだが、子供達の表情が明るいのは先生のおかげであろう。
早くなんとかしてやりたいものだ。
※ ※ ※
王宮に戻ってから、私は
「という事があってな。基金の方で人手が足りてないのかもしれぬから調べてくれ」
とクラウスに依頼した。
「承知致しました。担当のリーフェンシュタール伯が、殿下の事もあって助けを言い出しにくいのかもしれません」と、クラウスも私の意見に頷いた。
「ああ、そうだったな。必要なら手助けを。この際、他の孤児院や養老院の状況も調査せよ」
「承りまして」
リーフェンシュタール伯の領地は大きくもなく、土地も魔力に乏しい。
王家の降嫁先には少し見劣りするため、体裁の為にといささか強引に伯を孤児支援育成基金の職につけた。
婚約解消はエードルフの我儘だからと、慰謝料代わりに職責と給金をそのままに、伯を引き続き任命していたのだ。
しかし長きに渡り領地経営が主で役職付きでもなかった彼は基金運営など慣れてもおらぬだろうし、滞っては私の体裁に関わる。
今のうちに何とかしておく方が良いだろう。




