つむじ風のレオン、スリとエードルフに遭う(会う)
間男をクラウスに送りつけ、私はエードルフを追いかけた。
良かった。それほど遠くには行っていない。
まぁ、学院寮は門限が厳しいからな。
転移陣でも使わぬ限り遠出などできない。
私は物陰に身を隠しつつ三人の後を追う。
ふむふむ、学院で使う筆記具を買ったり、修理に出していた剣や防具を引き取っているようだ。
三人はある屋台で足を止めて、エールと何かを買ってつまみ始めた。
あれは最近街で流行ってる豆菓子だ。
豆を炒って素揚げし塩か飴をまぶしただけの簡単なものだが、ぽりぽりした歯ごたえが心地よく、塩味が特にエールに合うのだ。
「くぅーっ! 私もあの輪の中に入りたいぞ!!」
歯噛みしつつ、私は物陰から三人をねっとり見つめる。
全くもって羨ましい、特にあのユリウスが。
悔しいのでせめて気分だけでもと、手近な出店でリンゴ酒を買ってあおる。
これは中に干した杏が丸ごと入っていて、酒を吸った杏が柔らかくなっていてまるでデザートのような酒なのだ。
リンゴ酒をグヒグビとあおり、柔らかくなった杏をつまもうとした時、足元でどすんと何かがぶつかった。
「あっ、おっちゃん。ごめーん!」
きゃははと子供が二人、ぶつかってすれ違う。
いかんな。少し気を抜きすぎたか。
腰に手を回せば、括り付けてあった革袋がなくなっていた。
見事な手並みだが残念。あの皮袋は特注品で魔術式を刻んであるのだ。
私は指輪にしている婚姻の石に魔力を流し込んで、皮袋の側に移動し、先程の子供の首根っこを捕まえる。
「人の腰から皮袋を盗むのは犯罪ぞ! お前達!!」
子供達は唐突に現れた私にとても驚いていたが、怒鳴り声にもひるまず私の手からすり抜け、持っていた革袋を得意気にひらひらとさせて、生意気そうな顔でしまい込んで見せた。
「盗れるもんなら盗り返してみろよ! おっさん!!」
ため息を一つつき、同じく石に魔力を流して、今度は革袋と一番年かさそうな身体の大きい子供をまとめて引き寄せた。
「私はこんな事をさせる親、または保証人の顔が見たいのだが?」
やっぱり首根っこを押さえつつ、革袋をトラウザーズの隠しにしまって言った。
全く。王都であるのに治安が悪くなっているではないか。
「そんなのいねぇよ。金持ちの奴らに俺の気なんてわかるわけねぇさ!!」
「ふむ……。確かに聞かねばわからんが、黙っていては誰も助けてはくれんぞ? お前達はどうしたのだ? 何故こんな事をしておるのだ?」
初等学校を卒業したら、さらに上の中等学校に行く子も少しいるが、大抵は職人や商会へ修行に出る。
見た感じはまだ初等学校ぐらいの年頃に見えるのだが。
「かっぱらいなんて誰が好きなもんか!!」
一番年かさの少年はふてくされてそっぽを向き、それ以上は黙り込んで話そうとはしなかった。
見た目は7歳か8歳か。平民だと大体この年から学校に通わせるはずだが。
なんだろうか。ものすごくもやもやしてひっかかる。
「お主ら、もう少し話を……」
聞かせてもらおうとして、少し手を緩めた瞬間、子供らはするりと抜け、そのまま通りに出で大声で助けを呼んだ。
「人さらいーー!!」
「誰かーーっ!! この人、人さらいです!!!!」
「ころされるぅ~~」
殺すとは失敬な。
しばし黙っていてもらおうと、ちょっと魔術を使って声だけを奪い、小路へ引きずりこんだ。
が、少々遅く誰かが来てしまった。
振り返りながら、私は言い訳をした。
「ああ、済まない。何でもないから行ってくれ。私はレオン・ストーヴィント。ちょっと皮ぶく…ろを……」
私は目の前の人間に腰が抜けそうなほど驚き、男に背を向けた。
何故、エードルフがここにおるのだ!!
下着が絞れるほど冷や汗が出た。
「レオン・ストーヴィントって、確か“つむじ風のレオン”?」と言いながら、エードルフは回り込んでじぃーっと私の顔をのぞき込む。
「な……何かっ……、、、ごっ、御用デショウカ?」
声をごまかそうといつもより一段高い声で知らんふりを決め込むものの、エードルフはさらに近づいてくる。
ひーーっ! 見るな寄るな近づくなぁぁぁ!!!!
魔力値が高いと、平民ならごまかせる目くらましがバレてしまう!!
でもこの子らから話は聞きたい。とりあえず魔力を多めに流して目くらましを最大限強くした。
効いてくれ! 頼む!!
「まさか兄上? お姿が大分違いますが」
「そうですよ。確か目くらましの魔術をかけてると。いやはや。“つむじ風のレオン”のお噂は、よく父から聞いておりましたが、お目にかかれる……」
「ちょっ。おい! エードルフの兄上って、こくお……」
私は咄嗟に魔術を使い、ルドヴィルやユリウスの声を奪った。
これはバレた。完全にバレてしまった。
そのまま私は他の者の耳から、私とエードルフの声を奪った。
これで私とエードルフの会話は聞こえないはずだ。
「兄上、こんなところで一体何をなされてるのですか?」
「いや…そのう…………えーと、、、、あのう…。そ、そうだな、そう! 気分転換に散歩?」
やはり無理があるかの。エードルフは疑いの目を私に向けたままだ。
だが本当の事を言う訳にはいかないのだ!
「お散歩ですか……。で、この状況、お話しいただけますか?」
「さ、散歩途中にちょっと革袋を子供にスラれてしまって。今、犯人の子供達を捕まえて親元へ届けに行くところだったのだ!」
エードルフはじいっと私を見つめ、言った。
「では私も一緒に参りましょう。寮の門限までまだ時間もありますし、供もいない兄上を一人にしておけません」
「いやいや。ありがたいがエードルフの手を煩わせるまでもない。私一人で十分だ。先に帰りな……」
エードルフはものすごーくいい笑顔を向け、私を遮って言った。
「いいえ。何故私達をつけておられたのかは、きちんとお聞かせいただかねば帰れません。さぁ、術を解いてください。後は私が引き受けますよ」
エードルフは頭の布をとって、その姿を晒した。
しかしながら、つけまわしていたことを知っておったとは!!
なんと言い訳をしたものか……。困ったの。。。




