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終止符を君の手で  作者: 砂川恭子
愚者も歩けば企みにあたる
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2


 幾人かの令嬢と付き合い程度に踊り、顔見知りにも一通りあいさつをしてまわる。夜も更けて舞踏会の中頃を過ぎたころ、男は人知れず会場を抜け出し、庭園でとある貴人と密談を交わした。


 話を終え、別々に分かれて大広間へ戻る道すがら、生垣の長椅子近くに若い男女の姿を認めた。


 人目を忍んで恋人たちが密会を楽しんでいるのだろうか。二人は遠くから聞こえる音楽に合わせて体を寄せて踊っている。すぐそばにランタンがあるせいで、向こうの姿は見えるが、こちらの姿は暗闇に紛れて見えていないようだ。


 少々呆れつつも、邪魔をしないように踵を返そうとすると、男が女を抱き上げ、二人が笑い声を立てた。女の方の声に聞き覚えがあるような気がして凝視すると、頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 月夜の下、男と抱き合って笑うのは、先ほど踊ったリンジー・ダールトン、その人だった。


 何かの間違いか、思わずそっと歩みを寄せて様子を伺うも、グリーンのドレスを着た彼女は間違いなく侯爵令嬢だった。抱き合う男は金髪で、軍服を着ていた。ここからだと階級までは確認できないが、男よりは若そうだ。


 顔の広い男が見かけない顔だから、王都や宮殿の業務についている人間ではないはずだ。辺境に勤める兵士が警護に駆り出されたか。任務をほっぽり出して女にかまけるとは……。男は腹立たしく思った。


 何より衝撃を受けたのは少女に対してだった。男と踊った時のぎこちなさが嘘のように、表情も豊かで心底楽しそうにしている。ためらいもせずに、安心しきった様子で軍服の男の胸に身を預けている。


 男が茫然と立ち尽くしていると、二人は何やら声を落として話し始める。聞こえてくる単語と二人の様子から察するに、王都に戻るようだった男の予定が変わったらしい。若い令嬢に手を出しておいて、曖昧な言葉でつなぎとめる無責任さに腹が立った。


 きちんと関係を公表して婚約を結ぶなり、彼女を連れていくなり、身の振りようはある。そうしないでただ待たせているのは表沙汰にできない関係だからか。男が下種に勘ぐる。わざわざ人目を忍ぶように会っていることが何よりの証拠だと思った。


 少女にも憤りを感じた。不器用でも真っ直ぐそうなところが好ましいと思っていたが、嘘も誤魔化しも得意のようだ。男は自分の見る目のなさに呆れた。


 爛れた恋愛は珍しくないが、一緒に踊った時の彼女とは結び付かなかったし、お世話になった彼女の母親に対するひどい裏切りだと思った。




 恋愛は人を変えてしまうのか。若い男女を見ながら男は自身の両親のことを思い起こした。


 元々あまり仲の良くなかった両親だが、致命的な決裂は父親の浮気から始まった。愛人にうつつを抜かした父は徐々に貴族としての職務を果たさなくなるようになった。愛人の家に入り浸るようになり、ついにはその女が妊娠してお家騒動にまで発展したのだった。


 激怒した母が持てる力と人脈を全てつかって二人を追い込み、かなり早い段階で爵位を譲らせる形で決着したが、尊敬していた父の裏切りは、幼かった男を深く傷つけた。


 愛人の存在に気付き、泣き叫ぶように悲嘆にくれる母の姿を見た時も心が痛んだ。もっとも、たくましい母は立ち直りも早く、今は愛人と別荘で悠々と暮らしているが。


 いっそのこと、このまま踏み込んで関係を問い詰めてしまおうかと男は思った。別れは辛くても長い目で見れば彼女は幸せになれるかもしれない。


 一歩足を踏み込んで、再び思い直す。ただでさえ国の重要な行事が立て込んでいる状況で、さらに面倒ごとを抱えることは賢い選択ではないだろう。ここにいた理由を問われても面倒だ。踵を返そうとして小枝を踏んづけてしまう。


 ぱきり、と音がして、令嬢と軍人がぱっと身を離した。戻るよう急かす彼女の言葉に、やはり道ならぬ恋なのか、と邪推して腹の底に重い石を抱え込んだような気持になった。


 軍服の男が早歩きで大広間の方向へ歩みだす。歩幅の違う女性を思いやる余裕もないその無骨さが、男の神経を逆なでした。


 はやく君も行ってくれ、なおもその場に残る令嬢を恨めしく思っていると、彼女は足早に行く男の背中を見つめ、音もなく涙をこぼした。立ち去ろうとしていた男の足は、地面に縫い付けられたかのように動かなかった。


 驚いているのもつかの間、彼女もまた早歩きで立ち去った。健気さが哀れだったが、そんな相手を選んで自業自得だと男は自分に言い聞かせた。涙をぬぐった時の、さびしげな顔が胸に焼き付いて離れなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 がたん、という揺れとともに馬車がとまり、男はいつのまにか宮殿に到着していたことに気付いた。

 舞踏会の時に交わした密談も、今日で大詰めの段階に来ている。思考を現実に引き戻して、男は馬車から降り立った。


「おはようございます。ガーフィールド公爵」

 門番の凛とした声が、朝の宮殿に響いた。オリバーはなんだか自分の陰湿な怒りが天に見透かされているような気がした。



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