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終止符を君の手で  作者: 砂川恭子
街角の魔術師
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3

 

 日が傾いて木々の影が長くなるころ、舞踏会の支度が整った。母の用意してくれたドレスは薄い上品なグリーンで裾にかけてアイボリーに変わっていくデザインだ。アイボリーの部分には白や黄色、ピンクの花の刺繍が縫い込まれている。


 上半身はすっきりと、ウエストから裾にかけてはふんわりとしたデザインで、そこから白いハイヒールがほんの少し覗いて見える。母と姉のセンスの良さを実感した。化粧も凝った髪型も品よく、かつ可愛らしく施してもらえた。


「首飾りはどうしましょう。まだ晩は冷えるからショールも必要ね、白と黄色のどちらがいいかしら?」

 お母様が侍女と相談しながら慌ただしくも嬉々として衣裳部屋を行き来する。


『一度でいいから社交シーズンを楽しんでほしい』という母の泣き落としに負けて参加を決めたが、こんな風に久しぶりに着飾るとなんだかんだ心が躍る。いつもよりも高さのある靴を履きこなせるか心配だったが、思ったよりも安定感があるようだ。


 鏡の前で全身を確認しながらくるりとターンしてそんなことをしているとふいに後ろから声を掛けられた。

「あら、まだ終わってないのね」

 振り返るとまばゆい美女、もといお姉さまが佇んでいた。


「まあ、とても可愛らしいわ!」

「お姉様こそとっても素敵……」

 私のドレス姿を目にとめて声を弾ませる姉は、深緑のマーメイドドレスを身につけていた。体に沿うラインが女性らしい曲線美を一層引き立てている。


 繊細なレースの袖が肘までを覆い、豊かな栗毛は編みおろしで、ところどころに真珠の髪飾りが散りばめられている。こんな美女が参加するのに踊ってもらえない男性陣がすでにかわいそうだ。姉は結婚して以来、よっぽど身分の高い方に誘われない限り、家族以外とは踊らないという。


 お互いの姿を見つめて褒めあっていると、アクセサリーとショールを決めたらしい母に鏡の前に呼び戻される。花を模した宝石をあしらったネックレスをつけてもらい生成りのショールを羽織る。一丁前に着飾った令嬢の完成だ。


「リンジーきれいよ……私のわがままに付き合ってくれてありがとう」

「ドレスもネックレスもお化粧も、なにもかもとても素敵だわ。私こそありがとう」

 参加しないだなんて意地張ってごめんなさい。そう続けるとすでに感極まった様子のお母様の目に涙が浮かんだ。


「あぁリンジー」

 震える母の手がそっと私の肩を抱いた。鏡越しに母を見つめる。いつの間にか自分の身長が母に並んでいることに気付いた。


「あなたが働くために家を出るなんて……今日の舞踏会に素敵な男性がいたらあなたの気持ちを変えてくれるかもしれないのに」

「お母様……」


 悲しげな顔でお母様が囁く。貴族の世界を愛し愛された母には私の選択はいまだに受け入れ難いんだろう。その根底に子供に対する愛情があることは分かっている。母の希望を叶えられないことに胸が痛むが愛情深い母のことだから、いつかは受け入れてくれるだろう。


「もう! リンジーの異性恐怖症は何度も試したけど治らなかったでしょう! あんなに辛そうなこと、もう無理してすることないわ。今日は王宮の食事と音楽と雰囲気を満喫しましょう」

 少ししんみりした雰囲気を吹き飛ばすように姉が明るくいって、私と母の手を取った。


 三人で階下に降りて、支度を終えるのを待っていた父と長男の男性陣と玄関ホールで合流する。カイルお兄様は遠方から王都へくる有力貴族の護衛があるとかで昼過ぎに早々と出てしまったのだ。


「やぁ来たね、お嬢さん方」

「リンジーきれいだね、よく見せておくれ」

 父の言葉に気を良くして、淑女らしく裾を軽く摘んで膝を折ってあいさつしてみた。髪や化粧が崩れないように、しかししっかりと抱擁される。父の腕から解放されると今度は兄が手を差し伸べてきたので、わざと気取った様子で右手を重ねた。


「本当に。森の妖精が迷い込んできたのかと思ったよ」

 兄はこちらの小芝居に乗っかり、重ねた手の甲に口づけを落とすと、そのまま流れるような動作でエスコートしてくれた。二人は母と姉にも惜しみない賛辞を送る。言われた側も慣れた様子で、母と姉はにこやかに受け流して優雅な裾さばきで歩みを進める。


 なんとも高貴な雰囲気に、場慣れしていない私は少し委縮してしまう。ふと、この場にカイルがいたらどうだろうか想像する。きっと歯の浮くような誉め言葉を母に求められて、あのげんなりした顔をするだろうな、表情まで浮かんできて一人で小さく笑ってしまった。


 両親と子どもたちの二組に分かれて馬車に乗り込み出発する。道中は仕事で宮殿に出入りする兄が、宮殿の歴史やら構造をかみ砕いて話してくれたの。これから私も働くことになる宮殿にはなんと二百以上もの部屋があるそうだ。


「そんなにあって、王族の方々はちゃんと全て把握してらっしゃるの?」

「どうかな……時代とともに忘れられた隠し扉や隠し部屋もあるって噂だ。うかつに歩き回ったら出られなくなるかもね」

「まあ」

 下っ端が動き回る場所は限られているだろうが、迷い込んだ自分を想像して肝が冷える。


 見かねた様子で姉が口を開く。

「お兄様、あんまりリンジーをからかわないで」

「あくまで噂さ。用心に越したことないってこと」

 兄は肩をすくめて悪戯っぽく笑った。ふと小窓をみると、いつの間にか空は茜色に染まっていて、夕焼けに染まった荘厳な宮殿が目前に迫っていた。


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