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巫女と騎士は魔の森で出逢う

作者: あましま




 その地、セルデン王国は北の国境に魔の森を接する。

 名前のとおり、人や動物などとは生態を違える異形――魔物たちの領域だ。

 言語は通じないが、平時には互いに不干渉を貫いている。深く相手の領域に分け入ったり、理不尽な暴力を振るわなければ敵意を向け合うこともない。

 人間のほうでは有事に備えて警備などの体制をととえているが、こまぎれに出現する魔物を追い払うなり退治するなりが月に数度あるかどうかといった程度。


 ――ただし、この一ヶ月ほど、魔の森は平時とは程遠い姿を見せていた。


 数十年あるいは百数年に一度起きるといわれている魔物の大量発生による大暴走が起きてしまったのだ。

 必ず起きる、備えよと言い伝えに語られるこれこそがスタンピード。

 世界に満ちる魔素が許容量を超えたためだとか、存在もはっきりしない魔王のしわざだとか言われているが、理由はともかく現実として、森にはあふれんばかりの魔物たち。魔物同士で保つはずの距離感を失い、互いの持つ魔力に当てられ理性を飛ばし、手近な魔物を襲うわ食らうわの地獄絵図。

 それが魔の森内部だけでおさまるのなら、人間たちは警戒を強めればいいだけなのだが――あふれんばかりの魔物は、やはり、森からあふれだすのだ。


 そうなればもちろん、人間側にとっても非常事態だ。

 個体差はあるが、おおよその魔物が持つ能力は人より強い。直接攻撃でも、魔術に似た技でも。

 そんなものが山となって森から人の領域へと迫るのだ。

 国軍総動員の全面戦争である。



 スタンピードの第一報より戦端が開かれて一ヶ月を過ぎた今日。

 未だ、魔物たちは森からその身を見せるまでに至っていない。それにはもちろん、森との境を守る国軍の尽力があった。

 騎士も魔術師も神官も、攻撃手段を持つものはすべて戦線へ駆り出されている。

 あちこちで剣戟が鳴り響き、殴打音も混じる。空を疾るいかずちは、何本も何本も魔物を仕留めた。溶ける前の巨大な氷柱を目にする者は、貫かれた魔物の死骸や凍りついた黒い血潮を見ただろう。

 木漏れ日を踊らせていた沢の色はにごり、地面に赤と黒が飛び散っていない場所は皆無。

 森を縦横無尽と駆け回る彼らは、だが、国軍の総数ではない。

 なにしろ、いつまで続くか分からないのがスタンピードである。対峙する人員の交代要員確保は必須だ。

 先鋒として到着した第一陣が粘るうちに王都から第二陣が到着、交代。第二陣がくたびれれば第三陣、第四陣。そのころには第一陣が王都に戻って人員の整理や物資を調達して舞い戻る。

 戦闘、移動および移動中の休憩、とんぼ返り、そして戦闘。

 息をつく暇などないに等しい現実だが、ここで自分たちが崩れれば国の崩壊につながると戦う誰もが知っている。だからただ黙々と――ひたすらに、彼らは魔物を屠るのだ。


 彼ら国軍の駐屯地として借り上げられた国境の村にも、スタンピードと対峙する者たちがいた。

 彼らは前線にこそ出ないが、王都に戻るまでもなく治せる怪我人を癒やしたり、大量の食事を作ったり武器鎧を手直ししたりする後方支援部隊だ。

 技術者や神官、巫女が主な人員として詰めている。


 ――そのなかで治癒を担う基点のひとつとして使われている建物の扉が、勢いよく開けられた。


「今日の担当神殿はどこだ!?」


 黒い鎧をまとった男の声が響き渡る。

 森の中で戦う前提で動きやすさを優先した造りのそれは、あちこちに魔物の血がこびりついていた。彼が戸口から中に入らないのもそのためだ。治療中の患者に汚物を近づけるわけには行かない。

 ……けれど、その配慮は必要なかった。たったいま、この建物の中に怪我人はいないのだ。

 いるのは、男の声に飛び上がって驚いた、真面目そうな神官ただひとりだけ。


「うわっ! レンストレンド第六師団長!? 指揮はいいんですか!?」

「前線は小康状態に入った。奥で新たな発生は確認しているが、あれらがこちらに届くまでには余裕がある」

「そうですか……お疲れさまです」


 神官の差し出す水を、レンストレンド師団長と呼ばれた男は礼を返して受け取った。いったんテーブルに置かれた木のカップへ手布を巻いて、汚さないように持ち上げる。

 戦いで乱れた彼の金髪は、動きに添って流れていった。淡い色彩のそこかしこに黒と赤が散っている。薄暮れ色の瞳のほうは汚れることなく澄んでいて、少し気のこまやかそうな性分を思わせる相貌に走る大小の傷は痛々しいというより歴戦の凄みを思わせた。


「それで、こちらにいらしたのですね。何か治療態勢に不都合がありましたか? 戻った皆さんの怪我が癒えていない……など?」

「いや、それはない」

「ちなみに今日活動中なのは二日前からのスエルケ神殿御一行、ならびに常駐のヴァルハダン神殿御一行ですが」


 ちょうどカップが空っぽになったタイミングで、レンストレンド師団長の動きが止まった。くちもとから離れないカップのふちから、ぽたり、水滴が落っこちる。


「……常駐?」

「はい。常駐です。厳密に申し上げますと数日交代体制で主導する癒し手が入れ替わっていますが、神殿勢としては常にいてくださっています。他の神殿はまるごと他所と交代してますので、ヴァルハダン神殿のちからは今回特に大きいですね」

「そんなに強力なのか?」

「他神殿の巫女が数人がかりになる癒やしを、ヴァルハダンの巫女は一人で済ませているんです。だから神殿と行き来する人員交代に余力があるんですよ」


 おかげで戦況を連続して把握してもらえるので取りこぼしがなく、引き継ぎにかかる手間がこの神殿の分だけ減って助かっています。

 こころからの言葉をつむいだ彼は、現在の二神殿とはまったく別の神殿から派遣された身であった。現場へ立つことはなく、裏方として多々の段取りを取り仕切る役割だ。戦場に常駐することになるため精神面の負担は大きいだろうに、今日まで粛々と勤め上げてきていた。最後までやりきってみせる、と、意気込みをあえて語ることはない控えめな青年である。


 それはさておき、


「……ご存知ありませんでしたか?」

「……後方の体制に気をまわす余裕がなかった……」


 首をかしげる神官に返す師団長の言葉は、苦々しい。

 発生直後、第一陣として駆けつけてからずっと戦い詰めだったのだから仕方のないことだろうに、目を配りきれなかったことを悔やむ姿は彼の誠実さを示していた。

 そんな師団長を励まそうという意図も含めて、神官は明るい声をあげる。


「ご安心ください! 皆さんほんとうによく務めてくださっています! ……あの、前線で問題が起きたわけではないのですよね?」

「まったくない。むしろ、治癒完了して戻るまでのロスがこの数日少なくて、討伐への大きなちからとなっているくらいだ。というか、予想外の速度で魔物を殲滅できているほどで」

「それはよかった! ヴァルハダン期待の新人さんがそのころに来たので、きっと早速のご利益ですね!」

「ああ……いや、それはありがたいが、現在の治癒担当に関して気になる話を聞いたんだ」

「証言?」

「……治癒が『雑』だと……」

「ざつ」

「それでよもや手抜きやおかしな禁術など用いていないか気になって。もしそうであれば、今のうちに正しておかねばと……」


 思ったのだが。と神官を見下ろす師団長の生真面目で険しい表情はいつしか、なんとなく居心地の悪そうなものになっていた。

 後ろめたいことなどないのだと、いままでのやりとりで察してくれたようだ。

 そして神官も察した。


「ああ、その『雑』はたぶん――」

「師団長! レンストレンド師団長はいるか!!」


 またしても建物に誰かが駆け込んできた。戸口よりはるか手前で急停止を仕掛けた彼の足元で、ざざざと砂埃が舞い上がる。

 呼ばれたレンストレンド師団長が、ばっと外に出て扉を閉めた。たとえ怪我人がいなくとも、設備に砂や土をまとわせるのも言語道断なのだ。

 扉が閉まる圧に押されて後ずさった神官と扉一枚隔てた向こうでは、師団長と新手の男二人の怒鳴り合いが始まっていた。


「あんた人の話を最後まで聞いてくださいよ! 聞けよ! 俺たちの『雑』ってそういう意味じゃねえんだよ!」

「良い印象のある言葉じゃないだろう!?」

「だから違うっつーの! ああああ、ええと、あれだ、ほら、大雑把!」

「同じだ!!」

「大味! 荒い! ――じゃない、えーとえーとえーと……、そうだ! 男前だ!!」

「治癒に対する表現か!?」


 形容合戦に一段落がつきそうなところで、神官はおそるおそる扉を開けた。細い隙間から、とある方向を指差して告げる。


「あの……まだ余裕があるようでしたら、見ていかれますか。たぶん今、さっき運ばれてきた皆さんを治癒なさっていると思います」


 ちなみに、と、彼は付け加えた。

 ここが空っぽなのは、ここで治癒を行なっていたスエルケ神殿の巫女様たちが本日分のちからを使い果たしてお休みになっているからです。全員あちらで受け持つことになりました、と。




 神官がいた建物から少し行ったところには、ふだんなら村の憩いの場となっていただろう広場があった。

 治癒現場として案内されたそこにたどり着いた師団長は、眼前の光景を一瞥して顔をしかめる。

 たしかに怪我人たちは広場に集められていた。だがどう見ても治療を行なえる状況ではない。虫の息になるような重傷者も含め、地面に直に座ったり寝かされたり。いまどき子供でもこのような環境は怪我を悪化させるだけだと知っているだろうに。

 ……そもそも治癒というのは、巫女が行なうとされている。

 直に手を触れ祈ることで己を通して神のちからを癒やしの術に変換し、対象へ注ぐというのがよく知られる方法だ。

 こんな不衛生な状況のなか待機させてひとりひとりに施すなど、悪手以外のなにものでもない。

 師団長は当然のように、責任者を求めて声を張り上げ――られなかった。

 気配を察知した、さっき怒鳴りあった相手である男が彼を制止したからだ。


「待った待った」

「だが……!」

「まあ、見ててくださいって。すぐ分かりますよ」


 のんびりした男の言葉に苛立ちを覚えた師団長だが、つづいて広場から飛び込んできた声に反応して目をそちらへ向けた。


「皆さん位置につきましたか! 円の範囲から出てる人はいませんね!? みんな息はありますねー!?」


 円、とは。

 思わず足元に落としたレンストレンド師団長の目に、木の棒で引かれたらしい線が見えた。視線でたどれば、広場に集まる怪我人たちを囲むようにぐるりと一周しているようだ。

 その中心に――たった今声をあげたと思わしき人物が立っていた。


 おー、おー、おー、と元気だったり元気でなかったりする声を受けた人物はおそらく女性だ。他の職には許されない白く翻る衣装は、彼女が神殿所属の巫女であることを示す。

 何が楽しいのか、足先で小刻みに拍子をとっているようだ。

 ますますわけが分からなくなって広場を見つめ、もとい睨みつける師団長に彼女は気づかない。足をテンポよく動かしながら、にぎりこぶしを作った手を大きく頭上へ振りかぶった。


「それではいきます!」


 彼女の両足が、地面に着く。


「――さん、」


 片足が持ち上がる。


「はい!」


 持ち上がった足が地面に触れたと同時――


 ドォン、と。


 彼女を中心として発生した振動が、円内部の地面を大きく揺らしていた。


「……は!?」


 目を瞠った師団長のくちから、ちょっと間抜けな声も漏れた。

 たったいま起こったことが、にわかには現実のものと思えなかったからだ。


 彼女の足踏みで起こった現象は、足元の揺ればかりではない。まるで神気としか言いようのない澄んだちから、あふれんばかりの生気を人にうながすなにかが、振動の走った一帯を駆け抜けていった。

 目に見える色などはなかったけれど、ほんの一瞬、金色の輝きに視界を占領された気がした。


 わあわあ、わあわあ、声が響き出す。


 瀕死の声も疲れた声もどこにもない。

 座り込んでいた者も寝転んでいた者も、ただ伏すばかりだった者も、誰も彼もが立ち上がった。

 そんな元怪我人たちの様子を満足気に見渡した彼女は、「皆さん!」と声を張り上げる。

 誰もが逆らうことなく、むしろ導かれるように視線を意識を彼女へ向けた。師団長も傍らの男も、例外なく。


「いつもほんとうにありがとうございます! 皆さんのおかげで行きも戻りも安泰です! 私は明日、一度戻りますが、また順番で来ますので――来ることがないようになったらそれが一番ですが! どうか誰も欠けることなくまたお逢いできますように!」


「こっちこそありがとうな!」

「明日また怪我したらくるぞー!」

「もうこれが楽しみで怪我してるー!」「バカはしばけー!」「そんな暇あるか前線戻るぞオラー!」


 ……わっちゃわっちゃと誰もが動く。

 とっさに身を隠した、というか隠された師団長の前を、戦場へ戻る者たちが勇ましく通り過ぎていった。

 そんな彼らを見送る彼女は広場に留まる。清々しくも切ない祈りをもったまなざしで、最後の一人の背中が見えなくなるまで見つめ続けていた。足では変わらぬテンポを刻みながら。


「…………っ」


 隠れる際に引きずられるがままになっていた師団長だったが、肩が叩かれた衝撃で我に返った。叩いた当人を振り返れば、してやったりと笑っている。


「な? 雑だろ?」


 だけど威力はごらんのとおりなんだぜ!

 師団長はとりあえず、まるで自分の手柄のように笑う男を篭手を外さないままぶん殴った。大丈夫だ、手加減はした。ぐえっ、とつぶした魔物のような声が男のくちから漏れたけど。

 静まり返った広場に響いたその奇声は、中央の彼女にも届いたようだ。


「あ! ジョスさん! どうなさったんですか怪我ですか!」


 器用にもテンポを刻みつづけながら駆け寄ってくる姿は、ちょっとした見世物感すらある。

 近づくにつれて明らかになる彼女の風貌は、まずやはり、神殿の――巫女としての意匠がほどこされた装いが師団長の目に留まった。つづいては淡い白茶の髪となつこく笑う胡桃色の瞳。年の頃は十代の半ばから後半だろう。

 ジョスと呼ばれた男が足を踏み出した。――さっきからふざけた振る舞いばかりが目立つが、実はこれでも大隊長だったりする。生粋の騎士団育ちであるレンストレンド師団長とは違って、傭兵団から登用された人間だ。短く刈り込んだ髪も瞳も赤茶色だが、髪の先端は緑色に抜けていくという面白い色彩を持っている。豊穣の神とゆかりがあるそうな。ほったらかしの無精髭ももちろん赤い。

 駆け寄ってくる彼女を迎えたジョスは、馴染みの相手に見せる笑顔を浮かべて言った。


「怪我じゃねーよ。殴られたけど腹筋が生きたよ。あと前線少し落ち着いたんでな、様子を見に来た。……いまのでひととおり捌けたのか?」

「捌けました! もう少ししたらスエルケのヘルカちゃんたちも復活すると思います!」

「そうかそうか、いつもありがとうな。……ところで」

「はい!」


 和やかな会話をつづけていたジョスが、立ち尽くすレンストレンド師団長を指差した。追って、彼女も同じ方向を見る。


「新しい人ですか!」

「いやいや違うよ、この人初日からいたよ。ずっと前に出ずっぱりだったんだよ」

「えー! ずっと前線にいたのに私たちが知らなかった人ですよね! すごい! 一度も下がられなかったのですね! すごい! 強い! 頼もしい!! えっじゃあなんでここにいらっしゃるのでしょう、まさかとうとう大きな一発を受けてしまわれて!!」

「ちがうよー、落ち着いたから来たんだって」

「そうですか!」


 そこで初めて、彼女の目がレンストレンド師団長を見た。


「初めまして。ヴァルハダン神殿より癒し手として参りました、巫女フロレンツィアと申します。このたびは何かご用事でしょうか」


 きれいな淑女の礼をとりつつも、足は以下略。

 対する師団長はどうしてもそのステップへ向かう目を無理矢理引き剥がし、礼を示した。


「初めまして、巫女フロレンツィア。私は対魔獣軍第六師団を預かるシリル・レンストレンドです。戦線においてのご尽力、感謝しております」


 ……ところで、と、師団長はつぶやいた。


「その、足は」

「これですか。失礼しております。結界を維持しておりますのでお見苦しいと思いますが、ご寛恕くださいませ!」


 ご令嬢の足を指摘してもいいものか迷いながらの言葉に応じるフロレンツィアは、申し訳無さそうにしながらも朗らかに解を示した。


「結界?」

「ええ。一昨日に毒霧を撒く魔物がこの駐屯地に接近しましたので、ああ、魔物は退治されました。今は一帯の大気浄化と魔物忌避の結界を張っています」

「……結界は、一度構築すればそれでいいものでは?」

「それだと、時間が経つにつれて劣化してしまうのです。こうして常にちからを送っておけば強度が維持できますし、なんらかの理由で意図しない弱体箇所が出てもすぐに感知できるのです!」


 なるほど……とうなずきかけた師団長だったが、途中で動きを止めた。

 彼の驚愕を知ったジョスが、にやりと口の端を吊り上げる。


「二重効果の結界を維持して!? それでさらにあの大人数を一瞬で治癒して!? しかもまったく疲れが出ていないと!?」

「はい! 鍛えておりますから!」

「き、鍛え……?」

「ええ!」


 神官とか巫女とかいえば、それすなわち祈りの日々。繰り返す奉仕。

 平時におけるいくつかの祭事で粛々とした彼らの佇まいを見慣れていたレンストレンドは、想定外の表現を受けてもはやオウム返しすら出来なくなった。

 巫女はそんな師団長の様子に気づかないまま、大きくうなずいて両手を広げた。足はもちろんリズミカル。


「わたくしどもの奉じるヴァルハダン神は雄々しき戦いの神! 鍛錬すなわち奉仕! 自己を鍛えて神への功徳も貯められるのです、素晴らしいと思います! そう――我が神の教義、それこそ!」


 ――――筋力こそ神力(パワー イズ パワー)


「なのです!!」


 魔物たちの気配で薄暗くさえあった空が、その一瞬晴れ渡った。

 差し込む陽光は一直線に巫女フロレンツィアへと降り注ぎ、彼女の周囲をきらきらと輝かせる。

 それはさながら、彼女が神の愛し子であるのだと証明するかのような光景だった。


「今回の広範囲治癒も神からのご助言だったのですよ。ああして大地を踏みしめ波動として神力を送り広げれば、接する者全員へ一気に届けることが可能だろうと!」


 もちろん、それを成すに足る能力が巫女にあることが前提だ。ふだん神殿に縁の少ないレンストレンドでも、その程度は分かる。


「筋力こそ神力……」

「ええ、ええ! 今のわたくしはまさにこれまでの鍛錬あってのもの! スタンピードなど起こらぬほうがいいのですが、間隔を見てもわたくしたちの代で一度は発生するのが確実でしたよね。ですから研鑽を積んでおりました。今回間に合ってほんとうによかったと思っております!」

「……よかった、ですね」


 鍛錬とか研鑽とか巫女のくちから飛び出しているが、いったいどういうことをしているのだろうか。あと、そのゆったりした白く輝かしい繊細な巫女衣装に隠れた体がちょっと気になる。

 ……淑女のそんなところが気になってしまうことに自己嫌悪するレンストレンドであった。

 それでもどうにかオウム返しする気力だけは取り戻せたレンストレンドの脱力っぷりがジョスのツボにハマったようで、さっきから腹を抱えてひくひくと震えていた。


 ジロリとジョスを睨んだレンストレンドがさらなる拳を振るおうと――したかどうかは、分からずじまいになる。


「あ!」


 フロレンツィアが、急に忙しない様子で天を仰いだ。つられて、師団長も大隊長もその視線を追う。

 よもや神託でも来たかと身構えたが、そうではないようだ。


「レンストレンド師団長様、ジョスさん! この小康状態は何時間ほど継続していますか!?」

「シリルで結構です、巫女フロレンツィア。長いので。小康状態は――そうですね、二時間ほど……になりますか」

「これまでの戦いで、このように魔物の動きが鈍る現象がこれほど続くことはありましたか」

「……ありませんでしたが」


 魔の森を見やるシリルだが、彼がここに来てからいままで、魔物が再び侵攻を開始したとの報せはなかった。今もなお。

 そうだな、それくらいだ、と、ジョスもうなずく。

 ふたりの応答を得たフロレンツィアが、ごくりと唾を飲み込んだ。呼称を許したシリルにありがとうございますと律儀に返し、表情を改める。


「でしたら、そろそろかと思います。どうかお気持ちを強く持ってください」

「……何か起こるのか、レンツィ」

「ええ」


 含み笑いを消し去ったジョスの言葉を受け、フロレンツィアは首肯する。


「前回のスタンピードを駆逐した方からのご助言、ならびに過去の記録からの推測ですが――魔物の侵攻が停止して二時間以上が経過した場合、」


 ――ごぉん、と、大気が震えた。

 ――どぉん、と、大地が揺れた。


 シリルとジョスは、魔の森を振り返る。

 フロレンツィアもまた、眉間にしわをつくってふたりの肩越しにそれを見た。


 ――茂る木々の高さを超えて屹立する、巨大な影のごとき異形の出現を。


「……あれが出る、可能性が高まるのです。今はもう出てきてしまいましたが」


 険しくも厳かな声で、巫女は言う。


「あふれる魔素が凝った異形。そこにある限り魔物を生み出し撒き散らす、スタンピードの元凶です」


 不気味にうごめく黒い霧の異形から、ぼたぼたと黒い塊が落ちる。遠目にも分かる――それらは瞬時にうごめき、彼らがこれまでに打ち倒してきた魔物として実体化していった。


「伝令をお願いします! できるだけ広範囲に!」


 フロレンツィアが鋭く告げた。

 シリルが口早に呪文を唱える。魔術師として高い実力を持つ者が備える、大規模戦場でも漏れなく声を届ける伝令術だ。


「何を告げる!」

「あれから距離を取るようにと! 各自攻撃より身の守りを優先させてください! あれを消滅させれば、あれから出現した魔物――今いるほとんどが消えるのです!!」

「距離を、とる?」

「総攻撃じゃねえのか?」


 怪訝な表情になるシリルとジョスに、フロレンツィアは「はい!」と力強くうなずく。


「総攻撃でも倒せますが捨て駒が増えるうえに時間がかかります! 強化したおひとりが特攻していただくほうが早いのです!」


 彼女の説明がなされる間、シリルはひとまず距離を取ることと防御優先の旨を魔の森へ響かせた。了承の魔力光や信号弾が、そこかしこから上がってくる。


「強化とは?」

「はい! シリル様です!」

「私が?」


 唐突な指名に、シリルは一瞬緊迫した現状を忘れた。きょとんとする師団長とは逆に、なるほどとうなずいたのが大隊長だ。


「そうか。師団長、あんた騎士神に祈ったことありますよね?」

「ヴァリエーレ神か? それはもちろん――騎士として誓いは立てている。だが、神殿の者たちのように敬虔なことはしていない」

「構わねえんですよ。戦神ヴァルハダンの弟、騎士神ヴァリエーレに誓ってるっつーのが大事なんです。な、レンツィ」

「ええ! 今ここにシリル様がおいでくださっていたのは、まさにお導きかもしれません!」


 盛り上がるふたりについていけないシリルだが、求められていることはなんとなく分かった。要はフロレンツィアの言う強化とやらを施されて、あれに特攻すればいいのだろう。

 もう一度、森の全土へ伝令を出す。戦神ヴァルハダンの巫女のちからを借りて自分が向かう、それが最善手だと。間を置かず、再び了承の合図が上がった。

 森にそびえる黒い霧はまだ完全に目覚めたという段階ではないのか、自ら何かを成そうとする気配を見せない。ただ、黒い塊をぼたぼたと生み出しつづけていた。


「シリル様」


 凛とした声に名を呼ばれ、振り返る。

 ……いつの間にか、フロレンツィアの足踏みが止まっていた。


「巫女フロレンツィアが、師団長レンストレンドへお願い申し上げます。今このときより、わたくしの騎士となってくださいませ」

「――承ります」


 巫女の視線をひたと受け止め、騎士は静かにうなずいた。

 こちらから何かをする必要があるかと尋ねれば、彼女は首を横に振る。


「受け入れてくださいませ。そうすれば巫女の騎士として、戦神の祝福を与えられるのです」



 ◆



 ……のちに、ジョスがシリルに語ることがある。

 戦神ヴァルハダンは、仕える者たちがこなす修練の苛烈さから巫女のなり手がいなかった。

 フロレンツィアは数十年を隔ててやっと復活した、戦神の愛し子なのだ。癒し手というだけならば神官でも担えるが、加護と祝福を授けられるの巫女は今現在、彼女だけ。

 故に神は、彼女へ最大の寵愛を送る。

 もともとが男は女を護るもの、女が前に出ようというならその横でも後ろからでもその立つ姿が汚れぬよう崩れぬよう、そのすべてを護るものとして在れというのが教義のひとつだ。

 だから、と、ジョスは言う。

「男どもへの直接の加護はな、死ぬような痛みでも気を失わねえとか、骨が砕ける衝撃を受けても骨は折れねえし内臓破裂もねえとか、血が半分抜けても動けるとか気合で止血できるとか、そういったちょっとおっそろしいやつなんだけどな」

 苛烈にもほどがある、とシリルは思った。

 ちなみに騎士神の加護は武器に魔力を乗せやすくなるとか、強力な魔力防壁を展開する術を学べるとか、鎧の荷重を軽減することができるとか、戦神に比べれば穏やかだ。

「で、女性への加護は絶対的な守護結界な。レンツィが結界術に長けてるのはそのせいだ。ちなみ、治癒術は本人の素質とがんばった結果」

 自分の身内を褒めるように胸を張るジョスを、ちょっとだけうっとうしいと感じるシリルである。

「さらに――直接通じ合う巫女が騎士神に縁がある奴をそれと定めて祈ったときには、そいつへとんでもなく輪をかけた加護がもたらされるんだよ」

 それが今回、あのとき、おまえが受けたやつ。

 すごかったろ? そう言って笑うジョスに、たしかに、とシリルもうなずくしかなかった。

 魔の森のただなかから、もうしばらく時を経たあとの一幕だ。



 ◆



 ここは未だ魔の森で、スタンピードのただなかだ。

 切羽詰まった現状を再び忘れてしまいそうになるフロレンツィアの言葉が脳に届いて数秒、葛藤したのも事実だが、シリルは再び頭を上下に動かしていた。


「どうぞ」

「……失礼いたします」


 楚々とシリルへ近づいたフロレンツィアが、彼の頬に両手を添える。

 彼女の動きに合わせて、ふたたび陽光が差し込んでいた。光のなかに浮かぶ巫女の表情に、シリルは見惚れる。

 穏やかに優しくあたたかく――たしかに彼女は巫女なのだ、と、シリルのこころに強く印象づける微笑みのもと、フロレンツィアは宣った。


「我が魂の父よ、兄よ、戦神ヴァルハダンよ。ここに生涯一度の我が騎士を、わたくしフロレンツィアが選びました。戦神よ、あなたの巫女が望みます。この戦いにおいて我が騎士へ、あらゆる敵を打ち倒すちからを、あらゆる害から身を護るちからを、――我らが大地を脅かす害意を我らが意思にて排除するために、どうかその権能を授けたまえ」


 ふ、と。

 シリルは、フロレンツィアの体温を感じた。

 寄せられた身から、そして、頬に触れた唇から。

 ……ほんの一瞬の行為を終えたフロレンツィアは頬に朱を散らしながら、それでもまっすぐにシリルを見た。身の裡にかつてない熱と勝利への渇望を懐き、いまにもあの大きな害悪を討ち果たそうという衝動に満ちる師団長を。


「騎士よ。わたくしに貴方の勝利を見せてください」


 ……フロレンツィアの願いに、自然とシリルの体は動いていた。

 膝を付き、その手をとって指先にくちづけ、力強く宣言する。


「仰せのままに」


 そうして彼は地を蹴った。



 ――その戦いを見ていた者は、声を揃えてこう語る。

 戦神とはまさにあのときのシリル・レンストレンド師団長のことを言うのだと。

 彼は一息に、駐屯地から森の中央へと駆けた。羽が生えたように、跳んだ。

 木々の下の敵を味方を通り過ぎ、一目散に巨大な魔素の塊へ。魔物を生み出す元凶へと。

 母体を守るべく魔物が動く。

 宙に浮くもの、地に立つもの。かたちなす途中のものまでも、あらゆる場所から方向から、シリル目がけて牙を向いた。

 それは実際に飛びかかる異形であったり、魔術に似た炎や氷やいかずちであったりと多種多様。シリルの周囲の空間は、あっという間に敵意に満ちた。

 ……満ちる敵意を、殺意の集団を、シリルは剣の一振りで薙ぎ払う。

 未だ宙を駆ける途中の身でありながら危なげもなく、視線を向けることもなく。

 散りゆくちからの残滓が、欠けた爪の破片が、シリルの服やむき出しになった部分の皮膚を裂いた。黒い飛沫がそこかしこを灼いた。

 敵意の名残を、けれど彼が意に介することはない。

 シリルが見据えるのは、目指すのは、この戦いの本懐ただひとつ。

 真っ直ぐに迫る殺意を浴びた魔素の塊が、ぐるりと上半分を回転させた。

 ドッ、と鈍い音が連続して響く。シリルに対する面から未形成の魔物たちが数多と射出された。


「その程度で!」


 魔素に人の倫理など通じない。――が、自らの子供を弾丸とするようなその所業に、シリルの猛りがかさを増した。

 かといって向かい来る魔弾に情をかける理由もない。直撃するものを切り払い、なお進もうとして――べとり。わずかに距離を空けてすれ違った魔弾のひとつが、その身の一部を伸ばしてシリルの腕にとりついた。


「ジョス!」

「はいよ!」


 振り返りもせず叫ぶ名に、足元から呼応の声が上がる。

 大隊長は超人的なシリルの移動に後塵を拝することになったものの、森の木々の向こうにしっかりと師団長を捉えて駆けていた。

 指示を受けるより先、魔弾が絡みついた瞬間からすでに動いていたジョスはちょうど、手近な木を蹴り上げて登りきったところだった。木のてっぺんなんて足場の悪いことこの上ないが、一瞬確保できれば十分だ。ジョスの手が、腰から抜き放った薄刃の曲刀を標的目がけて投げつける。

 シリルを縫い止めるはずだった魔の軛は、音もなく失われた。

 そのころにはシリルが、とりつかれた瞬間に崩していた体勢もなんのそのと、本懐へ肉薄していた。囲む木々を抜けるような巨体に相対するための足場などどうするのかと思えば、彼は魔素本体を駆け上がる。

 誰が何を言わずとも、この異形を滅ぼすためにどうすればいいか、シリルはすでに知っていた。至近距離から次々と生まれる未形成の魔物は、目に入る端、気配を感じた瞬間に無力化させて彼は進む。

 靴底が異様に粘つこうとも足を止めないシリルは今、あまねく存在に影響するはずの大地の腕からすら解放されているようだった。


「――――っ」


 駆け上がる最後の一足で、シリルの身は巨大な異形を遥かに越える高さに跳躍した。

 ……眼下に巨大な害悪を睥睨し、キチリ、と剣を構える。

 全体重と降下の勢い、そして身に満ちる祝福のすべてをもって魔素の凝りを、その最奥にある魔核を砕く彼の姿を、いつからか雲間を抜ける光が照らしていた。


 それはシリル本人へのものだったのか、

 それとも騎士の戦いを遠き巫女へ届けるために神が気遣った結果だったのか、


 ――答えは誰も知らない。




 断末魔もなく、異形中の異形はその存在を失った。

 核を砕かれた膨大な量の魔素が、寄る辺を奪われて霧散し始める。


「……っ! 聞こえる者は! 退避しろ!! 全員だ!!!」


 伝令用の術を行使する余力も消えたシリルは、魔素を貫いて地面に降り立った姿勢のまま、剣を支えに片膝をついて咆哮する。

 魔素は普段から自然界にあり、人の身にも流れるものだ。けれどここまでの量が大気に混じれば、その濃度に慣れていない者がどのような変貌を果たすか分からない。


「あんたもだよ! ――おう! おまえら! 聞こえる奴は動け、動ける奴は伝えて拾いながら行け! まずは駐屯地目指すぞ!!」


 追いついたジョスがシリルの状態を見て取り、伝令を補足しながらその身を引き起こした。術を行使して、同じ内容を広範囲に再度響かせる。シリルほどの規模ではないが、彼もまた歴戦の徒なのだ。伝わった先でまた伝令が上がり、了承のいらえが応え、近くに遠くに行軍の足音が響き出す。

 一目散に同じ方向を目指す途中、障害はほとんどなかった。フロレンティアが言ったように、あの魔素が生んだ魔物はすべて消滅したのだろう。その前からいた魔物たちは新しい同族に食われたか、殲滅戦で巻き添えになったか、賢くもどこかに潜んでいるかのいずれかだ。

 散り広がる魔素は、あの塊があった場所を基点にしている。鳥の視点を使える者なら、風の影響も受けず均等に巨大な円をつくるように拡散していく光景を見てとれるだろう。


 ――シリルに肩を貸して進むジョスの足が、ふと止まった。同じ進行先を見ていたシリルは同じタイミングで瞠目する。


 朽ち、汚れ果てた木々の向こうから、なぜかこちらに向けて駆けてくる白い衣装の女性を目の当たりにしたせいだ。


「レンツィ!?」

「なぜ貴女がここに!!」

「わたくしだけではありません!」


 驚愕からほとんど怒鳴るようなものになってしまったふたりの声に驚くこともなく、やってきた女性ことフロレンツィアがはにかんだ笑顔で勇ましく応じた。

 見れば、少し離れた後方を同じように進んでくる一団がいる。……筋骨隆々の神官たちに担がれた、こわごわとした様子の女性たちが。


 なんだあれ。神官による巫女神輿とかか。


「……??」


 現状への認識が追いつかなくなった師団長と大隊長であった。

 彼らの前で足を止めたフロレンツィアが腕を振って、誇らしげに後方の神官部隊を示してみせる。


「我がヴァルハダンの誇るたくましき神官の皆様と、上にいらっしゃいますのがスエルケのヘルカ様たちです! これよりわたくしたちで、魔素を閉じ込め浄化する結界を張ります!」


 ヴァルハダンの巫女へもたらされる神の加護のひとつは、強力な守護結界だ。おそらくそれを展開するのだろう。


 言われるがままに場所を空けたシリルとジェスの目の前で、神官と巫女たちが素早く陣地を形成する。円を描いて配置された彼らの中央にはフロレンツィアが立った。周囲の者の神力を彼女に集める形に見える。

 それはそれとして、ムキムキの神官と細身でたおやかな巫女たちが交互に並んでいるのは絵ヅラ的にわりとシュールだ。

 彼らの誰一人として不安を持っていないことは見て分かったが――それでも、シリルはフロレンツィアへ問いかける。


「さきほどの祝福から時間が経っていませんが、体のほうはいいのですか」

「ご心配ありがとうございます!」


 言ってるシリルもそんな気はしていたとおり、フロレンツィアはにこやかにうなずいた。


「わたくし、鍛えておりますので!!」

「そうですか」


 だからシリルは微笑んで、あとはおとなしくフロレンツィアの鍛錬の結実を見守ることにした。



 ◆



 ――魔の森にてスタンピードの元凶が滅され、魔素の拡散も最高強度の結界によって無事に阻止された数日後。

 駐屯地として借り上げていた村の原状回復のために残した人手を残し、出向いていた軍のほぼ全員が王都に集結していた。傭兵団や各領地から出向した私兵にとっては、立ち寄ったという形になる。疲れているのにわざわざ王都へやってきたのは、今回の戦いを収めた彼らに国王陛下主催の式典が用意されているためだ。

 まあ、式典と言っても、謁見の間に呼ばれる身分の者は限られる。軍団長から師団長、大隊長までだ。個人的な軍功褒賞なども、おおむね彼らに与えられる。見舞金や報奨金はまとめて渡され、あとで直轄の面々に分割することになるだろう。

 蛇足だが、中隊長以下まで対象にすると部屋からあふれる数になる。堅苦しいところに行かなくていいならありがたい、と彼らは笑ったそうな。


「めんどくせー。帰りてー。愛しのニコレッタちゃんに逢いてえよー」

「……我慢してくれ。そう長くはかからん」


 謁見の間に集められた一団のなか、その堅苦しい現場に招集されてしまった大隊長ジョスは、襟首まできっちり締められた衣装をくつろげようとして、隣のシリルから手を叩き落とされた。


 ちなみにニコレッタちゃんはジョスの娘さんだ。かわいいさかりの四歳。ついでに伴侶の女性はウィアトリス。ジョスと同じ傭兵稼業だが、ニコレッタちゃんが十歳になるまでは子育てのために彼女の実家がある中都市に居を構えているそうな。

 この話は、任務中の息抜きで酔っ払ったジョスがよくくちにしていたものである。

 酒の肴になる会話といえばだいたいが武勇伝、家族の話、変なフラグになりそうなネタ、などなど。そんな話をしていいのかと思いたくなるくらいに戦況芳しくない日々も少なくなかったが、誰もそれを言ったことはない。英気を養うために必要なことだったのだ。


 ジョスに一撃入れたシリルは、周囲を見渡して今日何度目かの怪訝な表情になった。そろそろ国王陛下が出てくるだろうという頃合いだが、探している人物の姿が見えないのだ。

 ……軍功褒賞というならば、最大の貢献を果たした彼女にまず与えられるべきだとシリルは思うのに、その本人がここにはいなかった。

 いぶかしげなシリルを見たジョスが、にやりと笑って小声で問う。場所柄を考えたようで敬語で語ってくるが、微妙に気持ち悪い。


「もしかして、レンツィ探してんすか」

「……そうだが」

「こっちには来ませんよ」

「なぜ?」

「この場は、国王陛下はじめ王族が我々軍属へ褒賞を示してくれるもんですからね」


 ほら、と、ジョスが顎をしゃくって見せる。

 ちょうどそのとき、国王陛下がしつらえられた玉座へとその姿を見せていた。つづいて王妃殿下、第二妃殿下、王太子、第二王子、第一王女殿下――と、国王夫妻の家族が粛々と壇上へ並び立つ。


「…………」


 最後に出てきた姿を見て、シリルの顎からちからが抜ける。ジョスがやっぱりにやにやしている顔が視界の端にあるが、二撃目を入れるような余裕も消えた。


「――、――フェルナム第三王子殿下、ならびにフロレンツィア第二王女殿下。王家の皆様おそろいになりました」


 順に読み上げられていった最後の名前は、あの極限の戦場でシリルが耳にしたものだ。姿もたしかにその本人だ。

 長く務め続けてくたびれた白い巫女服ではなく質素ながらも年頃の美しさを引き出すドレスを身にまとい、適当に結い上げていた髪も今や艶めいて一部を宝飾で輝かせている。全体的に肌の露出は少ない。他の王族女性は着用していない半透明のストールも、慎ましやかさを表しているようだ。その向こうに透ける腕はしっかりした肉付きながらも、女性的ななめらかさを有していた。

 ……なんというか。さぞ、こう、バキバキ、的に鍛えられた肉体があるのだろうかと思っていた自分を、シリルは殴りたくなった。

 呆然としたシリルの視線に力など入っていないも同然だったが、じっと意識を向けられたせいか、ふとフロレンツィアが段下へ目を向ける。


「…………」


 ぽ、と、第二王女殿下の頬に朱が散った。

 それを見たシリルの脳裏に、あのくちづけが蘇る。触れた手のひらの温度も、唇が触れる際に肌を揺らした彼女の呼吸も。


「見つめあってんじゃねえですよ」


 ジョスがそう言って、シリルの足を踏みつけた。

 けっこうなちからが入っていたので思わず声が漏れそうになったが、そこは師団長とか男としての意地でどうにか耐えきるシリルであった。


 そんな一幕に気づいているのかいないのか――揃って跪く一行を見渡す国王陛下からの、労いのお言葉が始まる。


 まずはスタンピードを収束させたこと。

 つづいて、大きな被害を出さなかったこと。魔の森に接する境界地はいささか穢れが憑いてしまったけれど、各神殿で浄化のために巡回する手筈をととのえているとの旨も告げられた。

 そして死者が出なかったことを、国王陛下はよろこんだ。

 怪我を即時に治し前線復帰するという荒業にこころを疲れさせた者は多いが、その身が失われなかったことは何にも勝ると。この場の者たちも改めて、心身ともに回復に努めてほしいと。

 また、対処期間が予想を遥かに超えて短かったことにも触れられた。


「過去では半年から数年に及んだこともあったのだ。対処法が確立する前のことであるから同列に並べるものではないかもしれぬが――前回にも四ヶ月を要したからな。それが今回は一ヶ月。皆の働き、本当に感謝する」


 厳かな口調でそう告げたあと、国王陛下は軽く片目を瞑ってみせた。


「前線はもちろんだが、癒し手が獅子奮迅の大活躍だったと多くの話を聞いた。各神殿から派遣された皆には特に謝意を伝えたい」


 その言葉に、神殿から出向いてきていた長たちが面映そうな様子を見せる。

 国王陛下の言葉で場の意識が段下の神殿関係者に向いていたその短い間に、国王陛下がちらりと視線を動かした。――第二王女フロレンツィアへ。

 わずかに頭を下げる彼女を見る国王陛下の目は、深い慈愛に満ちていた。王女の隣に立つ第三王子、第三王女が誇らしげに同じ人を見る。

 荘厳とした雰囲気のなかで気づく者も少なかっただろう家族のやりとりは、シリルのくちもとをゆるませた。

 第二王女があの巫女だと知ったとき、まさか王位継承の問題で神殿に追いやられでもしたのかと、あらぬ想像をしてしまったのだ。

 けれど、今の光景を見て、そんな懸念はかき消えた。

 安堵したシリルは、改めて真摯にこの場に在ることを己に誓う。


 国王陛下の言葉のあとは、軍功褒賞式となる。

 儀式じみた大掛かりなものではなく、ひとりひとり名を呼ばれ、国王陛下から直々に褒章をたまわる簡素なものだ。

 といっても、ふだん雲の上の存在である王族たちが立ち並ぶ階上にあがり、国王陛下の御前に膝をつくというのは――なかなかに得難い経験である。

 軍団長や古参の師団長あたりは慣れた仕草で往復していたが、師団長とはいえシリルは今回のスタンピードで都合合わせに昇格した新米かつ若輩だ。もとから真面目に任務をこなして上の覚えもめでたく、今回においては最後の大一番をも仕切った彼をそんな目で見る者はそうそういないけれど。


「――第六師団長、シリル・レンストレンド」

「はい」


 宰相に名を読み上げられたシリルは、ひとつ息をついて足を進めた。一歩一歩を踏みしめて階段を上がり、王族たちの高みへ踏み入る。所定の位置まで進んだところで膝をつき、深く礼を捧げた。

 そうして目の前に立つ国王陛下が、彼に与える褒章を傍の者が捧げ持つ盆から取り上げ――


「フロレンツィア」


 なぜか第二王女を手招いた。


「えっ?」

「……?」


 フロレンツィアが小さく、動揺の声をあげた。それは王女だからこそ許される振る舞いなので、臣下たるシリルは苦心して驚きの声をひっこめる。一瞬上げてしまった顔も、あわてて伏せた。

 こちらとあちらの不審な挙動を、国王陛下以下誰も気にしていないようだ。

 とりあえず、と傍へ移動したフロレンツィアを見やった国王陛下は、軽く彼女の背を押した。その手に褒章を持たせ、シリルの方へと。


「父上、いえ、陛下?」


 問いつつも、とた、とた、と、おぼつかない足取りでやってきたフロレンツィアのドレスの裾がシリルの視界に入り込む。一瞬足首が見えてしまったことへの動揺は、墓へ持っていきたい。

 状況を飲み込めないままの娘と臣下を、たぶん国王陛下は面白そうに眺めているのだろう。王女の言葉に応じる声は、実に楽しげだった。


「フロレンツィアの騎士なのだろう? そなた自身が祝福してやるべきではないかな」

「……あ」

「国王陛下……!?」


 また顔を上げかけてしまうシリルだった。今日の今だけで、何度目の失態になるやらだ。


「よい、シリル・レンストレンド。面を上げよ」

「……、は、……失礼いたします」


 懐深い思し召しに感謝するシリルだが、段取りが完全にどこかへ行ってしまっているのも分かっているので、動作も声も硬いものになる。

 我ながらおかしくなるくらいおずおずと顔を上げれば、国王陛下よりもはるかにシリルと近い場所にいたフロレンツィアと目が合った。ぱちぱちとまたたきしたふたりは、声を失って見つめ合う。


 ――先に我に返ったのは、王族の振る舞いに慣れたフロレンツィアだった。


 ふ、と、フロレンツィアのくちもとがほころぶ。

 戦場でどちらかというと勇ましくかわいげにそうしていたのとはまた違う、穏やかな笑みだ。

 そこから溢れる声にもあのときの見せていた勢いはない。

 けれど間違いなく、フロレンツィアのものだ。たしかな親愛をこめた響きで、彼女はシリルの名をくちにした。


「シリル・レンストレンド」

「――は」


 第二王女が務めを果たそうとしているのだ。シリルも改めて居住まいを正す。

 ぴんと背筋を伸ばして見つめれば、フロレンティアがそっと彼の前に身をかがめた。本来であれば国王陛下が命じて臣下を立たせるのだが、これでは逆だ。けれど誰も何も言わず、ぬくさを増した場の雰囲気が冷えるようなこともない。


「わたくしの騎士、シリル。貴方の勇気に、勇姿に、そして勝利に。第二王女として、巫女フロレンツィアとして。こころから感謝いたします」


 フロレンツィアの言葉がシリルに注がれる。目視こそ出来るものではないけれど、まるで光が降るように。

 そうして、白い長手袋に包まれた王女の手指がシリルの胸元に触れた。取り付け終えたそれが離れていく瞬間、サイズとしては小物であるはずの褒章は意外なほどの重みをシリルの心臓の上から主張した。



 ◆



 関係者の奮闘により、魔の森境界が落ち着きを取り戻すころ。

 巫女フロレンツィアの求めに応じて、シリル・レンストレンドはヴァルハダン神殿に赴いた。ジョスが王都にいるなら一緒にと言われたが、彼らは早々に次の稼ぎ場所を見つけて旅立ってしまっていた。

 それを聞いたフロレンツィアが、そんな気はしました、と笑った。


 ちなみに傭兵団が旅立つ前にジョスと逢っていたシリルは、本当に王女って分からなかったのかと真顔で問われた。

 王子王女が生まれれば、ちなんで同じ名をつける国民性だから、そのたぐいかと思っていた。そう正直に答えたら、案の定爆笑された。

 これはフロレンツィアには言えない。シリルが墓に持っていく案件がひとつ増えた。


 ここはヴァルハダン神殿の中庭に儲けられた四阿だ。

 ふだんは誰もが使える設備だが、今日はフロレンツィアの要望で彼女とその招待客の貸し切りになっている。

 距離を置いた場所には巫女の側付きとして控える神官が二名。姿は見えないものの、第二王女の護衛として一名。こちらは昼夜問わず張り付くタイプの、いわば暗部的な存在らしい。女性で二名交代制――こんなことまで話していいのかと尋ねたシリルは、王族の護衛については暗黙の了解なのだと知ることになった。

 ちなみに王城に戻れば、神官の代わりに護衛騎士が張り付くそうだ。


「プライバシーというものがないのです」


 ふたりが向かい合うテーブルで、巫女フロレンツィアは年相応の笑顔を浮かべて愚痴をこぼす。

 王城で褒章を授けた王女の顔とはまた違う。

 戦場で張り切っていたのとも、少し違う。

 そう思って見ていると、紅茶のカップを置いたフロレンツィアがシリルを見た。


「今日お招きしたのは、巫女の騎士についてきちんとご説明しようと思ってのことです。あのときは勢い任せに成っていただいて、そのままでしたから」


 フロレンツィアが語るには、巫女の騎士といっても、名義上のものと考えておいて差し支えないらしい。とくに宗派を乗り換えたり、なにかのたびに神殿へ赴いたりするようなことはないそうだった。


「そう、ですか」


 説明を受けたシリルの声は、少し拍子抜けしたものになる。

 実のところ、誓約だとか巫女の護衛だとかが付いてくるものだと思っていたのだ。

 ……残念だな、と思った。

 思って、どういうことだ、とすぐに自問する。


 ――わたくしの騎士。


 戦場で、謁見の間で。

 そう告げたフロレンツィアの声が、いまなお記憶に鮮明なせいだろうか。


「それより――」

「え?」


 ふと調子の変わったフロレンツィアの切り出しに、シリルは知らず手元に落としていた顔を持ち上げた。

 視線が合う。

 ぱち、と軽く弾けるような感覚があって、どちらからとなく急ぎがちに目を逸らす。


「あの。……わたくし、あちらでたいへん張り切った姿をお見せしましたけれど。その――シリル様。はしたないとお思いになられたり……」

「ああ」


 巫女であり王女である彼女の少女らしい恥じらいを見て、シリルの気持ちがゆるく和んだ。


「そのようなことは、まったく。あの状況下でも怯むことなく務められた貴女に励まされた者は多いでしょう。私も――騎士としていただいたことだけでなく、巫女フロレンツィアが在ったからこそ奮起できたものと思っております」

「そう? そうですか? ――よかった!」


 よろこぶフロレンツィアの表情は、花がほころぶような笑顔だった。


「ふふ。ヴァルハダン神殿のおつとめは筋肉寄りなので。他の方にはどう思われてもいいと思ってきたのですけど……わたくしの騎士にどう見られているかは、やはり気になってしまって」


 ――わたくしの騎士。


 耳をくすぐる彼女の言葉に、ふと、シリルの鼓動が跳ねた。

 名義上のものだけだと伝えられたばかりなのに、フロレンツィアがそういうことを言うものだから、シリルはそこに別の意味を探したくなってしまっている。

 ……探したく、なってしまった。


「……フロレンツィア様」

「あら、ここは神殿なのですよ。そのように改まって――」


 さっきまでのように巫女と呼んで。そう続けようとしたであろうフロレンツィアの視線が、テーブルの円をなぞるように動いた。

 シリルが席を立ち、フロレンツィアの傍らに膝をついたからだ。

 神官や護衛から制止がかかるかと思ったが、彼らは微動だにせず己の任を勤めていた。


「……シリル様?」


 シリルは、首をかしげるフロレンツィアの瞳をまっすぐに見上げた。

 戦場の高揚が落ち着いた今もなお、彼女のまなざしは自身の心をかき乱す。そこに自分が映りこむこの瞬間が、これからも多く在ればいいのにと思う。思っていることに、気がついてしまった。


 静かにこちらを見つめてくるシリルのまなざしを受けたフロレンツィアは、頬に熱が集まりつつあることを自覚した。いや、とっくにそうなっているかもしれない。

 実は未だくちに出来ていないけれど、今日彼を招いたのは、巫女の騎士の説明以外にも理由があるのだ。

 ただ、心の準備とか思い切りとかが追いつかなくて、切り出せていない。

 だって、初めての人なのだ。

 巫女の騎士になってくれたこともそう。

 戦神ヴァルハダンの巫女にも第二王女にも、同じ態度でいてくれることもそう。

 ……幼いころ、フロレンツィアはたまたま戦神の巫女にもたらされる加護、与えられる祝福を知った。それがスタンピードへの切り札になると考えた。同時に、そのつとめの厳しさから、女性が戦神の神殿に仕える事例がほぼほぼないことも、これからも難しいだろうことも悟った。

 ならば自分がやってみよう。上に王子が三人、王女が一人いるのだ。そんな状況での第二王女は王位継承権も低く、比較的自由が利く。

 議会や大臣たちは国民の手前だとか外聞だとかいい顔をされなかったけれど、父母たる国王と王妃は許してくれた。兄妹たちは心配しながらも送り出してくれた。

 それから晴れて巫女として昇り詰めるまでの経緯を、跪くシリルは知らないけれど――知らないままで、あのように接してくれたことが、フロレンツィアはとてもうれしかったのだ。

 あのとき、そして今、こうして彼が傍らにいることが、ふつうになればいいのにと。

 ただ、それは巫女の騎士というだけでは無理な話だった。彼にも伝えたように、大きすぎる祝福は日常において不必要だ。つまり、シリルがフロレンツィアの傍にいる必要もないということ。

 ……だから、


「フロレンツィア第二王女殿下」


 彼に、


「私が真実貴女の騎士として立ちたいと望んだ場合――その道を、努力と研鑽で拓くことは可能でしょうか」


 先手を打たれてしまったというのに、悔しいなんてフロレンツィアが思うわけなかった。


 まんまるく目を見開くフロレンツィアは、次の瞬間、また大輪の笑顔を浮かべる。


「シリル様」

「はい」

「わたくし、今回のことでご褒美をいただけるのです」

「……それは」


 言いよどむシリルの感情は、おそらくフロレンツィアの予想に違わない。


「それと、シリル様にもご褒美を預かってきたのです。――もちろん、受け取る受け取らないはシリル様に決めていただきたく思います」

「……私に、ですか」


 シリルは胸に手を添える。

 先日戴いた褒章は、今日も彼の胸元を鮮やかに彩っていた。


「ええ。先の功績にはまだまだ足りないと、陛下も妃殿下も仰せです」


 シリル・レンストレンド師団長は、先の戦いにおける指揮権を示す一時的な繰り上がりだった。国王はまず、改めて彼の地位を昇格させることにしたのだ。

 そしてフロレンツィアへの褒美として、彼女の望む騎士を専任の近衛として就ける案を出した。

 ちなみに近衛騎士の立場は騎士団から離れたものとなっているが、地位としては副団長に匹敵するものである。


「ですから――わたくしとシリル様へのご褒美を、こう……」


 フロレンツィアの手のひらが、ゆっくりと合わされていく。その手の向こうに王女は騎士を見、騎士は王女を見た。


「合わせることができればと、お願いしたく思いました」


 触れ合った手のひらをほどいたフロレンツィアは、そろりと片方をシリルへ向けて差し伸べた。甲を上に向けたそれは、すぐさまシリルの手に掬われる。

 ここまでしばらく緊張をもって向かい合っていたふたりだったが、ふわとフロレンツィアが表情をゆるめると同時、シリルのくちもともやわらかくなる。


「……命じてくださってよいのですよ」

「いいえ。お願い申し上げるのです」


 ちょっぴりかたくなな第二王女も、それを聞く騎士も、脳裏に描く光景は同じだった。


 シリルが厳かに、深く首肯する。

 手にした第二王女の指先に、くちびるをかすめて一言、告げた。


「承りました」


 フロレンツィアが、そうっと身をかがめた。

 自分を見上げる騎士の頬へ、預けていない側の手を添える。


「――わたくしの騎士」


 つぶやいて、シリルの皮膚に温度を残した。



 ◆



 ちなみに。

 無事に姫と騎士となったふたりにそこから進展せんのかと国王が急かしたり、

 やっぱりそうなったかーと傭兵のおっさんが大笑いしたり、

 ヴァルハダン神殿へ巫女希望が殺到したり――して、ほぼ全員が脱落したり、

 するのは、もうちょっと先のお話である。


「……やはり、巫女見習いになる条件が腕立て伏せ五十回できるようになりましょうというのは、ご令嬢には難しいのでは」

「ううん……筋肉をつけると女性らしさが失われるって先入観もあるようなのですよね……どう思いますか、シリル、これ」

「はあ。お美しい腕かと」

「ですよね? 男の方のようにはならないのですよ。一時期憧れましたけれど」

「……よかったです。では夜会のドレスなど新調されるときに、そのあたりをアピールするデザインにされては? 今よく召されるのは、ゆったりした腕周りが多いでしょう」

「……」

「ツィア様?」

「シリルは朴念仁だと思うのです」

「……、……――、すみません。やはりなしということでお願いします」

「ええ、もちろんです。わたくしの騎士」



 近衛騎士とお姫様の恋物語って意外とあるんじゃよ、と国王陛下が現役近衛騎士に耳打ちする姿がどこぞで見られたそうだ。




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