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飛鳥 幻の三代  作者: ふじまる
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3 初めての友達

馬子、蝦夷、入鹿と続く蘇我本宗家三代の物語です

 十歳になった時、蝦夷は皇族や有力豪族の子息が通う学校へ入学することになった。

 それまで友知による個人授業で学習していたのが、今後は同じ年頃の子供と肩を並べて学べるというので、蝦夷の心は弾んだ。あまりにも蝦夷がはしゃぐのでヨシが一言注意したほどだった。

「若さま、遊びに行くのではないのですよ。学校は勉学しに行くところなのですよ」

「そんなの分かっているよ」

 そう言いながらも蝦夷はうれしそうに部屋の中をぐるぐる走り回っていた。

 ところが、いざ登校の日になると、またもや生来の引っ込み思案が出て、「お腹が痛い」だの「気分が悪い」だのと言って蝦夷がぐずり始めたので、司馬友知が心を鬼にして無理やり学校へ引っ張っていかなければならない始末だった。

 このように多少のすったもんだはあったものの、何とか無事に入学出来た蝦夷だったが、張りきっていたのは最初だけで、すぐに学校に慣れてしまった。というのも、同級生のレベルがあまりにも低かったからである。学問どころか字もろくに書けない生徒もいた。特に皇族の子供は甘やかされて育った為か全体的に精神が幼い感じで、蝦夷には彼らが自分と同じ年齢だとはどうしても思えなかった。彼らと会話していると、まるで弟の良徳と話をしているようだと蝦夷は思った。

 しかし、中には蝦夷と変わらぬ高い学力を有している生徒もいて、その中のひとり阿倍内麻呂あべのうちまろと蝦夷はすぐに仲良しになった。

 内麻呂は字を高志たかしといい、父は阿倍鳥子あべのとりこという蘇我家に近しい中堅豪族の長であった。蘇我氏は渡来系の豪族の他に、阿倍氏、巨勢氏、膳部氏といった土着の豪族をいくつか配下に抱えていたのである。

 内気で大勢の人の前に立つのが苦手な蝦夷とは違い、内麻呂は生まれつき活発な性格で、リーダーシップがあった。将来は父親の後を継ぎ、阿倍一族を率いてゆく気が満々だった。蝦夷はそんなふうに積極的な気持ちになれる内麻呂がうらやましかった。

 蝦夷と二人きりの時、内麻呂はよく政治の現状を熱く語った。

「今は物部の天下で、おれの父さんも君の父さんも冷や飯を食わされている状態だけど、このままじゃ終わらないよ」

「終わらないって、どうなるのさ?」

 蝦夷がそう尋ねると内麻呂は目を輝かせて

「戦争するのさ」

 と答えた。その答えに蝦夷が驚き

「でも、戦争になったら人がたくさん死ぬじゃないの」

 そう言うと内麻呂は呆れた顔をして蝦夷の方を見た。

「戦争を恐れていたら何も出来ないよ」

「だって戦争は怖いよ」

「そりゃあ、誰だって戦争は怖いさ。だけど、戦争してでも決着をつけなくちゃならない事が世の中にはあるんだよ」

「そうなのかなあ? ぼくにはもっと別の方法があるように思えるのだけど」

「君は甘いよ」

 内麻呂はぴしゃりとそう言い放った。気後れした蝦夷はさらに質問した。

「それで、ぼくたちの父さんは勝てるの?」

「そこが問題だ・・・」

 と、内麻呂は腕を組んで考え込んだ。

「戦力的にはこちらが不利なのは明らかなんだよな。この劣勢をどうやって挽回するか、そこが頭の痛いところだ」

「物部って、そんなに強いの?」

「強いに決まっているじゃないか。物部は昔から朝廷の正規軍だったんだぜ」

「ふうん、そうなんだ」

「そうだよ。強いんだよ。どうしたら物部の凄さを君に伝えられるかなあ? そうだ、良い考えがある。こんど学校が休みの日に二人で物部を偵察しに行こうよ? いわば敵情視察さ。どうだい、行くだろう?」

 内麻呂にそう問われて、まさか断るわけにもいかず、ちょっと怖かったけど蝦夷は一緒に行くことにした。

 内麻呂と約束した朝、ヨシや友知に黙ってこっそり屋敷を抜け出した蝦夷は走って待ち合わせ場所へ行った。内麻呂はすでに到着していて、後から来た蝦夷の顔を見ると

「よお」

 と人懐っこい笑顔で手を上げた。二人はさっそく目的地へ向かって出発した。

 物部氏は各地に多数の領地を所有していたが、本拠地は現在の天理市にある石上神宮のあたりにあった。物部氏はここに自分たちの祖先を祭り、多数の武器庫や兵士を養成するための軍事施設を設けていた。そしてその周囲には大きな町が形成されていた。

 飛鳥の都から約十キロの道程を蝦夷と内麻呂はてくてく歩いた。二人ともこんな遠出は初めてだったので不安な気持ちも強かったが、反面この冒険旅行に心が弾んでいた。 

 やがて右手に三輪山が現れた。続いて昔の天皇を葬った古墳がいくつか見えてきた。広い平野にぽつんぽつんと点在する古墳は、蝦夷と内麻呂の心に何とも知れぬ寂寥感を感じさせた。まるで世界の果てに来たような気持ちになり、この先を進んでも何も良い事が無いように思えた。蝦夷は引き返したくなったが、内麻呂が黙ってどんどん先へ行くので仕方なくついて行った。

 しばらく歩いていくと、それまでの寂しい雰囲気が嘘のように俄に騒がしくなった。多くの人家があり、人がたくさんいた。商店が建ち並び、威勢のいい商人の声が飛び交っていた。まるで都のような賑わいだった。その活気は物部氏の権勢を雄弁に物語っていた。蝦夷と内麻呂は別世界に来たような不思議な気持ちのまま、もの珍しそうに辺りをきょろきょろ見回しながら、物部氏の城下町を探索した。

 町のいちばん奥に鬱蒼とした深い森があり、その中に高い塀で囲まれた巨大な要塞を発見した。多くの兵士がひっきりなしにそこへ出入りしていた。

「ここだ。ここが物部軍の本部だ」

 内麻呂は高い塀を見上げてそう言った。そして

「こっちだ」

 と、内麻呂は蝦夷を促して要塞の裏へ回った。二人は何度も要塞の周りを往復して中の様子を探ろうとしたが、厳重な警備に阻まれてそれは叶わなかった。

「おい、おまえたち、こんなところで何をしている?」

 要塞の周りをうろついている二人に不審を抱いた警備兵がそう声をかけてきた。

「どこの子供だ? 見たところ農民の子じゃないようだが」

 蝦夷も内麻呂も正体を明かすと大変な事になると思っていたから黙っていた。

「答えろ。答えんと痛い目にあわせるぞ」

 兵士は怖い顔で二人を睨みつけた。蝦夷はもはや泣き出しそうで、足がガタガタ震え始めた。しかし、内麻呂は口をへの字に結んだまま一歩も引かず、じっと相手の目を睨み返していた。その眼光の強さに圧倒され、兵士がちょっとたじろいだ瞬間、すかさず内麻呂は口を開いた。

「ぼくたちも将来はおじさんみたいな強い兵隊さんになりたいんだ」

 それを聞いた兵士は大笑いして

「そうか、そうか、兵隊が好きなのか。お前みたいに根性のある子ならきっと将来は良い兵士になれるぞ」

 そう言って内麻呂の頭を撫でた。そして

「おまえたち、腹は減っていないか?」

 と訊いてきた。もう昼だった。蝦夷も内麻呂も朝から歩きづめだったのでひどく腹が減っていた。内麻呂が空腹だと伝えると、兵士は二人を要塞の中へ案内し、大釜を囲んで粥を食べている仲間のところへ連れていってくれた。

「おい、こいつらにも食わせてやってくれ。将来のおれたちの仲間なのだから」

 蝦夷と内麻呂は器に大盛りになった粥を夢中で食べた。山鳥の丸焼きも食べた。それらはふだん蝦夷たちが口にする料理とは違い、大雑把で少しも繊細なところが無かったけれど、妙に美味しく感じられた。蝦夷も内麻呂もおかわりをした。

「このわっぱどもはよほど腹が減っていたとみえるな」

 そう言って兵士たちは笑った。兵士たちは陽気で屈託が無かった。食欲も旺盛で、みんながつがつ食べていた。兵士たちは食べながら 「どっちから来たんだ?」とか「家はどこなんだ?」と訊いてきたが、内麻呂が「北の方から」などと適当に答えていた。

 兵士たちに対応するのは内麻呂ばかりで、蝦夷はついに最後まで一言もしゃべらなかった。兵士たちが嫌いなわけではなかった。むしろその逆で、蝦夷は初めて接する兵士たちの素朴で優しいところがとても気に入っていた。蝦夷にとっては自分の屋敷よりここの方が居心地良く思えるほどだった。

 帰り道、蝦夷も内麻呂も興奮して今回の冒険の成果を大声でしゃべりながら歩いた。それにつけても蝦夷が感心するのは内麻呂の度胸の良さだった。

「君は本当に凄いなあ」

 と、蝦夷は内麻呂を尊敬の眼差しで眺めた。

「見張りの兵隊さんに見つかって尋問された時、ぼくは怖くて泣きそうだったよ。それなのに君はあんな時でもよく平気でいられるなあ」

「おれだって怖かったよ」

 と、内麻呂は笑いながら答えた。

「だけど、いざという時、最後に頼りになるのは胆力だと、いつも父さんに教わっていたからね。だから勇気を振り絞って、ぐっと耐えたのさ」

「へえ、君の父さんはそんな事も教えてくれるんだ」

「ああ、おれと父さんは大の仲良しだからね。何かあると、おれはいつも父さんにどうすれば良いか訊くことにしているんだ。父さんはいつも的確な答えを教えてくれるよ。君の家はそうじゃないのかい? 君の父さんはあまり物事を教えてくれないのかい?」

「ぼくは父さんに嫌われているからさ・・・」

 蝦夷はそう言ってうつむいた。

「そんな事はないだろう。それは考えすぎだよ」

 と、内麻呂は懸命に蝦夷を励ました。

「ううん。そうじゃないんだよ。本当なんだよ。ぼくは父さんに嫌われているんだよ。ぼくが君みたいな度胸のある子供だったら父さんも嫌わなかったんだろうけどね」

 蝦夷は寂しげにそう言った。

 蝦夷が屋敷へ戻ると、さっそく友知とヨシが飛んできて

「若さま、どこへ行ってらっしゃったのですか、心配していたのですよ」

 とうるさくわめき立てた。心配してくれるのは嬉しいし、二人の愛情には感謝していたが、いつまでも子供扱いされるのが、その日の蝦夷にはとても不愉快だった。

「うるさいなあ。どこだっていいだろう。ぼくはもう子供じゃないのだから放っておいてくれよ」

 蝦夷は不機嫌にそう言うと、さっさと自分の部屋へ入り、そのまま部屋に閉じこもってしまった。

 友知とヨシはおろおろして何度も蝦夷の部屋の前を行ったり来たりした。

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