11 博多
馬子、蝦夷、入鹿と続く蘇我本宗家三代の物語です
博多は大陸へ開かれた日本の玄関口である。
港には多数の外国船が停泊し、陸では様々な国の言葉が飛び交っていた。建ち並ぶ家々も都では見たことの無い形のものばかりで、街の雰囲気はまるで異国のようだった。
しかし、蝦夷たちにはそんな異国情緒を味わっている余裕など無かった。内麻呂を戸板の上に寝かせると、前を厩戸、後ろを蝦夷が担いで、えっちらおっちら国の出先の役所まで運んだ。
役所の門の前までやって来ると、楓が心配そうに厩戸のそでを引っ張った。
「大丈夫なのかい? こんな所へやって来て」
「心配しないで任せておいてください」
厩戸はそう言うと、そのまま門を通り抜けようとしたが、すぐに門番の兵士に止められた。当然であろう。誰の目にも厩戸たち一行は不審者に映ったからである。ところが、厩戸は兵士に向かって
「我は先の帝の皇太子、厩戸である。そこを開けよ」
と威厳のある声で命じた。
皇太子と聞いて兵士たちは一瞬後ずさりしたが、戸板を担いだこの薄汚れた青年が皇太子だとは、とても思えなかった。外見はどう見ても普通の農民だった。ただ、厩戸の顔にはそれまで誰も見たことのない気品が漂っていて、それが兵士たちを戸惑わせた。念のため兵士たちが上司に伺いを立てると、すぐに役所の中から一人の中年男が転がるように飛び出してきて、厩戸に向かって叫んだ。
「お待ちしておりました、皇子さま」
厩戸が本物らしいと知って、兵士たちはざわついた。
「わたくしはここの長官を務めさせてもらっております大伴広成と申します。お忘れでしょうか? いちど都でご挨拶申し上げた事があったのですけど。あ、お忘れですよね? 当然です。あの時はたくさん人がいましたからね。えへへ。皇子さまがこちらへおいでになることは、ずっと前から連絡を受けておりましてね、お着きになるのを今か今かとお待ち申しあげておったのですよ。ところが、なかなかいらっしゃらないので、どうしたのかな、何か困った事が起きたのかな、と心配していたところなのです。あはは。良かった、無事にお着になられて。あれ、そちらに寝ていらっしゃる方は怪我をなさっているのですか? そちらさまはどなたで?」
広成はそう言って戸板の上に寝かされている内麻呂を覗き込んだ。
「これは阿倍大夫の長子、高志くんです」
厩戸がそう答えると、広成は驚いて
「え? あの阿倍さまの? こりゃ大変だ。こら、おまえたち、何をぼやぼやしているんだ。早く高志さまを中へお運びしないか。それから医者だ、医者。大至急、医者を呼んでこい。早くせんか、このボケナスどもめが」
と兵士たちを叱りつけた。兵士たちは慌てて厩戸と蝦夷の手から戸板を受け取ると、大急ぎで役所の中へ運んでいった。
「どうも申し訳ありません。なにせ田舎者ばかりでございましてねえ。えっへっへ。まったく気のきかない連中ばかりでして。あの者たちに何か失礼はなかったでしょうか?」
広成は手拭いでさかんに汗を拭きながらそう訊いた。
「ありませんよ。たいへん優秀な勤務ぶりでした」
「おそれいります」
その頃にはもう役所の全員が一行を出迎えに外へ出てきていた。大勢の人間が厩戸と蝦夷の前にひれ伏している。
それを見て楓は呆然となり、次にだんだん不安になってきた。
「ところで、わたしたちも体をきれいにしたいので、湯と新しい着替えを用意してくれませんか? それと食事も」
厩戸は広成にそう頼んだ。
「はっ。分かりました。ただちに用意させます。とにかく中へお入りください。ささ、こちらでございます」
広成はそう言って厩戸を役所の中へと先導した。とぼとぼ後をついて来る蝦夷の方を振り向いて、
「あの、あちらさまはどなたで?」
と、広成は厩戸に尋ねた。
「あれは蘇我大臣の長子、善徳くんです」
厩戸は事も無げにそう答えたが、蘇我の名前を耳にした途端、広成の顔から血の気が引き、慌てて蝦夷の前へ駆け寄ると
「これはたいへん失礼いたしました。ご挨拶が遅れましたが、わたくしは大伴広成と申しまして、ここの長官を拝命している者でございます。どうかお見知りおきください」
と平身抵頭した。
広成にとって、厩戸よりも蘇我家の御曹司である蝦夷の方が重要らしいのは、必要以上にぺこぺこしているその態度からも明らかだった。それくらい蘇我馬子の権力は、もはや絶対的なものになっていた。広成をはじめ誰の意識の中にも、日本の真の支配者は祟峻天皇ではなく、蘇我馬子であるという思いがあった。天皇家の人間はそれほど怖くないけれど、蘇我家の人間の機嫌を損ねたらたちまち首をはねられるとも思っていた。
広成は厩戸と蝦夷の両方に代わる代わるおべんちゃらを言いながら二人を案内していたが、その途中でもうひとり娘がついて来ることに気がついた。
「あの、あちらの娘さんはどちらさまで?」
広成がそう尋ねると、厩戸が
「こちらは皇室にゆかりのある楓姫です」
と紹介した。そして
「姫のためにも新しい着替えを頼みますよ」
と付け加えた。
楓は顔をまっ赤にして抗議するかのように厩戸の顔を見詰めたが、厩戸は楓の方を振り向いてにこっと笑いかけただけだった。
旅の埃を洗い流し、新しい服に着替えると、厩戸も蝦夷も見違えるような凛々しい貴人に変身した。そこへ豪華に着飾った楓が入ってきた。楓は明らかに着慣れしていない様子で、着物の中で体を固くしていた。そんな人形のような楓の姿を見て、厩戸も蝦夷も笑いをこらえるのに必死だった。
「だって、こんなの着るの初めてなんだもん。しょうがないじゃないの」
と楓は泣きそうな顔で言った。しかし、すぐ真顔に戻ると
「あんたたちがこんなに偉い人たちだったとは知らなかったよ。今までさんざん無礼な真似をしてごめんね。謝るよ。どうやらここはあたいみたいな下賎な人間がいる場所じゃないようだね。あんたたちに迷惑がかかる前にこっそり出ていくことにするよ。助けてくれてありがとうね。あんたたちの恩は忘れないよ」
そう言って出ていこうとした。厩戸がそれを引き留めて
「何をおっしゃっているのですか、楓姫。そんなこと言わずに、ゆっくりくつろいでくださいよ。ただし、もう少し丁寧な言葉を使って、お姫さまらしくしてね」
と悪戯っぽい目で微笑んだ。蝦夷も
「ぼくたちは仲間なのですから、他人行儀な事を言うのはやめましょうよ。そうでしょう? ね、楓姫さま」
そう言って楓の手を取ると、
「ぼくたちは仲間。楽しい仲間。いつも一緒のお友達」
と適当な歌詞に適当な曲をつけて歌いながら踊り始めた。蝦夷に手を引っ張られた楓も赤面しながら一緒にふらふら踊っていた。そんな二人の姿を見て、珍しく厩戸が大笑いした。
「もう、みんな意地悪なんだから」
楓は半分べそをかきながらも嬉しそうに笑っていた。
広成は厩戸と蝦夷のために盛大な宴席を用意しようとしたが、厩戸はそれを断り、静かに休ませてくれるよう頼んだ。楓は内麻呂のところへ行きたがった。三人で内麻呂のいる部屋へ行くと、内麻呂は上半身に包帯を巻かれた状態で静かに寝ていた。
「どうでしょうか、傷の具合は?」
蝦夷が内麻呂の手当をした医者にそう尋ねると
「まだ少し熱がありますが、骨が折れている様子は無いし、傷口も化膿していないので、栄養を取ってしばらく安静にしていれば良くなるでしょう」
という返事が返ってきた。その返事を聞いて厩戸も蝦夷もほっと胸をなでおろした。楓は涙ぐみ、内麻呂が回復するまでここで自分が看病すると言い張った。厩戸と蝦夷は内麻呂の看病を楓に任せることにして、翌日からさっそく隋に関する情報収集を始めることにした。
情報収集を開始するにあたり、厩戸は広成に海外の事情に詳しい役人を貸してくれるよう頼んだ。広成はすぐに一人の青年を連れて来た。広成の説明によると、その青年は港の外国船を管理する下級役人であり、二十五歳という若輩ながら外国語に堪能で、飛び抜けた事務処理能力を持っているとのことだった。青年は厩戸と蝦夷の前に進み出て自己紹介した。
「小野光輝と申します。お役に立てるよう精一杯励みます」
彼が後に遣隋使となる小野妹子である。字を光輝といった。厩戸と蝦夷と妹子の三人は港に停泊している外国船を訪問し、船員たちから隋や朝鮮半島の国々に関する最新の情報を聞いて回った。妹子は数カ国語を自由に操り、外国人の友人も多かったので、多数の有益な情報が集まった。蝦夷が驚いたのは、厩戸も外国語が話せたことである。いつの間に外国語の勉強をしていたのだろう? 蝦夷はまたしても厩戸にだし抜かれたように感じ、内心くやしがった。
三人は集まった情報を詳細に分析し、隋に対するイメージを固めていった。
「つまり隋というのは、この律と令によって広い大帝国を一つにまとめているというわけですね?」
と、厩戸は妹子に確認した。
「そうです。律令の下で官僚制度を整え、しかも官僚たちは家柄や身分に関係なく、試験によって実力のある者を選んでいます」
「素晴らしい。このような優れた制度は日本でも即刻採用すべきです。将来敵対するかもしれない国のものであっても、優れたものはどんどん取り入れるべきですからね。まだ未成熟な日本にはそういう積極的な姿勢が必要です。たとえ猿真似と陰口をたたかれてもね」
厩戸は感心してそう言った。
「それに皇子、国の根本法が必要になります」
と、妹子が付け加えた。
「分かっています。憲法ですね。あなたのお陰で、わたしがこれからやらなければならない事がようやく見えてきました。ところで、隋の出現は朝鮮半島の諸国にも大きな影響を与えるのでしょうね?」
「はい。特に隋と直接国境を接している高句麗は大変でしょう。百済や新羅もそのまま残るかどうか分かりません。近いうちに紛争が起こるかもしれません」
当時、朝鮮半島は三つの国に分裂していた。半島の北側に高句麗が、南側の東に新羅、西に百済があった。かっては半島の南端に任那という国があり、そこは日本府が置かれるほどわが国と親しい関係にあったが、何十年も前に新羅に滅ぼされていた。
「隋には日本を侵略する意志があると思いますか?」
厩戸がそう尋ねると、妹子は
「今のところ無いでしょう。ただし朝貢は求めてくると思いますが」
と答えた。
「日本は隋の属国となるのですか?」
「形だけのことですよ。上手に機嫌さえとっておけば、隋は国政に干渉してくることはありません」
妹子の言葉に厩戸は顔を曇らせた。
「それではご不満ですか?」
「わたしはね」
と、厩戸はおもむろに口を開いた。
「日本と隋との間に対等独立な関係を築きたいのですよ」
「しかし、それを隋が承知しますか・・・もし下手に隋を怒らせたら、日本のような小国はたちまち潰されてしまいます」
「そうならないようにするのが、これからの我々の役目じゃないですか」
厩戸はそう言って楽しそうに笑った。
昼飯を食べてひと休みしている時、蝦夷は前々から感じていた疑問を妹子にぶつけてみた。
「それにしても、なぜあなたのような優秀な人が、こんな地方でくすぶっていなければならないのでしょうね? あなたほどの人なら中央で活躍すべきじゃないのですか?」
妹子はひどく恐縮しながら答えた。
「ありがとうございます。わたしのような者をそのように高く評価してくださって。わたしは元々小豪族の出身ですし、特に都につてがあるわけじゃありませんからね。でも、わたしは現在の地位に不満があるわけじゃありません。何といっても博多は情報の宝庫ですからね。ここにいれば都にいるよりもずっと早く世界の新しい情報を手に入れることが出来ます。すなわち都の人たちよりもずっと先進的でいられるのです。これはけっこう贅沢な事ですよ」
「それはよく分かります」
と、厩戸が言った。
「人間の究極の満足は、金や地位やその他の外面的なものではなく、わたしたちの内面に、心の奥深いところにあるものですからね。世俗的な成功など、それに比べれば本当につまらないものです。心の中に喜びを見つけられない人は、たとえ現世でどんなに成功したとしても一生不幸です」
「本当にそうですね。皇子のおっしゃる通りだと思います」
と、妹子は同意した。すると厩戸はしみじみとこう話した。
「わたしは仏教徒ですから本当は出家して経典の研究などに没頭したいという気持ちがあるのですが、残念ながらそのような生活を送れるほど幸せではありません。わたしはこの薄汚れた俗世界で埃にまみれて闘ってゆかねばならない運命なのです」
「ぼくもそうなんですよ」
と、蝦夷が口をはさんだ。
「そうですね。善徳君もわたしと同じですね」
厩戸は蝦夷の方を見てにっこりと微笑んだ。そしてまた妹子の方を向くと、
「闘いの中で将来あなたの力を必要とする時が来ると思います。その時はわたしに力を貸してくれますか?」
と訊いた。
「もちろん皇子のためなら喜んで力になります」
と、妹子は即答した。厩戸は妹子に感謝してこう言った。
「ありがとう。その日が来るまで、さらに語学に磨きをかけておいてください」
楓の献身的な看病のお陰で内麻呂は順調に回復していた。
ある時、厩戸と蝦夷が内麻呂の部屋を覗いてみると、ちょうど食事の最中で、内麻呂は楓に粥を食べさせてもらっていた。
楓はふーふーと粥を吹いて冷ましてから内麻呂の口元へもっていった。
「いいよ。もう一人で食べられるから構うなよ」
内麻呂は照れてそう言った。
「駄目よ。まだ右手を動かすと痛いんでしょう? それじゃ食べられないわよ。ちゃんとあたいが食べさせてあげるから、さあ口を開けて。はい、あーん」
「おれは赤ん坊じゃねえんだぞ」
「そうやってムキになるところが赤ちゃんみたいで可愛い」
と、楓はにっこり微笑んで内麻呂の顔をじっと見詰めた。内麻呂は顔を赤らめた。
「なぜそんなにおれの世話を焼きたがるんだよ?」
「だってタカは命の恩人だもの」
「おれが命の恩人?」
「そうよ。タカは体を張ってあたいを逃がしてくれた。大怪我までしてあたいを守ってくれた」
「それはさあ・・・」
「あたいは嬉しかったんだよ。あたいなんかのためにそこまでしてくれる人は今まで一人もいなかったからね」
「べつにおれは見返りが欲しくてやったわけじゃないんだから、そんなに気を遣わなくてもいいんだぜ」
「それじゃあたいの気が済まないよ。あたいは決めたんだ。一生をかけてでもこの人に恩返しするんだと。今もしタカの身代わりになって死ねと言われたら、あたいは喜んで死ぬよ。あたいはそれくらいの気持ちなんだ。だからね、いい子だから黙ってお口を開けてね。そうそう、タカはいい子でちゅねえ。次は何が食べたいでちゅか? お魚でちゅか? いま取ってあげますからね。はい、どうぞ。おいちい? お口の周りを拭きましょうね。次は何がいいでちゅか? こっちでちゅか?」
内麻呂はもはや楓の言いなりだった。あれこれ内麻呂の面倒をみている楓は本当に幸せそうだった。そんな内麻呂と楓の様子を見て、蝦夷は
「何だかあの二人、いい雰囲気ですよね?」
と横の厩戸に言った。
「どうやらわたしは振られたみたいですね」
と、厩戸は苦笑した。
傷口が塞がると、内麻呂は体力回復のために散歩に出掛けた。もちろん、その傍らには楓がしっかり寄り添っていた。二人は手をつないで博多港の辺りをぶらぶら歩いた。
「ねえ、タカ、あの船見てよ。変な形をしているよ」
珍しい異国の船を見て楓が歓声を上げた。内麻呂は自分の横で子供のようにはしゃいでいる楓が可愛くて仕方なかった。
「楓は楽しそうだね」
「うん。楽しいよ。とっても楽しいよ」
「何がそんなに楽しいんだい?」
「こうやってタカと二人っきりでいること」
楓はそう言って内麻呂の腕に抱きついた。その瞬間、内麻呂はそれまで味わったことのない幸福感に包まれた。いつしか内麻呂も楓に特別の感情を抱くようになっていた。
そんな内麻呂と楓の目の前に、とつぜん数人の男たちが飛び出してきた。その中の一人に内麻呂は見覚えがあった。それは道後温泉から脱出した際、内麻呂が腹を刺したのっぽだった。
「あれ? あんた生きていたの?」
内麻呂は懐かしい友人と再会したような気持ちになって、思わずそう叫んだ。
「いやあ、生きていてくれて嬉しいよ。おれはてっきり殺しちゃったと思ってさ、あれからずっと後味が悪かったんだぜ。で、どうなの? 傷はすっかり治ったの? ちょっと傷跡を見せてよ」
すると、のっぽは額に青筋を立てて吠えた。
「黙れ、小わっぱ。今日という今日は二度とその減らず口をきけなくしてやるからな」
「あはは。そう怒らないでよ。せっかく久しぶりに再会したのに。それにしても、あんたら、しつこいねえ。博多まで楓を取り戻しに来るなんてさ」
内麻呂がそう言うと、のっぽは
「その女はおまえにくれてやる。二人仲良くあの世へ行きな」
と言い、剣を抜いた。仲間の男たちも一斉に抜刀した。
「やめてよ。殺すのならあたい一人を殺しなよ。元々この人には何の関係も無いのだから」
楓がそう言って内麻呂の前に進み出た。しかし、のっぽは首を横に振った。
「おっと楓、もうおまえなんかどうでもいいんだ。おまえも殺すが、それよりも先におれたちがぶっ殺したいのは、この小わっぱの方だ。こいつだけは勘弁できねえ。バラバラに斬りきざんで魚のエサにしてやるからな」
「そういう事らしいぜ、楓。目当てはおれだってさ」
内麻呂はそう言って楓を後ろに引き戻した。
「でも、そう簡単におれを魚のエサにできるかな? 逆にあんたらが魚のエサにされないように気をつけた方が良いんじゃないか?」
「何を。まだ言うか」
「まあまあ、そうカッカしないで周りをよく見てみなよ」
内麻呂にそう言われてのっぽが周りを見回すと、いつの間にか三十人ほどの兵士がぐるりと周囲を取り囲んでいた。彼らはすべて広成がこっそりつけていた護衛の兵士だった。もし蝦夷や厩戸や内麻呂に万が一の事があったら、間違いなく自分の首が飛ぶと恐れた広成は、三人が外出する時には必ず兵士に護衛させていた。それも表立って護衛すると嫌がられるので、こっそりと内密に、しかし念には念を入れて大量の兵士を三人の行く先々に潜ませていた。内麻呂は最初からそれに気づいていた。
「どうだい? 大和朝廷軍とやり合う度胸が、おまえたちにあるかい?」
内麻呂がそう言って挑発すると、
「おまえはいったい?」
のっぽはガタガタ震え始めた。
「おれがこの指をぱちんと鳴らせば、あっという間におまえたちは魚のエサにされるんだぜ。さあ、どうするね?」
「お許しください」
のっぽはそう言うやガバッと地面にひれ伏した。他の男たちものっぽに倣ってそうした。
「申し訳ありませんでした。もう二度とこのような真似はいたしませんから、なにとぞ命だけはお助けください」
「今さらそんなこと言われてもなあ。おれに対する無礼をどうするつもりなんだよ? やっぱり魚のエサになってもらうしかないかな? どうしようか、楓?」
内麻呂には最初から男たちを殺す気などさらさら無かったが、ちょっとからかってみたくなって、わざとそういう言い方をしたのだった。ところが、その内麻呂を見上げて
「お願い。この人たちを許してあげて」
と、楓は必死に嘆願した。
「これに懲りて、この人たちはもう二度とあたいらの前には現れないよ。だからもう勘弁してあげて。お願い」
「ふーん、そうかい。良かったねえ、おまえたち」
内麻呂はもったいぶった調子でそう言って、男たちの方を振り向いた。
「楓がこう言うから許してやるよ。その代わり二度とおれたちの前に現れるなよ。もしこんど現れたら、その時は本当に殺すからな。分かったかよ、おい?」
内麻呂がそう言い終わるや、男たちは
「分かりました。もう二度とお邪魔いたしません。失礼いたしました」
そう言って一目散に逃げていった。
「バーカ」
内麻呂は逃げ去っていく男たちに向かってそう叫ぶと、楓の方を向いて笑った。楓も一緒に笑った。そして、そのまま二人は熱く見つめ合った。二人の瞳は激しくお互いを求めていた。